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ハスキーボイスとコアラ

『 思へども なほぞあやしき 逢ふことの なかりし昔 いかでへつらむ 』

意味:あなたを恋しく思っていると、あなたに会う前はどんな気持ちで過ごしていたのか不思議に思われます。

漫画や小説に出てくる「恋」は別世界の話だと思っていた頃あの頃。


同じクラスに低い声のクラスメイトがいることに気がついた。人見知りのない明るい性格らしく、よくそのハスキーがかった声が教室に響いていた。
ドラえもんの声優だった大山のぶ代さんのように特別変わった声というわけではないが、女子ばかりだったので、低めの声が少し目立っているという感じだった。


私の学校は女子校だった。


クラスメイトも席替えもどうでもよかった。どうしても大学に進学したい。そのためには高い成績を保持し続けなければならない。その為には他人は蹴落とす。


窓側の席から黒板をスナイパーが獲物を狙うように見る。先生の発する言葉と黒板の情報を一言一句洩らさず聞き、テストで一点でも落とすことがないようにしなければ、私に先はない。

入学して少し経った頃、席替えでハスキーボイスな彼女の斜め後の席になった。

黒板を見ると斜め前にいる彼女がどうしても視界に入る。彼女は授業中ほとんど寝ている様子だった。どうやら部活重視で入学したらしく、勉強には興味が無いらしい。

寝ている彼女は夜行性のコアラを連想させた。動物園のコアラが活動している姿を見るためには、開演時間すぐまたは夜の動物園に行くしかないらしい。彼女が起きているのは朝クラスに入ってきた時と昼食時間だった。必死に勉強しなければ先がない私からしたら、ちょっと怒りを感じるぐらいよく寝ていた。

彼女としては斜め後ろのクラスメイトをイライラしているなんて知る由もないし、知ったとしてもいい迷惑だろう。校庭に石が落ちていたせいでうちの子が怪我したとクレームを入れるモンスターペアレントといい勝負だ。

学校では主に寝ている者の他、鏡を出して化粧する者、漫画を読む者もいた。漫画は休み時間に読む者もいれば、授業中に読む猛者もいる。授業中の漫画の読み方として、オーソドックスなのは机の引き出しに漫画を入れ、引き出しを半開きにしながらこっそり読む方法だった。だが教壇に立つ先生曰く、目線が下に落ちるので勉強していないのがバレバレだとか。先生から呆れ気味の注意を受けて以来、机の上にいつも通り教科書とノートを開き漫画を平べったく開いて隙間から読む方法へ移行していた。

そんな中、彼女の読み方は机に教科書を立てて教科書に漫画を挟み込む斬新なスタイルだった。二宮金次郎が椅子に座ったら彼女の姿になるだろう。
確かに教壇に立つ先生から「漫画を読んでる」という事実は読み取れまい。だが、朗読するわけでもあるまいし、教科書を机の上に立ている人などいない。後ろから回り込まれたらお仕舞いだ。
先生に注意されて漫画は取り上げられるのではとヒヤヒヤしながら見ていたが、生徒に興味がない先生だったのか注意されずに授業は終わった。


休み時間、堂々とした行動に一人呆れていたら、振り向いた彼女とバチっと目が合った。


こんな時何か気の利いた会話でもできたらいいけど、毎日机に向かうだけで何も浮かばない自分が恨めしい。目を逸らして素知らぬふりをしようか、、、、

彼女はニカっと笑って

「こんちわっ!」

目を伏せぎみだったから向こうも目が合って照れたのかもしれない。
スカートを翻し、部活道具の入ったスポーツバッグを持って走り去って行った。
きっと部活に向かったのだろう。

親に命ぜられるまま進学し、牛乳瓶の底のようなメガネをかけ、学校の成績しか取り柄がなかった私には彼女の自由さが眩しく映ったのだろうか。


その日から気がつけば彼女のことを目で追ってしまう自分に気がついた。もうずっと前からそうだったけど、気がつかないふりをしていただけかもしれない。
最初は怒りだった感情が一体いつから好意に変わったかは記憶にない。
気がついたら好きになっていた。

まさか漫画や小説に出てくる「恋」にこんなに簡単に落ちてしまうとは。しかも同性を好きになるなんて。

『 思へども なほぞあやしき 逢ふことの なかりし昔 いかでへつらむ 』


国語の授業で習った短歌が身につまされる。
半年も同じクラスにいたのにそれ以前の彼女の存在はほとんど記憶にない。でも彼女の存在をを気にしなかった頃にはもう戻れないのだ。

高校3年間ずっと彼女のことが好きだった。告白なんて大それたことをする勇気もなく何も起こらなかったし、誰にも打ち明けなかった。感情に蓋をして心の奥底のさらに深いところは押し込めた。

恋愛感情というより憧れに近かった気もする。
でも、クラス替えがあれば同じクラスになれますようにと心の底で祈り、夜眠りにつく前は夢で会えたらいいなと願っていたあの気持ちは異性への恋と何ら変わり無かった。

今でもたまに思い出す。
机の上に教科書を立てて漫画を読む姿。こういう時だけなぜか背筋はピンとしている。
放課後、学校周りをランニングする姿を見かけると何だか嬉しかった。


あの頃はまともに会話できなかったけど、今もし会えたら。

「あの漫画の読み方はヒヤヒヤしたよ」

「毎日部活動凄いなって尊敬していたよ。勇気をくれてありがとう」

伝えられるかな。




フィクションです。
※隠れて読む漫画の方法はノンフィクションです。

漫画は読書と呼ぶのかな、、、?

企画参加作品です。


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