Forked road 30/41

結花がいなくなって8年半、また冬が来た。
最初のうち LINEが来たが結花のスマホと自分のスマホ 合わせて2台とも解約した。
なるべく池袋には行かないようにしていた。
最初の半年は寝ても覚めても結花のことばかり考えていた。
仕事が手に付かなかった。
一度、どうしようもなくなり新幹線に飛び乗り金沢へ向かってしまった。
遠巻きに料亭旅館の様子を伺ったがとうとう結花の姿を見ることは出来なかった。
辞めてしまったのか?体調を崩したのか? いろいろ思いを巡らせたが突然、自分の愚かさに身震いし帰りの新幹線に飛び乗った。帰りの新幹線で38の男が泣いた。苦しかった。失恋がこんなにも苦しいものだと初めて知った。
その後、体重も落ち込んだ。妻の玲子には精密検査を進められたほどだった。
しかし人の脳とはうまく出来ているものであれだけ頭の中にコビリ付いていた結花の記憶も面影もだんだんと薄れて行き思い出す回数も少しずつ減って行った。ただスマホのマイクロSDカードの中にバックアップしてある大阪へ行った時の写真だけは削除出来なかった。
あれから8年半、日々の生活に追われて結花のことは忘れていた。
だが、一週間前、高木は入った床屋で震度10の東京直下型巨大地震と同等の衝撃に見舞われた。週刊誌で結花を見たのだ。「美人過ぎる~」のコーナーで美人過ぎる板前として取り上げられていたのだ。
「結花だ、」
体から血の気が引き鳥肌が立った。
思った以上に美人になっていた結花だった。
発売日付を見ると1ヶ月前だったのでもはや書店では取り扱ってないと判断し店主に頼んで3000円で譲ってもらったのだ。
それがあって大阪出張の帰りに寄り道してしまったのだ。
もうここを訪れても息苦しくならないだろうと思い訪れてみた。
池袋西口駅前広場、植え込み、雑踏の流れの中に立つ高木。
いたな、昔、ここに。
この植え込みに座っていた。指先の感覚が無くなる寒い夜、汚いダウンジャケットのフードをかぶり耳に包帯を巻き、うつむいてイミテーションのスマホを見つめていた。
声をかけると泣き出しそうな目でこちらを見たのがまるで昨日の事のようだ。
目頭が熱くなりやはり息苦しくなって来た。
結花ももう24、5になってるはずだ。

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