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セイロンティーのショートショート

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覗いてくださった方、誠にありがとうございます。お気軽にセイロンティーでも飲みながら寛いでご覧ください。
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記事一覧

ショートショート(そろそろ君)

僕の兄には本当に迷惑している。 大学生になる兄は、とてもお喋りで楽しい人だった。兄と一緒の空間に居れば、みんなが明るくなり笑いが絶えない。 そんな兄だから、それは様々な所で引っ張りだこだった。飲み会は勿論のこと、大学のキャンパスの至る所で、兄は足を止められ立ち話に興じる。そしてみんなが楽しくなる。 兄はそんな魅力にあふれた人であり、高校生になる僕は、そんな兄のことを誇りに思っていたし、羨ましくも思うのだった。 というのも、僕は兄とは正反対の性格だった。口下手で人見知り

ショートショート(新社会人)

いつもなら、心を無にして目を瞑り、時折、天井から吊るされているTVの声に耳を傾けるくらいなのだけど、今日はどうしても、とある思いに心が縛られ、全く他の事が手につかなくなってしまった。 まあ手につかないといっても、そもそも床屋というところは、手は散髪ケープの下でモジモジするくらいの事しか出来ないわけなのだけど、僕は今、そのケープの下で誰にも悟られないのをいいことに、右手の人差し指を1本立てて、指揮者の様に降りわましていた。 指揮者だなんて、君は音楽家のつもりかい? いや、

ショートショート(ブランコ)

 僕はブランコに乗るのが好きだった。25歳の社会人が何を言っているんだと言われるかもしれないけど、好きなのだから仕方がない。仕事が上手くいかずストレスが溜まっている時、あのブランコに揺られていると、しこりまみれの心がゆっくりと解されていくような感覚になって、いつの間にかブランコからゆりかごで眠っている感覚になれる。さながら赤ん坊に戻った様に、何も考えずに心を休める事が出来る素晴らしい存在なのである。  でも悲しきかな、ブランコという存在は、何かと偏見を生み出しやすい存在でも

ショートショート(お便り)

 とある地方のラジオ局に、一人のアナウンサーの男がいた。大ベテランの域に達している彼の名は、その地方では知らない者はいないと言っていいほどの知名度を誇っていた。  彼はずっと、その地方局のラジオのDJとして活躍していた。彼の担当するそのラジオ番組は、その局で一番の長寿番組であり、彼の先代のDJから数えて、優に40年は越えるであろうという番組であった。  只でさえ、彼の名を知らない者はいないその地方に住む人々は、当然彼の担当しているその番組も聴いたことがない人はいないのであ

ショートショート(日曜日を探して)   

 私の職場の休日はシフト制になっている。だから平日、周りが出勤や通学で憂鬱な朝を迎えている中、悠々自適に朝風呂に入りに銭湯に行けたりもする。  でも、偶には周りと同じ日曜日に休んでみたいと思うことだってあった。  シフト制だからといって、我が職場にだけ日曜日が訪れないというわけではないので、場合によっては日曜日に休みが回ってくる事もある。だけど今回、私に日曜日の休日が回って来たのは、実に3か月ぶりの事であった。  朝、目覚めた私は布団から起きると、まず先にテーブルの上に

ショートショート(気持ちの持ちよう)

 とある保育園。ここに、実に対称的な二人がいた。 「あ~、待ちきれないなぁ~、誕生日まで後三日もあるや、早く来ないかなぁ~」  この保育園に通う男の子。今言ったように、後三日で誕生日を迎える。今度で五歳になるのだった。 「はぁ~、誕生日まで後三日。これで私も三十路で独身確定。何で来るのかなぁ~」  この保育園で保育士をやっている女。彼女もまた三日後に誕生日を迎える。歳は・・・どうかお察しいただきたい。  かなりの園児が通うこのマンモス保育園で、保育士と園児という関係

ショートショート (床屋)

こうして待合席で他の客の髪の毛が何の抵抗もなくハラハラと床に舞う光景を見ていると、勿体ないというか寂しいというか、何とも切ない気持ちにさせられた。 あの切られた髪達は一体何処へ向かうのだろう?僕は気になってスマホで検索してみた。 成る程、カツラに使われる場合もあるらしいが、大抵は焼却される運命だという。それを知って尚更僕の心は傷んだ。 あの髪達だって、ほんの数秒前はれっきとした身体の一部だったのだ。それがちょっと増長して伸びたからって、無慈悲に淘汰されていく。こんな寂

ショートショート (劇団おでん)

 彼が日本に来たきっかけは、日本のドラマに感銘を受けたからだった。  恋愛、コメディ、サスペンス、ホラー、どれをとっても質の高い日本のドラマたち。それらを彼は遠く離れた自分の国で毎日のように見ていた。  中でも彼の目に留まったのは日本人役者たちの卓越した演技力だった。若手は粗削りながらもフレッシュさに溢れて実に瑞々しい演技をするし、ベテランは長年培ってきた経験を如何なく発揮し重厚でしまりがあって、どこまでが演技でどこまでがその人の素かが分からないほどに憑依している。  

ショートショート (磁石)

 佐藤太郎先生と中村花子先生は、共に大学で物理学を教えている教授と助教授の仲だ。しかも長年磁力についての研究を二人で行っており、これまで様々な研究成果を世に放っている。そんな二人は名コンビとして学内では有名だった。 「ねぇ、佐藤先生はまだ中村先生と結婚しないんですか?」  生徒の一人が研究室で今日も佐藤先生を茶化す。 「・・・またその話かね。何度も言うだろう?中村先生とはあくまで研究仲間としての意識しかないんだよ」 「でも二人ともいい歳じゃないですか。勿体ないですよ、

天地無用で考えた話 (ランダム単語)

ランダムに単語を出現させるサイトで偶然出た(天地無用)から考えた小説です。読んでいただけると幸いです。今回はショートショートです。よろしくお願いいたします。 「はい、かしこまりました。それで、折り返しのお電話はどちらにおかけいたしましょう?」 私は電話口から聞こえる相手の電話番号を何かに書き留めたかった。がしかし、生憎紙もペンも手近にはなかった。 ならば携帯にメモしよう。そう思った私は、先方との電話が終わった後、すばやく携帯の電話帳ボタンを押そうと思った矢先だった。