Forked road 32/41

「お久しぶりです。」
間があった。
「久しぶり。」
「忘れたかと思った。」
結花の緊張の表情が笑顔に変わった。
「忘れるはずないさ、思い出さないようにしてただけだ。」
「思い出さないように?」
「思い出せば会いに行ってしまうからな。」
結花の大きな瞳が見る見るうちに赤くなり涙が溜まっていく。そしてついには大粒の涙がひとつ、ふたつ、三つ、四つ五つと落ち出した。
「なら、会いに来ればいいのに、どんだけ会いたかったと思ってるの。」声が震えていた。
「こっちもだ。」
高木はハンカチを取り出し結花に手渡しながら物陰へと移動した。
無言のまま、ただ向かい合う二人。
やがて二人は初めて出会った晩に行った池袋の鉄道系ホテルに脚を向けた。
ロビーのソファーに肩を並べて腰かけた。
「でも偶然だ、また会えるなんて。」
「ほんと偶然、新幹線で見かけた時は息が止まりそうになった。」
「新幹線?  いたの?」
結花は微笑みながらうなずいた。
「声、掛ければ良かったのに。」
「掛けられませんよ、振られてますから。」 
話し方が確実に大人になっていると高木は思った。
話は板前修行の話になった。
追い回しから野菜の扱い、焼き方、煮方、造り、目利き、仕入れ、値段設定、季節感の演出、料理長にセンスがいいと言われたがモノになるまで 6年かかった。それからは専務料理長や社長にも認められ大阪支店を任されるようになり春には東京進出の基幹店である渋谷の複合商業施設店の花板として手腕を奮うことになったと話した。
「見たよ、週刊誌で。」
「あれは料理に関係ないので断ったんですけど店の宣伝になるって言うから、」
話し始めて一時間が経とうとしていた。
高木は視線を腕時計に落としてから言った。
「今夜はどうするの?」
「ホテルを取ってあります。」
「そうか、」
「洋ちゃんは?」
「帰るよ。」
結花は小さくうなずいた。
二人は立ち上がり並んでホテルの外へと歩き出した。

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