将棋の本に感動する。

前々から読もうと思っていた棋士瀬川晶司さんの自伝小説「泣き虫しょったんの奇跡」をやっと読んだ。
よく知られている通り、将棋の世界では26歳までに三段リーグを勝ち越し、四段=プロに昇段しなければ奨励会というプロ養成機関をやめなければならない。瀬川さんは、中学生時代将棋の大会で優勝し、14歳で奨励会に入会その後26歳という年齢規定で奨励会を去ることになり、大学へ進学就職する。その後色々な経緯を経てサラリーマンとしてアマチュア大会に参加してプロ相手に勝利を続け、将棋界内外の人の協力を得て、61年ぶりにプロ棋士編入試験を受けて35歳にしてプロ入りするというすごいことを成し遂げた人だ。将棋の場合、小学生、中学生で頭角をあらわし、10代でプロになるのも少なくない世界、また厳密に決まりのある世界で特例として編入試験を受け、さらに今後このような例外の場合は編入試験を認める、と将棋界の方も新たな方針を打ち出したということでかなり革新的ですごいのである。この本は書き方もわりと映画的に、情緒的に描かれており、感涙してしまうのだ。特に瀬川さんが自分に自信を持つきっかけとなる、瀬川さんをひたすら誉めまくった先生とのストーリーが感動的。
『泣き虫しょったんの奇跡 完全版<サラリーマンから将棋のプロへ>/瀬川晶司』

将棋関連では、こちらの小池重明の伝記も瀬川さんと正反対ながらムチャクチャ面白い。昔は真剣師という夜の盛り場で賭け将棋の棋士をやる商売があり、真剣師だった小池重明は狂気の天才的な能力で勝ちまくり、プロにも勝つのでプロ入りの話しも出るのだが、その度に詐欺や泥酔による素行不良、性格破綻で失敗をする。「新宿の殺し屋」として真剣師最強といわれた大阪の加賀敬治と一騎打ちする通天閣の死闘のシーンやトラックの運転手、焼肉屋などを転々とし、賭博を酒にまみれてほとんど将棋をさしていないのに、ライバルの強豪に勝つシーンなども壮絶で、ビバップ期のジャズミュージシャンを彷彿とさせる。天才とは何かの参考になる1冊である。
『真剣師小池重明/団鬼六』

と瀬川さんと小池重明という2人の全然違うタイプの棋士の本を紹介したところでもうひとつおすすめなのがもう書店では売っていないようなのだが、先日お亡くなりになった米長邦雄さんの伝記「米長邦雄の運と謎」である。将棋界でも常にトップに立っていた米長邦雄さんなのだが名人位だけはなかなか獲ることができなかった。そのような中、谷川浩司さんが21歳で史上最年少で名人となる。(その時米長さんは40代)衝撃を受けた米長邦雄さんは、膨大な量の自分と谷川名人の棋譜を調べたところ、実力は少しではあるが自分の方が確実に上だという結論に至り、ということはその違いは「運」である、という明快かつ論理的な結論に至る。その後、もともと超自然的な力を信ずるタイプでもあった米長さんは「運」の研究を長年続けるのである。(それ系の著作も多数)その集大成がこの本にはある。よく話題になる「運」と「才能」と「努力」の関係が浮き彫りになっていて、かなりスッキリする本である。そして「運」を呼び込む秘訣もこの本にはたくさん書いてあるのだ。
『米長邦雄の運と謎/団鬼六』

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