英国王室のラバーズ・ノット・ティアラは、ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラに非ず
ゲシュタルト崩壊必至の記事です、ご注意を。
イギリス王室が所有するティアラの中でも特に有名なティアラのひとつに、ラバーズ・ノット・ティアラ(Lover’s Knot Tiara )があります。
故ダイアナ妃の着用姿が有名ですが、今はキャサリン妃が受け継いでいます。
ところで、このティアラを"ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラ"と表現している雑誌やブログを散見するのですが、王室ジュエリーに精通している方々に言わせるとこれは間違い。
ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラは、現在ドイツの名家が所有していると考えられる別物のティアラことなんだとか。
頭にケンブリッジとつくのに、何故ドイツにあるのか?
なんだかややこしく感じられますが、双方のティアラの歴史を、家系図を使いながら見てみましょう。
ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラ
①オーガスタ(ケンブリッジ公爵夫人)
イギリス国王ジョージ3世の七男・ケンブリッジ公アドルファスの妻。
結婚祝いにティアラを贈られたと考えられています。
ケンブリッジ公爵夫人が所有していたラバーズ・ノット(愛を象徴する結び目)デザインのティアラなので、ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラと呼ばれるわけですね。
②アウグスタ(メクレンブルク=シュトレーリッツ大公妃)
①オーガスタの娘。メクレンブルク=シュトレーリッツ(現在のドイツ北部)大公に嫁ぎ、ティアラを受け継ぎました。
③ユッタ(モンテネグロ王太子妃)
②アウグスタの孫娘。アウグスタには一人息子しかいなかった為、ティアラは孫娘のユッタに受け継がれました。
政略結婚でモンテネグロ王太子に嫁ぎました。
◇
さてこのモンテネグロ王国とは、オスマン帝国より独立して1910年にできた国。
しかし第一次世界大戦時に敵国オーストリア=ハンガリーの占領を受け、国王は亡命を余儀なくされました。
◇
ユッタの夫である王太子は、1921年の父王死後、亡命政府を率いてモンテネグロ王を宣言します。しかし4日後
「王の座を甥にゆずる!」(王位放棄)
↓翌日
「やっぱりゆずらない!」(王位復帰)
↓さらに翌日
「やっぱりゆずらなくない!」(王位放棄)
という謎行動を起こし、人々を失望させたそうです。
ユッタは夫の王位放棄後、フランスやイタリアで過ごしました。
そしてティアラは何らかの理由でユッタの手を離れ、1981年ジュネーブでオークションに出されます。
こうして、ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラの歴史第二章がはじまります─。
④マリー・ガブリエル(ヴァルトブルク・ツァイル公女)
オークションに出されていたティアラを購入したのは、ドイツの貴族夫婦、ヴァルトブルク・ツァイル家。
現在でもこの一家がティアラを所有していると考えられています。
ちなみに家系図のスペースが余っていたので付け加えましたが、このマリー・ガブリエルさんのご実家の先祖はバイエルン王家です。
⑤マチルダ(ヴァルトブルク・ツァイル公女)
④マリー・ガブリエルの息子の妻。
ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラを着用して親戚の結婚式に参列した写真があります。
なおこのお方は、両親いずれもご先祖を辿るとかつてのフランス国王ルイ・フィリップに行き着きます。
家系図ではスペースが無くなってきたためお父さん方のご先祖を載せてみました。
彼女には5人の娘がいますが、いずれも未婚とのこと。
娘たちが結婚したあかつきには、ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラが再び見られるかも…?
イギリス王室のラバーズ・ノット・ティアラ
ここまでケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラの長い歴史を見てきました。
要するに最初の持ち主の称号がケンブリッジ公爵夫人で、婚姻やら戦乱やらで紆余曲折を経て現在はドイツの貴族が所有しているということ。
だからドイツにあるけど「ケンブリッジ」と頭につくわけですね。
これでイギリス王室が所有するラバーズ・ノット・ティアラとケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラは別物ということが分かったかと思います。
しかし両者が全く無関係というわけでもなくて…
既にかなり長くなってますが、イギリス王室のラバーズ・ノット・ティアラの歴史も駆け足で見てみましょう。
◇
イギリス王室 のラバーズ・ノット・ティアラを作らせたのは、かつてのイギリス王妃メアリー・オブ・テック。
チャールズ国王の曽祖母にあたります。
この方は宝石が大好きで、国内外の上流階級の方々からジュエリーを受け継ぐ?強奪する?えいきゅうにかりる?行為でコレクションを増やしていました。
そんなメアリー王妃が目をつけたジュエリーのひとつが、叔母アウグスタが所有していたケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラ。
アウグスタはメアリー王妃の義父にあたるエドワード7世の戴冠式などでこのティアラを着用していたそうで、メアリーがどこかで目をつけたと考えられます。
しかし叔母からえいきゅうにかりておくのは諦めたのか、メアリーはイギリスの宝石商ガラードに依頼して、似たようなティアラを作らせました。
それが、現在ではキャサリン妃が身につけているラバーズ・ノット・ティアラです。
ロイヤルジュエリーを扱ったブログでは、ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラと区別する場合は「メアリー王妃のラバーズ・ノット・ティアラ」と記されています。
一応図にするとこういう歴史(青字)↓
ちなみに両者の見分け方ですが、
ケンブリッジ・ラバーズ・ノット・ティアラは中央のパールがより細長く、ベースが小粒のパール↓
メアリー王妃のラバーズ・ノット・ティアラは中央より向かってひとつ左側のパールが少し曲がっていて、ベースは小粒ダイヤでできているのが特徴です。↓
それにしてもメアリー王妃はなぜこのような歪なパールを用いたのでしょう?
実はこちらのティアラ、製造段階で手持ちのティアラから宝石を取り外してリメイクしているんです。
それがガールズ・オブ・グレートブリテン・アンド・アイルランド・ティアラ。
ガールズ・オブ・グレートブリテン・アンド・アイルランド・ティアラは、メアリー王妃とジョージ5世の結婚祝いに贈られたもの。
ひょっとしたら思い出のジュエリーを大切にしようとしたのでしょうか。
あるいは、メアリー王妃のラバーズ・ノット・ティアラが作られたのは1913年〜14年(諸説あり)と ちょうど第一次世界大戦が始まった頃なので、新しいパールを用いることを控えた可能性も考えられます。
おわりに
重箱の隅をつつくような細かい内容になってしまいました。
個人的には、よく分からなかった2つのラバーズ・ノット・ティアラの違いをまとめられて、スッキリ満足しています。
…が、実はこのラバーズ・ノット・ティアラ、18〜19世紀に大変流行したデザイン。
ロシア、アフリカ、インドなどにもよく似たティアラが存在している(いた)んです。
詳しくは別記事にまとめました。
マニアックで自己満足の極みな内容ですが、ご興味があればどうぞ。
お読み下さり、ありがとうございました!
参考
見出し画像: pixabay
・THE COURT JEWELLER
《 THE CAMBRIDGE LOVER’S KNOT TIARA 》
《 QUEEN MARY’S LOVER’S KNOT TIARA 》
・The Royal Watcher
《 Cambridge Lover’s Knot Tiara 》
・VANITY FAIR
《 Collector or Thief? Inside Queen Mary’s Royal Collections 》
・Wikipedia
《 モンテネグロ王国 》
《 ダニロ・ペトロヴィチ 》
《 Mehtab Kaur of Patiala 》
《 Marie Gabrielle de Bavière 》
《 Mathilde de Wurtemberg 》
・YouTube
Jewelry Journeys
《 Lover's Knot tiara : what secrets Princess Diana's favourite tiara hides 》
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