ザギトワ選手の服装に関する報道

https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/268295

本日の記事、フィギュアスケーターのザギトワ選手が批判を受けています。SNSにアップした水着姿が「タタールの伝統に従っておらず」だそう。
ザギトワ選手はスケートに疎い私でもわかるようなレジェンドですね、深く尊敬します。

タタールの伝統?

タタール/イスラムに限らないような…

ロシアメディアは、タタールの伝統を理由に水着姿を批判しているようです。(ファクレトディノフ氏は単に当たり障りのないコメントをしただけに読めます。偏向報道…)
ザギトワ選手、タタール系だったんですね~
確かに寒冷地、はたまた砂漠の民は伝統的には肌を露出はしないでしょうが、それにしても、です。

私は英語と中国語なら多少できるので、割と各国のニュースをみます。
似たような話を、イスラム圏・ヨーロッパ・中華圏・はたまた日本、あらゆる国で耳にすることに気付きます。
アジアでも儒教の伝統に合わないという理由でSNS投稿が批判されたり、はたまた日本でも公職者の写真集が批判されたり…

よくある話

もう少し考えると、夫婦別姓・同性婚・人工中絶・その他政策 世の中の広範なトピックに対し、伝統(ないし似たような何か)が反対の根拠となっていることに気付きます。

キリスト教を根拠にする中絶反対派が米国では法廷闘争を起こし、日本でも「伝統に反する」とLGBT法に反対する方はいらっしゃいます。

けっきょく好き嫌い

要するに、世の中には様々な方がいて、各人のドグマをたてに理論武装しているわけです。

イスラム教は女性蔑視とたまに言われる気がしますが、個人的には偏見だと思っています。性差別的な教義があるというより、性差別的な人間が古い教義を都合よく解釈し、押し付けているだけです。
(アフガニスタンのタリバン政権の大学教育からの女性追放であったり、確かに不適切な事例はありますが、一部の国だと思います。)

もっと話を広げると、私だってそうです。
私が何かに賛成(あるいは反対)するとき、その理由は
賛成(反対)することが社会/自分にとってのプラスだから(経済学でいう効用) になります。
伝統を根拠に、他人の水着姿を批判するかは別として。

好き嫌いもいいけどもっと社会をよくしよう

ザギトワ選手のInstagramも見てみましたが、個人的には特に扇情的とも蠱惑的とも思わなかったです。インスタに水着姿あげるのが好きな方、世界中にいらっしゃると思います。

個人的な見解を最後に申しますと
「若い方がSNSに水着姿をアップするのは珍しくないし大きな問題ではない。他人の服装より、世界はむしろ新興国の紛争や貧困に目を向けるべきだと思う」です。

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