Forked road 38/41

金沢の格式ある料亭大松が東京渋谷に進出し1年が経過した。
当初、レストラン形式を採っていたが他店との区別化が無くたとえ大松と言えども客足が途絶え始めていた。
そこで大松東京店店長松本結花の提案でコの字型カウンターを二つ構えた店に改装した。
下町の定食屋だとの批判もあったが専務松永大作のバックアップを得て一流料亭の雰囲気はそのままに保つこと品質を下げないことを条件に取締役たちを説得した。
社内方針をまとめたところで松本結花の提案で銀行の融資担当者を招き新規事業展開の説明と資金調達のための食事会が催されることとなった。
マーケットリサーチ、ターゲット、新規メニューの披露、味、料理デザイン、コストパフォーマンス、店内のインテリア、照明、従業員のユニホーム、
あらゆる角度から大松の力量が評価される。
その上で担保として大松株式会社の株式を持ってもらうことで融資額増加を図った。
カウンターから料理を出すと言うことは客と料理人と距離が近くなる。
接待術も必要になる。
見せる料理も心掛けなければならない。
そして何よりも味で勝負しなければならない。
大松の料理のレベルがどれだけなのか?
味には絶対的な自信があるがまずは一度それを食べてもらわなければならない。
結花はそこを強調した。
資金調達のための食事会は成功した。
常連客には説明に廻り新規の客にはネットで店のコンセプトへの理解を量った。
その甲斐あって「大松」の雰囲気そのままリーズナブルなリニューアル戦略はまんまと功を奏した上に格式ばった敷居の高い店から親しみやすいイメージアップにも繋がった。
メニューは季節ごとの前菜・焼き物・お楽しみ・締めの四種類に絞り仕入れ価格を抑え調理手間を抑えネット予約制を導入することで無駄な仕入れを抑えカウンターから提供することでホール内の人件費を抑え若い層でも利用しやすい価格設定したのが当たり連日大盛況で一時間制を導入した席もあるほどだった。
それでも捌き切れない客のために江東区有明に渋谷東京本店よりも大規模な2号店「AriaKE・DaIMAz」をオープンさせた。
結花の提案で2号店から店のテーマカラーも導入させ空色に決まった。
大作の料理やインテリアが評判となり雑誌に取り上げられネットで取り上げられテレビで取り上げられオシャレな打ち合わせは「渋谷・DaIMAz」デートは「AriaKE・DaIMAz」がオシャレだと評判になり社会現象とまで言われるようになった。
店に入ればカウンター内に有名デザイナーが監修したAriaKE・DaIMAzのユニホームを着た美人の板前が立ち客と談笑しながら料理を作る。
当初は客の相手をしろお酌をしろなどと言う客も居たにはいたがカラスと言われる黒服の男たちの存在が場違いな客を絶滅させていった。
ある日、行われた会議の場で東京渋谷店店長兼エディケーション担当GM松本結花が発言するために席を立った。
「専務の意見に賛成です、そのためには今よりリクルートに力を入れなければなりません、男女は問いません、年齢も問いません、国籍や人種も問わないつもりです。」
「黒人の板前がカウンターで料理を作るのですか?」
「板前に適正があればそうさせます、最初はお客様も驚かれるでしょう、でも仕事さえテキパキしていれば好意的に見てくれるはずです。」
「そりゃわかるわ、不愛想な板前より明るく元気でテキパキ仕事する黒人の方を応援したなるわ。」「肝心の仕事テキパキ出来るようになりますか?」「複雑な工程をすべて教えるつもりはありません、パートに分け専門的に教えます、」
「なるほどそれなら即戦力や。」
「日本語しっかり教えんとな。」
「日本語だけではありませんよ、評判を呼べば海外のお客様も大勢お見えになるはずです。」
「となると英語も話せるようにならんといかんなぁ。」
「お前の知ってる英語はディスカウントプリーズだけやろ?」笑いが起きた。

そろそろ梅の話題が取り上げられる頃の夕暮れ。
竹橋の会議室スペースで行われていた女性パートの研修の講師をしていた松本結花が出口から出て来た。
雨が降っていた。
空を見上げながら傘を開こうとすると結花の前に白のメルセデスGLE400dがハザードを点滅させながら横付けされた。
結花は助手席のドアを開き中へと入った。
ドアの閉まる低い音がして密閉された車内になった。
「よくわかりましたね? 今日、私がここだって、」 
「LINEの返事が来ないからマネージャーに聞いた。」
「そういう事するから噂になるんです。」
「いいじゃないか、もう、プロポーズしてから1年待ったんだ。」
運転席の専務松永大作がキスしてきた。
5、6秒のキス。
大作が上半身を運転席に戻す。
「待って、」
結花はバッグからハンカチを取り出し大作の唇に付いた紅を取った。
車が静かに動き出した。
二人を乗せた車は松永家東京宅のマンションがある東急田園都市線の池尻大橋に向かった。
結花が運転席に顔を向けて言った。
「池尻大橋はダメです。」
「なんで?」
「ダメ、」
「誰もいないよ。」
「あそこは松永家所有のマンション、私は入れません。」
「何言ってるんだ、親たちはもう君を嫁として見ている。」
「お母様は?」
「大丈夫さ、この前、僕が育ちとか家柄とか言うなって強く言ったし、」
「あなたの意見に左右されるような方じゃない。」
「君が店のために一生懸命やってくれていることは理解しているさ、まじめなところも知ってる、問題はない。」
「やめておきましょう、せっかくここまで来たのに台無しにしたくない。」
結花は首を横に振った。
気の強い結花の性格を知っている松永大作は彼女の意思に反することを無理矢理押し通す事は得策ではないと悟りウィンカーを出し左折した。
会社が借り上げている社員寮である調布のワンルームマンションへと送って行く。
社員寮には専務松永大作は立ち入れないので時間貸しの駐車場に車を入れる松永大作。
松永は助手席に覆いかぶさった。
キスをしながらジャケットのボタンを外しシャツの上から胸をさぐる。
大作がシャツのボタンを3つ外したところで結花の手が胸を押さえた。
「人が来たら困る。」
「じゃホテルへ行こう。」
「明日も早いです。」
「それじゃ蛇の生殺しじゃないか、」
「ごめんなさい。」
沈黙になった。
「愛されていることを実感したいんだ。」
結花は松永大作の手を握った。
「僕とひと晩過ごすのを避けるのはどうしてだ?」
「仕事があるからです。」
「それだけか?」
「それだけとは?」
「心の中に誰か住んでいるんじゃないのか?」
結花の表情が変わった。
「まだあの男を思っているのか? 初めて大松に君を連れて来た男だよ、高木。」
「もう10年以上前のことです。」
「まさか?未だに連絡を取り合っているのか?そうだろ?」
「いいえ、」
「この前、店を早く出た日、会ってたのか?」
「有り得ません、店のことでいっぱいいっぱいでそんな時間無いことくらい知ってるじゃないですか。」
松永大作は結花を抱きしめた。
何度も何度も抱きしめ直した。
「完全にお前を僕の物にするまで安心出来ない。」
結花は松永大作の頭を抱いた。
「ダイさん、聞いて、私の好きな人はあなただけです、安心して下さい。」
松永大作は顔を上げた。
「本当か?」
「ええ、ただ今は仕事が大事です、せっかく軌道に乗り始めた大松です、ここが瀬戸際、新幹部スタッフ育成とバンクを納得させる売り上げが不可欠です、個人的なことはそれからにしましょう。」
「絶対だぞ。」
松永大作は何度も何度も結花を抱きしめた。
社員寮の近くで結花を降ろすと車は走り去った。
松本結花はしばらくその場に立ったまま車の消えた通りを眺めていた。
私ってこんなキャラだった? 何してるの? 私?
結花は夜道をゆっくりと歩き出した。

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