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【発狂頭巾諸国漫遊編】吉貝、因幡国大砂漠を渡る【鳥取】

発狂頭巾基礎知識

発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。

現在の兵庫県西端にあたる街道を二人の男が歩いていた。季節は秋も深まる頃、時刻は朝、ポカポカと暖かい日差しが、紅葉が彩る峠を照らしていた。

「ま、待ってくださいよ。吉貝の旦那」

「遅いぞハチ。今日中に備前国は岡山城下にたどり着きたいというのに、トロトロとしておっては日が暮れてしまうではないか」

颯爽と歩く白目の侍こと吉貝何某の後ろを、旅姿の町人ハチがひいひいと声をあげながら歩く。

「いや、旦那。おかしいですって。右側に海がありますって。たぶん瀬戸内海じゃなくて日本海ですよ」

「ええい、何をわからんことを。おお、見よ。峠にちょうどいい茶屋があるではないか。一服していくとしよう…む?」

峠の茶屋の前まで行った吉貝の前に広がるは、どこまでも続く砂の海、すなわち砂漠であった。

「うわ、なんですかここ。本当に日ノ本ですかねえ?」

「わからぬ。しかし見てみよ、まるで天竺のような、見事な砂漠の光景であるぞ。これはわしでも思わず、一句詠みたくなるというものよ」

「は?」

秋津風 焦がす砂原(さはら)に 吹き荒れろ      吉貝何某

「どうだ?」

砂漠を前に一句詠むと、自信ありげに吉貝はハチに感想を聞いた。

「どうだと言われましても……変わった句というか……問題外というか……才能無しというか……」

二人がとりとめのない話をしていると茶屋から、遊牧民族のような形(なり)をした茶店の婆が店から出てきた。

「おやおや、お客さん。これから因幡国大砂漠を渡られるのかえ?一服していきなせえ」

促されるままに、吉貝とハチは日干し煉瓦で作られた茶屋『砂場珈琲』に入り、茶を貰い、因幡国の民がよく食べるという『かれい』なる飯を注文した。

「へっへっへ、お客さんがた。因幡国大砂漠を舐めちゃぁいけないよ。ここから遠く、伯耆国との国境まで砂漠がずっと続いておるからねえ。水はたっぷり持ちなせえ。それと、砂漠は怪物が良く出るゆえ、気をつけなせえ」

雑多な煮込んだ野菜と奇妙な香りのする汁がかかった飯が二人前運ばれてきた。食べてみると、意外と食欲を誘う味であった。

「うへえ、やっぱり因幡国だったんですねえ。しかしまさか因幡国がこれほど砂だらけとは思っておりやせんでした」

「うむ、美味い。美味い」

「はぁ、旦那は気楽でいいですねえ」

ハチはやれやれというため息をつきながら、お茶をすすった。

さらさら…

びゅうおおお…

さらさら…

びゅうおおお…

何処までも続く因幡国大砂漠は砂の流れる音と風の音以外、何も聞こえなかった。じりじりと炎天は大地を焦がし続けており、乾いた風には砂が含まれていた。二人の男はただひたすら、砂丘を登り、下り、歩き続けていた。

「ぺっぺ、酷い砂風ですぜ」

ハチはじゃりじゃりした砂を吐き出す。

「うむ……流石因幡国大砂漠。どこまでも一面砂であるな」

日よけに頭巾を被った吉貝はハチより10歩ほど先を歩く。

「今日中には砂漠を抜けてえもんですね。それにしても……」

さらさらさら…

ざっざっざっ…

さらさらさらさら…

ざっざっざっ…

「随分と砂の流れる音が聴こえやがる。旦那、こりゃあ流砂があるかもしれやせん。足元には気を付けた方が良さげですぜ」

吉貝は振り向きもせずに呟き、力強い足取りで歩き続ける。

「ハチよ。ワシは普段から鍛えておるから、流砂如きどうということはない。お主も少し足腰を鍛錬した方が良いのではないか?」

さらさらさらさら…

ハチの返事は無い。吉貝は気にせず、しゃべり続ける。

「良いか。まずは朝夕にうさぎ跳びを…聞いておるのかハチ。む?」

さらさらさらさらさら…

さらさらさらさらさらさら…

吉貝が振り向くと、そこにはハチの姿は無かった。まるで砂の中にのみ込まれたかのように、その姿を消していた。

「ハチよ、酔狂はよせ。何処に行った?」

さらさらさらさらさらさらさら…

返事は無い。ただ砂の音だけが聴こえ続ける。いや、砂の音が少々多い。

「何奴?」

瞬時に吉貝は抜刀し構える。それと同時に、どばぁと轟音が鳴り響き、あたりに砂煙が立ち込め、巨大な大木ほどの太さのある蔓のようなものが周囲にうごめいているのが感じられた。砂の中から出てきたのだ。

「キシャーーーーーーッ!」

「おのれ面妖な……いや、これは……蒙古殺蚯蚓!砂漠に出るという怪物はコヤツであったか。おのれ、ハチを飲みこみおったな」

シルクロードの難所でもあるゴビ砂漠には旅人を襲う巨大なミミズ、モンゴリアン・デス・ワームが生息していることは既に常識になっている。かつて大蒙古国では一人前の男子であることを示すためにこの恐ろしい妖蛆を倒す事が通過儀礼として頻繁に行われていた。容易にキャラバンを飲みこむ怪物であるが、かのチンギス・ハーンは若き日にこの通過儀礼に挑み、たった一人で見事巨大蚯蚓を狩り、遊牧民達に偉大な指導者として認められた。余談であるが「蚯蚓に小便をかけると性器が腫れる」というのは蚯蚓を仕留める事が一人前として認められるという蒙古の風習が起源である。      民明書房刊『ユーラシア大陸喧嘩道中』より

別に吉貝はこのまま去ってもよいのだが、残念なことに財布の管理はハチがしており、このままでは文無しになってしまう。仕方なく吉貝こと発狂頭巾はこの巨大な環形動物と戦うことになった。

「では早速参るぞ、わが剣を受けい!うオギャーッ!!」

奇妙な体勢で空中に躍り上がった発狂頭巾はすれ違いざまに刀を一閃し、巨大砂漠ミミズを斬る!手ごたえはあった。だが、発狂頭巾はこの程度で攻撃を緩めない。さらに空中で姿勢を変え、凄まじい膂力で垂直方向に刀を振り下ろし、そのまま身体ごと回転させ、回転のこぎりのようにミミズの胴体をさらに切り裂く!

「グワギャーッ!!」

秘剣・飛鳥文化の攻めにて、見事、直系6尺はあろう巨大砂漠ミミズを一刀両断し、勢いを殺すように地面に着地し、1mほど滑りながら残心を取る。

「グウウウウオオオオオオオオ!!!!!!」

おお、だがなんということか。巨大砂漠ミミズは両断されたのにまだ動くという!恐るべき巨大さと生命力の賜物であろう。読者の皆様に例えると、500mのもつれたロープをハサミで一本切った程度と考えていただくと早いかもしれない。すなわちかすり傷程度であり、致命的被害にはなり得ない。

「むう、面妖な!」

凄まじいスピードと恐ろしい牙で巨大砂漠ミミズは噛みつこうとする。噛みつかれたと思われた発狂頭巾の陰が薄く明滅し、砂煙が吹きあがる。熟練の足さばきである発狂残像後退歩法でかわすものの、このままではじり貧である。

「ええい、こやつの生命力は正に狂気の賜物といったところか。一本ずつ切っていてもキリがない。さて、どうしたものか……」

地を砕く尻尾の薙ぎ払いを発狂二段跳躍でかわし、さらに空中を狙った体当たりを発狂空中加速踏み込みで回避し、しばし攻撃を避ける事に専念しながら、発狂頭巾は対処法を狂った頭で考え続けた。

「……むう、やむを得ぬ。相手は人間ではない、ここは砂漠であり周囲に人家はない。『あれ』を使っても構わぬか……」

巨大砂漠ミミズの腹を蹴り空中に跳び上がると同時に、腹をくくった発狂頭巾はそっと目を閉じ、特殊な呼吸を開始する。強制的に脳に酸素と血中の糖分を送り込み、(何の根拠もない)狂気の未来予測を行う発狂心法の秘奥『零の境地』である。

「使命…了解!!!」

ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ……

脳細胞が、脳血管が、通常の30倍を超えた殺人的な動きを開始し、奇妙な音を立てながら脳裏に(裏付けのない)未来を見せ始める。刹那の時の後に、発狂頭巾は目を見開き、この宇宙の全てを見透かしたように瞳孔を緑色に発光させた。『零の狂地』が弾き出した脳内未来予想図(虚構)に従い、全てを覚悟して脇差を抜き、両手に二刀を構え、空中で十文字に刀を構える。

「仇敵(たーげっと)……認識(ろっくおん)」

物理法則を無視して浮かぶ発狂頭巾は両腕に、そして刃の切っ先に恐るべき量の『狂気そのもの』を供給し始めた。刃が金色(こんじき)に輝き始める!

「狂うておるのは……」

狂気を一気に滾らせ、瞳孔を緑色に激しく明滅させながら、刀の先端から化け物じみた狂気の奔流を発生させた。それは物理的な刀ではなく、狂気そのものが輝く黄金色の粒子として刃をなした刀である。それも巨大、実に120間(約220m)もの巨大な刃を発生させたのだ。

「わしか、貴様か!」ここでカメラがアップ。

攻撃……開始(ギョワァァァァァァァァァァァァァァァ)!!!!!

狂気の刃は数本の巨大砂漠ミミズ胴体を同時に蒸発させる二本の光線となった。さらに空中で姿勢を変え、回転し始め、全方位の巨大砂漠ミミズを次々と爆発させ続ける。何回も何回も回転し、そのたびに両手の刀の軌道上にあるミミズの身体は山吹色の爆炎を放ちながら爆発四散し続け、その殺戮は未来予測(エビデンスは無い)の結果通り、巨大砂漠ミミズを絶滅させるまで続いた。

これぞ発狂剣法奥義・ローリングツインバスターの太刀である。『零の狂地』を発動させた状態でしか繰り出せぬこの技の威力は非人道的ですらある。発狂頭巾ですら、かつて太平洋から江戸を襲撃しにきた発狂黒船第七艦隊を三浦沖で撃滅したとき以来使っていない、禁じられた技なのだ。

やがて、全てを沈黙させた死の砂漠へと変えた後、発狂頭巾は刀を納め、着地し、静かにマントラを唱える。

「制御(CTRL、こんとろーる)、切替(ALT、おるたねいと)…消滅(DEL、でりーと)!!!」

このマントラは心の狂気を強制的に静まり返らせ、『零の狂地』を終了させる効果を持つ。『零の狂地』は脳に深刻な障害を与える副作用を持つ。脳や血管も常人の数十倍強い発狂頭巾とはいえ、3分間も継続して使えば、脳が破裂して死に至るであろう。

静寂が戻り、しばらくたつと、発狂頭巾の足元の砂地から「ぶはっ!げほげほ!」というせき込みと同時に、ハチが顔を出した。

「いや、びっくりしましたよ。何ですかこの巨大ミミズは……」

「うむ、砂漠に潜む怪異の正体見たりという奴だ。ハチ、お主も無事でよかった」

「よかねえですよ!あと一歩で、あっしごと両断されるところだったんですから!」

「ハハハ、元気そうならそれでよい」

日が暮れるころ、二人の男は因幡国大砂漠を越え、倉吉(現在の鳥取県倉吉市、鳥取の中央部)の町へとたどり着いた。

「いやいや、今日はひどい目に遭いやしたね。体中砂だらけだ。早く旅籠をとって、風呂に入って休みましょう」

「うむ、酒の一杯も飲みたいところだ。あれ以来、頭が痛くてたまらぬ。少し無理をし過ぎたか」

「まったく、旦那は……まあともかく、こんな砂漠は因幡国だけでしょう。次からはまともな旅路になると良いんですがね…」

「うむ」

夕暮れの街道を歩く二人はまだ知らない。

倉吉の地には恐るべき殺人事件発生特異点探偵小坊主がおり、伯耆国(現在の鳥取県倉吉市~米子市)は夜は墓場で運動会を繰り広げる妖怪だらけの地であり、その先の出雲国(現在の島根県安来市~出雲市)は国津神がまだ地を治めており黄泉平坂という恐ろしいダンジョンが待ち受け、そこを超えた石見国(島根県大田市~益田市)には地底大陸アガルタと黄金郷シャンバラに通じる石見銀山があることを……そしてその地で、今日以上に激しい戦いが待ち受けていることを……

発狂頭巾吉貝何某とハチの風来道中はまだまだ続く……