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26. 欧州で最も古い木造橋ースイスのカペル橋


欧州の屋根付き木造橋

 欧州では、木造橋の建設は15世紀に入って活発化し、17~18世紀に最盛期を迎えた。特に、スイスのルツェルン出身のヨーゼフ・リッターとトイフェル出身のハンス・ウルリッヒ・グルーベンマンは18世紀後半にスイス・ドイツで木造橋を多数建設している。

 その多くはアーチとトラスを組み合わせた構造で、長いスパンを架橋することで人々に衝撃を与えた。現在でも、積雪量の多いスイス・ドイツ南部には、耐雪対策としての屋根付き橋が多く観られる。
 こんにちでも、グルーベンマンの設計した屋根付き橋が、スイスのウルネシュ川の「クーベル橋」、リュムランクの「グラット橋」に見られることから、優れた耐久性が分かる。

 かって、日本で多用された木造橋の大きな課題は、その耐久性の向上にあった。現存する国内の木造橋の維持・管理に関する土木学会木材工学特別委員会の調査結果(2011年11月)では、木造橋の優れた耐久性を実現した筆頭に、「屋根付き橋」「上路橋」があげられている。

ロイス川に架かる屋根付き橋「カペル橋」

 スイスのLuzern(ルツェルン)の旧市街と新市街を隔てるよう東西に流れるReuss(ロイス川)には、屋根付き橋が架けられている。Kapellbrücke(カぺル橋)とは、ロイス川北岸の旧市街に建つSt. Peterskapelle(聖ペーター礼拝堂)に由来している。

 カペル橋は、ルツェルン湖から流れ出るロイス川の北岸付近に始まり、川を斜めに横切り、橋の中央部付近でレンガ造りで八角形の高さ34.5mの「水の塔(Wasserturm)」で折れ曲がり、南岸付近で再度折れ曲がる。

 架橋当初は橋長:285mであったが、19世紀の幾度かの改修により橋長:約200mとなり、全幅:4m弱の木造人道橋である。
 3列の木杭で橋桁を支え、 両側の太い柱の上に三角屋根が載せられたトラス形式の桁橋で、この形式は14世紀から変わらない。

 諸説あるが、1333年の災害記録に橋の工事について記述があるため、架橋は1333年とされている。その後、旧市街と新市街を 結ぶ通路として整備されたのは1365年とされ、木造の屋根付き橋と しては欧州最古とされてきた。 

写真1 ルツェルンのロイス川に架かるカペル橋 出典:福岡大学木橋資料館

 中世において、ルツェルンは周囲を城壁で囲まれた城塞都市であった。川中に位置する「水の塔」はルツェルン湖から侵入する外敵の見張り塔であり、水の塔と岸とをつなぐ「カペル橋」は防衛線であった。
 「水の塔」は、その後、保管庫、財務省、刑務所などに使用されてきたが、現在はルツェルン砲兵協会の本部がある。

ロイス川に架かる屋根付き橋「シュプ ロイアー橋」

 「カペル橋」から400mほどのロイス川下流に、同様の屋根付き橋「シュプ ロイアー橋」が架かる。
 「カペル橋」がロイス川の東の防衛線なら、「シュプ ロイアー橋」は西の防衛線で、橋長:約81m、全幅:4m弱の木造(一部PC)人道橋である。

 カペル橋とは異なり、石造の橋脚2基が設置された径間の長い桁橋である。南岸から木造トラス3径間、中央には17世紀に設置された小さな礼拝堂があり、木造アーチ橋1径間と一部PC桁1径間で北岸につながる。礼拝堂より南側の橋は1408年に建設されたが、北側は19世紀初頭に再建された。

カペル橋の火災とその復元

 屋根付きカペル橋の天井の梁の上には、三角形状の板絵が飾ら れている。多くは17世紀前半に描かれたもので、守護聖人の伝説や町や国の歴史などで、現時点で110枚を数える。

 しかし、残念なことに橋下に係留されていたボートから出火し、1993年8月の深夜、カペル橋中央部の約8割が焼け落ちた
 焼け落ちた橋は、旧橋の石の基礎上に残った木材をできる限り再利用して改修され、1994年4月に開通した。
 板絵の大半は焼失したが、19世紀の改修で取り外されたものが飾られるなどにより復元が進められた。

 木造構造物は火災で燃えるリスクを抱えている。貴重なカペル橋が焼失したことは、誠に残念である。「残ること残すことの重要性」が、改めて再認識される出来事であった。

写真2 焼失前のカペル橋の板絵、湖側の下壁が少し高い(1993年3月に撮影)

麓川ふもとがわに架かる田丸たまる

 国内では、愛媛県喜多郡内子町の麓川の中流域に架かる田丸橋が、屋根付き橋として著名で、ルツェルンのカペル橋と雰囲気が良く似ている。
 農村地帯の屋根付き橋は、炭や農作物の保管、地域交流の場としても使われていたようで、屋根裏にはその様子を描いた絵が掲げられている。 

 洪水で橋脚に流木が絡まり流された経験から、1943年(昭和18年)に架け替えられた。橋長:14.08m、全幅:2.09mの方杖ほうづえ形式の杉皮葺きすぎかわぶき切妻きりつま屋根付き橋である。 

 主桁は3本の心材を継いで長尺化し、両岸から張り出した斜め材がこの継梁を支えて補強し、方杖と方杖の間の主桁は二重構造になっている。
 通常、木造橋は8~10年ほどで朽ちる場合が多いが、田丸橋には流水につかる橋脚がなく屋根を付けて雨水を遮ることで耐久性に優れている。 

写真3 愛媛県の麓川に架かる屋根付きの田丸橋

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