藤野可織『ドレス』

何もない日にドレスを纏って鏡を見るような。夜中にひとりでケーキを食べるような。なんて軽やかで重厚で、贅沢な本なのだろう、と思いました。

現実のような質量を持った、どこか違う世界の話。短編集なのですが、どれがいちばん、とも言えないので、順に少しずつ感想を書いてみたいと思います。

「テキサス、オクラホマ」

びっくりして何度も読み返してしまった。漫画家の、市川春子さんの絵を彷彿とさせる情景だった。

「マイ・ハート・イズ・ユアーズ」

一番印象に残った話。少しずつ違うリアル、男とは、女とは何なのか、これは人間の話ではないみたい。生殖のあり方もふくめて人間なんだなあと思った。一文めの生々しさに少しぞっとしつつ、彼らの生殖にロマンチックを感じるのは私が「女」だからでしょうか。この人だからこそ、今の時代だからこそ書けるジェンダー観、のにおいがした。

「真夏の一日」

最近美白について調べているので個人的にタイムリーな話だった。細かいところだけれど、休日の、出かけるまでの描写がいいと思った。

「愛犬」

犬が何を意味しているのかわからない。白いインテリアと、犬の疾患の生々しさの対比が印象的だった。文章に色がついていてすごい、と思った。

「息子」

大人の怪談レストランみたいな話だった。

「ドレス」

表題作。主人公の男には理解できない感性で、「かわいい」と言う女の子たちがおかしくて、どこか身に覚えがあって、おしゃれは武装で武装はおしゃれだな、と思いました。ラスト、それでも彼女の手を温めてやろうとする主人公がばからしくて、少し切なかった。

「私はさみしかった」

なんとなく共感できる。全然関係ないけど、私が男だったら、クラスにいる主人公みたいな女の子を好きになって諦めただろうと思う。

「静かな夜」

意味がつかめなくて何度か読み返したけれどやっぱりわからなかった。大人になったらわかること、を知らないままに置かれることに甘やかな切なさがあった。ちか子さんみたいなひとになりたくないけどどうにもあこがれてしまう。

どの話も不可解なのに透明で、一文一文目が滑ることなくするんと情景が浮かびました。わからないままに何度でも読めるので、なんて上手なんだろう、と思います。文章が。『おはなしして子ちゃん』と、『爪と目』も高校のとき読んだことがあってどちらも印象深い。藤野可織さんの本、もっと読んでみようと思いました。

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