Forked road 40/41

来週には桜の開花宣言が聞かれるとテレビで言い始めた頃の17:00、大松東京渋谷店で従業員一同立ち並び開店前ミィーティングが行われていた。
チーフの女性が中央に立ち今日の予定を確認し客の誘導の申し送りをしていた。
ひと通り段取りが進んだところで中央の女性が声を張った。
「それでは本日もよろしくお願いします。」
「ちょっと、待ってくれ。」
そばに立っていた専務松永大作が皆を遮った。
一同の視線が集まった。
「個人的なことで恐縮だが皆に発表したいことがある。」
ざわついた。
「店長、前へ出てくれ。」
まだ板前姿に着替えていない紺のパンツスーツ姿の結花が一歩前に出た。
髪はCAスタイルに後ろに纏めていた。
「私、松永大作はここにいる松本結花さんと婚約する運びとなりました。」
「ほんと?」「ほんとですか?」「へぇ~!」「だろうと思ってました!」
「おめでとうございます!」
祝福の声が飛び交い拍手が沸き起こった。
結花は何度もお辞儀した。
専務松永大作は話しを続けた。
「そしてこの婚約を期に料亭大松を傘下に収める大松産業株式会社の株3%を松本結花さんに譲与し臨時取締役会の承認を得て地位も来月一日付けをもって正式に大松産業株式会社執行役員常務取締役に抜擢されるものとします。」
あの若さで常務か? どよめきが起こった。
どよめきの後再び拍手が起きた。

結花は店長室に入った。
しばらくして店長室のドアが開き松永大作が入って来た。
「どうだ、気分は?」
「どう?と言われても私自身がピンと来なくて、」
結花は店長室に来た従業員にコーヒーを持って来るように言った。
「あ、コーヒーはいい、声をかけるまで誰も入って来ないように。」
そう言うと専務松永大作はドアを閉めた。
「松永家の人間にしか譲与されない株だ、これで君も正式に一族と認められたことになる。」
「それを払って行くだけの稼ぎを得られるか?その方が心配です。」
「大丈夫さ、順調に行ってるじゃないか!」
大作は結花の体を抱きしめて来た。
「会社ではやめて下さい、」
「大丈夫だよ、さっき誰も入って来るなって言った。」
キスをしてくる大作。
「結婚式は日程的に来年になると思っていたがおふくろが年内にすると言い出してさ、表面的には親父が社長だが実権は副社長のおふくろが握っている、かかあ天下はつくづく家柄だよ。」
専務松永大作が笑った。
「ああ、   だからさ、」
大作の腕が結花の腰に回された。
「すぐにお礼に伺わなきゃ、副社長のご都合を聞いて、」
「大丈夫だよいつでも、」
「ダメ、一刻を争うわ、ここが肝心なの、」
大作は小さくうなづいてスマホをポケットから取り出した。

今日も一日が終わった。
東京渋谷店常務室
28の若さで大松産業株式会社執行役員常務取締役にまで昇り詰めた松本結花がデスクのPCを見てタイピングしている。
最近は貫禄まで出て来た。
各店舗の売り上げはコンピュータに連動していてその結果と問題点と傾向と対策がノートPCに映し出される。
東京渋谷店、お台場有明店、共に売り上げは毎月更新している。
その結果として業績は右肩上がりとなりその立役者である松本結花の発言権、存在そのものが押しも押されもしない常務と言う地位に磨きをかけて行った。
最初は若いと甘く見られていた仕入れ先や同業他社や業界メディアとも業績に連動し信頼関係が固まっていった。
おまけに難敵であった副社長の信頼も得て今や松本結花にとって自由にならないモノはないし欲しい物は何でも手に入る状況になった。
でも、何か足りない。
結花の心は晴れなかった、
その気持ちを晴らす方法を結花は知っていた。

月が変わったある日の午後、新居の下見に出かけた。
50万の賃貸マンションに決まった。
その帰りに家具店を見てまわった。
一枚モノのダイニングテーブルに決めた。
笑いながらじゃれ合いながら家具購入を決める二人。
購入手続きのため店員がフロントデスクへと二人をいざない消える。
「ああ、そう言えば高木、もう日本にはいないよ。」
「え?」
松永大作はフッと短く笑った。
「あの高木、」
「転勤でねアメリカに行ったんだ。」
「アメリカ?」
「ああ、」
「なんで?それを?」
「一度、本人に会ったんだよ、どんなやつかと思ってね。」
「え?」
結花の顔から血の気が引いた。
「居酒屋でさ、声かけてみた、3月からフィラデルフィアへ行くって言ってた。」
会話が途切れた。
駐車場の車に乗り込む二人。
ドアを閉めると静寂に包まれる。
「これで断ち切れるだろ、」
結花は応えなかった。
エンジンが掛かってインパネに灯りが点く。
「金髪の彼女でもつくってよろしくやるんだろうよ。」
「だって奥様が、」
「離婚したって、」
「え?」
そのまま結花は無言になった。

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