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【創作短編小説】サクラの思い

芽を覚ます。
そこにはいつもと変わらない景色が広がっている。
大きな空、大きな広場、大きな建物。建物の名前は『学校』というらしい。長年この場所に居るが、その事実を知ったのはつい最近のことだった。

季節の移り目というのは曖昧だ。今が、晩秋なのか初冬なのかは分からない。ただ、これから寒くなっていくということだけは間違いなかった。寒いのは嫌いだ。嫌いなのでもう一度寝ようと思う。二度寝というやつだ。

二度寝をする前に、有と慎也の話を聴こうと思った。今年の春には、夏の大会で絶対優勝しような、とお互い励まし合っていた。どうやら、この二人は野球というスポーツをしているらしい。私には野球がどんなスポーツなのかは分からない。

「負けちまったなー。あと1試合勝ってれば全国だったのによー。」
「まだ言ってんのかよ。そろそろ引きずんのやめろって。」
「慎也があの試合、全部ホームラン打ってりゃ勝てたよな。」
「それを言うなら、有が全部三振取ってれば負けなかったよ。」
「無理言うなって!」
「そっちこそ!」

フフッ。つい微笑ましくなって笑ってしまった。これだからヒトの話を聴くのは面白い。二人の会話はここまでしか聴き取れなかったが、有と慎也が良い関係性を築けていることは分かったし、良い青春を送ってきたということも分かった。私は青春というやつを味わったことないが、こうしてたくさんのヒトの話を聴いて、色々と想像を膨らませていくことが楽しみだった。
次の春も、またこの二人の話が聴けたらいいな。こんなことを思いながら私は二度寝に入った。


眼を咲ます。
そこにはいつもと変わらない景色が広がっている。
大きな空、大きな広場、そして学校。
今年も花咲けたことが喜ばしかった。刹那的な時間しか咲くことは出来ないが、この瞬間を目いっぱい楽しもう。これがヒトの言うところの青春ってやつか。

有と慎也は、探す手間もなく、私の下で会話していた。というか、私を見ながら話している。晩秋、いや初冬。どちらでも良いか。ヒトは私が芽の時には、一瞥すらも見てくれないが、花を咲かせている間は、たくさん見てくれる。

「いよいよ卒業だな、俺たち。」
「卒業しても、同じ高校だけどな。」
「ああ。慎也と俺の最強バッテリーで、絶対甲子園優勝するぜ!」
「去年もそう言ってたけど、結局決勝で負けちまったよな。」
「そりゃ、お前がホームラン打たないからだろっ。」
「有が点取られたからだしっ」

二人は笑っている。未来ある若者が、旅立つ。それを見送ることしか私には出来ないが、その代わり精一杯花を咲かせて、勇気づけてあげよう。二人の成功を、この場所から、いつまでも応援していよう。

風が吹く。
私から花びらが一枚離れ飛んで行く。


あとがき

今回は、「うたスト」という企画に参加して、小説を書かせていただきました。前回の才の祭以来の執筆です。
「うたスト」は、歌から物語を考えようという企画。色んな課題曲があった中、僕が一番好きだったのは、あずきさん作詞作曲の「未来へ飛ぶふたり」という楽曲でした。
未来や春というキーワードから、桜を擬人化させて、未来ある若者を描く小説を作ってみようと思いました。正直上手くいっているか分からないですが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

PJさん、今回も素敵な企画をありがとうございました。

あずきさんの楽曲「未来へ飛ぶふたり」

うたストの企画はこちらから

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