復讐の標的 第二章 小田美菜子1 (身長156cm・体重51kg・B90F・W59・H85)
小田美菜子は都内某所にある撮影スタジオで、少年マンガ雑誌のグラビア撮影を行っていた。日曜日に朝からホテルに缶詰にされながらもイヤな顔一つせず、満面の笑みを浮かべカメラマンの注文に応え、色々なポーズを取る美菜子。
水色のビキニの水着を付けた瑞々しい肢体、身長は百五十六センチとごく普通だが、その身体はどこもが奔放に発達していた。まだ十五歳の中学三年生でありながら、スリーサイズは90・59・85という大人顔負けのプロポーション。中でもバストはFカップとも言われ、水着のブラジャーからこぼれ落ちんばかりに、悩ましいまでの膨らみを見せている。
「ちょい右向いて。うん、いいよ。そう、その感じ。はい」
パシャッというシャッター音と共に、カメラのストロボが発する閃光が美菜子に浴びせられる。
ウエストは若さを誇示するように引き締まりを見せ、なだらかな曲線を描いてグラマラスな下半身へと続いている。桃を仕込んだようなお尻は豊かながらもキッチリと引き締まっており、小気味よくキュッと持ち上がっている。
くっきりと濃いアーチ型の眉。クリッとした大きな目と吸い込まれそうになる黒い瞳。少し伸びてきているサラサラのボブヘア。口元は笑うと少し両端が持ち上がり、大粒の健康そうな白い歯がこぼれ出て何とも愛らしい。
撮影の時には大人でもドキリとさせられるような、切なげな表情を見せる事もある。しかしその素顔はまだまだ幼い、十代の多感な少女である。
「じゃあラスト行くよォ…はいOK、お疲れさん」
カメラマンがファインダーから目を離し、親指を立てる。
「お疲れさまでしたぁ」
人なつっこい笑みを振りまき、スタッフに頭を下げる美菜子。張りつめていた他のスタッフも緊張が解けたのか、ホッとした空気がスタジオ内に広がる。
「美菜子ちゃん、お疲れさま」
美菜子のマネージャーである、坂本がガウンを持って歩み寄った。
「お疲れさまでした」
美菜子はペコリと頭を下げると、坂本から受け取ったガウンを羽織る。
「頑張ったねぇ、まさか半日で終わるとは思わなかったよ」
坂本は言った。雑誌のグラビアページに使用される写真は、殆どの場合せいぜい十枚前後である。しかし撮影される写真が全て使えるとは限らない。表情やアングルが悪かったり、カメラマンによっては僅かな写り方の違いにこだわる人もいる。だからその十枚そこそこの写真のために、実際はその何倍もの量の写真が撮影される。休息や食事を挟んで一日仕事になることも珍しくない。
「だって今日はこれが終わったら原宿にお買い物に行くって言ったでしょ」
屈託のない笑顔を見せる美菜子。
「まあ、今日はこの後何もないけど、そのうちそんな事言ってられなくなるくらい、忙しくなるよ」
父親が娘を諭すように坂本は言った。実際坂本の年齢は美菜子の父親とそう離れてはいない。実際美菜子を見る目もそれに近いものがあった。
「はいはい、分かってます」
「じゃ、着替えておいで。駅まで送ってあげるから」
「わぁ、ありがとう、坂本さん。それじゃ」
美菜子はニッコリと微笑むと軽く坂本に手を振り、更衣室へ小走りに去っていった。
美菜子は更衣室に入ると、手際よく着替え始めた。
ロッカーを開け、羽織っていたガウンを中のハンガーにかけるとビキニのブラジャーを外し、ショーツを引き下ろす。脱ぐのはそれで終わりだから簡単なものである。
全裸になると一番上にたたんであったパンティに両脚を通して引き上げる。木綿のオーソドックスな白いビキニタイプで、唯一中央に小さな赤いリボンがワンポイントで付いているだけである。
続いてブラジャーのストラップに腕を通すと、後ろに手を回しホックをかける。こちらも同じ白だが大人しいデザインのパンティとは対照的に大人っぽいレースの刺繍が施されたものだ。美菜子自身はもっと可愛らしいデザインのものが欲しいのだが、胸が大きいので気に入ったデザインがないのが悩みの種だ。最後にカップの位置をしっかりと胸に合わせる。
ゆったりしたサイズの白いスウェットシャツに、チェック模様の入った黄色のフレアスカート、最後に紺色のハイソックスを穿いて着替え終了である。最後に脱いだ水着をビニール袋に入れて、ショルダーバッグにしまう。
姿見に移る自分の姿をチェックしながらふと、今までの事が思い出された。
中学三年生に進級して間もない頃、渋谷のセンター街のマクドナルドで、友達と一緒にポテトを食べている時に声をかけられたのがデビューのきっかけだった。
小学校六年生の時に見た「クリスタルの仮面」で松木恵のファンになって以来、美菜子は密かに女優という職業に憧れていた。そんな美菜子にとってまさに千載一遇のチャンスだった。渡された名刺の電話番号に電話もして、きちんとした事務所である事も確認した。
美菜子は早速名刺を両親に見せて、事情を説明したが案の定二人とも猛反対だった。しかし美菜子も負けてはいない。顔を合わすたびにタレントになりたいと懇願し続けたのである。それは一ヶ月以上にわたって続き、そのあまりの執拗さには両親も折れざるを得なかった。
両親の立ち会いの元契約書にもサインし、晴れて芸能人の仲間入りをした美菜子を待っていたのは、ジェットコースターのような日々だった。
九月の正式デビューを前に、夏休みには十一月に早くも発売される初めての写真集となる「十五歳・未来への飛翔」の撮影のため、ハワイを始め、国内もあちこちを飛び回った。
それが終わると今度は僅かに残っていた夏休みを出版社やマスコミへの挨拶回りに追われた。しかしその甲斐あって正式デビューするやいなや、雑誌のグラビアページや表紙のオファーが殺到し、あっという間に二十本以上が決定した。
その後もオファーは後を絶たず、断っている話もそれ以上にあった。デビューしてまだ一月も経っていない事と、中学三年生で受験を控えている事もあって、事務所サイドでもスケジュールはある程度抑えめにしていた。
とにかく今まではごく普通の中学生の少女だった美菜子が、デビューしてまだ一月も経たないのに、今や人気ナンバー1のグラビアアイドルとしてもてはやされているのだ。
いっけない、坂本さん待ってるわ…
ハッと我に返った美菜子は更衣室を出ると、小走りに坂本の待っているロビーへと向かった。
原宿でショッピングを楽しんだ美菜子は電車を乗り継ぎ、自宅の最寄りの駅まで戻ってきた。
美菜子の家は駅から少し離れた住宅街の中にある。歩くと十五分ほどかかるが苦になる距離ではない。
改札を出るとやや速い足取りで商店街の中を通り抜けていく。ちょうど夕食の買い出しらしい主婦で賑わっていたが、気づかれる事もなく雑踏の中をすり抜けていく美菜子。
そういえば、ゆうこさん大丈夫なのかな…
家路を歩きながら美菜子は同じ事務所の黒沢ゆうこの事を思い出した。
三歳年上のゆうこは美菜子にとって、事務所の良き先輩であり、頼れるお姉さんであり一番の仲良しだった。
たまに食事に誘われる他は会うのはもっぱら事務所だが、ゆうこも仕事があるので週に一、二回くらいしかない。それでも一週間も会わなければ携帯に連絡を入れてくれた。坂本から体調が優れないので入院したという話は聞いていたが、お見舞いに行こうと病院を聞いてもはっきり答えてくれないし、最後に会った時の様子からすると電話も出来ないほど容態が悪いとは考えにくい。
もう会わなくなって二週間近くになる。よく考えてみると社長やゆうこのマネージャーを始め、スタッフにどことなく元気がない気がする。
何かあったのかな…
そんな事を考えながら歩いているうち、ふと気づくと家の前まで来ていた。
明日事務所に行ったら思い切って聞いてみよう…
と、その時ワゴン車が走ってきて美菜子の目の前で急停車した。
「すみません、小田美菜子さんですね」
後部座席から出てきたオールバックの男が美菜子に尋ねた。
「あ、はい」
「わたし、お父さんの会社のものですが、お父さんが交通事故に遭われて病院に担ぎ込まれたんです」
「ええっ!」
青天の霹靂であった。家を出る時普通に新聞を読んでいた父の姿が脳裏をよぎった。
「い、いつの話なんですか、容態は?」
「詳しい事は私もまだ…家族の方もみなさん病院に向かっています、さあ、急いで」
男はせかすように美菜子の背中を押す。
父親が交通事故にあったのなら、病院に向かう前に母親から美菜子の携帯に連絡があるはずだし、容態が全く分からないと言うのもおかしい。その事に美菜子は気づくべきであった。しかし突然のことで気が動転してしまい、疑うことをすっかり忘れていた。
何が何だか分からず車に押し込まれる美菜子。すると中にもう一人男が座っていた。爬虫類のような鋭い目つきをしたパンチパーマの男、松本だった。
「う、うぐぅっ…」
イヤな胸騒ぎを覚えた瞬間後ろから口を塞がれ呻く美菜子。口に当てられたハンカチから揮発性の匂いを吸い込まされ、ようやく騙された事を悟った。しかし意識が徐々に遠のいていく。
オールバックの男の腕の中でもがいていた美菜子は、やがて意識を失いグッタリと動かなくなった。
「よし、やってくれ」
無機質な松本の声と共に、サングラスがギアを入れ車が動き出す。グレーのワゴン車は静かなエンジン音をたててあっという間に走り去っていった。
若者たちを中心に、常に多くの人々が行き来する渋谷の街。芸能プロダクション・ティップは、その外れにある小さいながらもまだ真新しい五階建てのビルの最上階にテナントを構えていた。まだ創立二年の浅い歴史ながらも、二十名を越えるモデルやタレントを擁し、業界の中でもその存在は頭角を現しつつあった。
その代表取締役、近江明は事務所で一人深々と椅子に腰掛け、ボンヤリと宙を見つていた。その顔には生気がなく、ひっきりなしに溜め息を吐いている。
と、入り口の扉が開き、紺の背広に身を包んだ小太りの男が入ってきた。
「あっ、これは松井刑事。お待ちしていました」
近江は飛び起きるように慌てて椅子から立ち上がると、刑事を応接へ通した。
突然姿を消した所属タレント、黒田ゆうこの捜索願を出してからほぼ二週間が経過していた。そして今日近江に昼過ぎに担当の刑事、松井から経過説明に来たいとの電話があったのだ。
「どうですか、その後何か手がかりは」
席に座るやいなや近江は尋ねた。
「いえ、申し訳ないのですが全く…」
松井はお手上げと言わんばかりに首を振り、肩をすくめた。
「そうですか…」
「こちらにも何の連絡もないのですか」
松井の問いかけに無言で首を横に振る近江。
「先ほどご両親にも確認を取りましたが、あちらにも何も連絡はないそうです。失礼、宜しいですか」
松井は二本指を口に当てタバコを吸う仕草をして見せた。頷く近江。
「今、失踪、事故、事件の三つの可能性で捜査しています。今のところ事故の線は薄いようです。事故ならすぐにこちらにも情報が入りますからね」
タバコを取り出すと火をつけ、続ける松井。
「となると後は失踪か、或いは何らかの事件に巻き込まれたのか…」
「刑事さん。黒田ゆうこに失踪する理由など考えられません」
近江はキッパリと言いきった。
「我々も失踪と断定したわけではありません。しかし事件、例えば誘拐などであれば犯人から何らかの要求があってもいいはずです。もういなくなって二週間も経っているんですから」
「あっ、まさか彼女自身が目的とか」
近江はハッと気づき松井に尋ねた。それなら要求がないのも頷ける。
「うーん…まあ考えられなくはありませんが、目撃者も含めて今のところめぼしい情報が全くないのです。正直お手上げの状態ですよ」
煙を吐きながら松井は言った。
「ご両親にも話をしたのですが、公開捜査に踏み切られた方がいいのでは」
つまり新聞やテレビのニュースでゆうこが行方不明になった事を報道して、情報を募ると言う事である。幅広く情報を集められるので早期解決に繋がる事も多い反面、誘拐などでは却って人質に危険が及ぶ事もある。
「も、もう少し待ってください。ご両親には私から話をしますので」
有効な情報がないに等しい現状では、警察として当然選択したいオプションである事は理解できる。しかしそうなるとマスコミにスキャンダラスに騒がれ、ゆうこ本人はもとより事務所も大変なイメージダウンになる。それを避けるため表向きは過労で入院と言う事になっていた。事務所の中でも知っているのは少数のスタッフのみで、モデルやタレントたちには事実は伏せられていた。
「それでは、私はこれで。また何か分かったら連絡します」
「それではよろしくお願いします」
刑事を乗せたエレベーターの扉が閉じていく。深々と頭を下げ、それを見送る近江。
部屋に戻って時計を見やる。八時を少し回ったところであった。
これじゃどうしようもないな。今日の所は失礼するか。
穴を開ける事の出来ないゆうこが司会を務めていたBSの仕事は、代役に片井リエを立てて凌いでいるが、リエ自身の仕事もあり、スケジュールの調整が必要だった。また、キャンセルした雑誌のグラビアページの仕事については、違約金を要求している出版社もあり、どうするか頭が痛かった。しかしそれを考えるにはあまりにも疲労していた。
「社長、大変です!」
とその時、マネージャーの坂本が飛び込んできた。
「何事だ、そんなに慌てふためいて」
まさか、ゆうこの身に何か、イヤな予感が近江を襲う。
「み、美菜子ちゃんが戻らないんです!」
「何だって!」
思いもしなかった事態である。近江は後頭部をハンマーで殴られた気がした。
「グラビアの撮影が昼過ぎに終わってから、美菜子ちゃんを原宿で下ろしたんですが、まだ戻っていないんです」
「こんな時に何でそんなところで、家まで送っていかなかったのか」
近江は目の前が真っ暗になった気がした。美菜子が失踪となればその影響はゆうこより格段に大きい。
「済みません。買い物をしたいと言うんで。日が暮れる前には帰るようにしつこいくらい言ったんですが、気になって今自宅にかけてみたら…」
「明日の美菜子のスケジュールは」
「はい、午前中は社内で新しいイメージビデオの打ち合わせ、それから雑誌社が来てインタビューが二つ…」
「すぐに連絡を取って、インタビューを延期して貰ってくれ、取りあえず急病でな」
「え、し、しかし、今日は日曜だし、この時間では…」
坂本は言いかけたが、返事を聞く前に近江は受話器を取ると電話をかけていた。
「あ、もしもし、松井刑事ですか。私ティップの近江です。先ほどは…実はまた大変な事になりまして、すぐお戻りいただけないでしょうか。ええ…」
切羽詰まった様子で話をする近江を横目に見ながら、坂本は仕方なく出版社の電話番号をプッシュする。
しかしいくら待っても誰も電話に出る事はなく、呼び出し音が無情に鳴り続けるだけだった。
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