32.ゴシック様式大聖堂とも調和するーケルンのホーエンツォレルン橋
ライン川に架かるホーエンツォレルン橋
ドイツのケルン中央駅南端を南北に流れるライン川に架かるHohenzollern Bridge(ホーエンツォレルン橋)は、技術者のFritz Beermann(フリッツ・ベーアマン) とFreidrich Dirkson(フリードリッヒ・ディルクソン)の設計で、1911年5月、皇帝ヴィルヘルム2世により開通した鉄道/道路橋である。
当時ドイツを統治していたホーエンツォレルン家が、名称の由来である。
アーチの端部を弓のように弦で結んだタイドアーチ(Tied Arch)形式で、橋長:409.19m、幅:26.2m、アーチ径間:西側118.88m、中央167.75m、東側122.56mで構成される鋼鉄製の下路式3径間アーチ橋である。
2基のコンクリート橋脚を使った3径間アーチ橋は、2本の鉄道橋と1本の道路橋の計3本が並列に設置された重厚な橋であった。
1945年3月、第二次世界大戦でナチスが撤退する際に橋は破壊された。戦後、従来設計を変えずに修復が進められ、1959年に復旧工事は完了した。
1978年に増設された北側の鉄道橋の建設でも、既存の橋と全く同じデザインで設計された。ただし、鉄骨の連結部はリベットの代わりに溶接が採用されており、1989年に工事は完了した。
現在の「ホーエンツォレルン橋」は、複線化した3本の鉄道橋と南側には自転車用/人道橋が並んで設置されている。
このホーエンツォレルン橋は、ライン川西側に位置するゴシック様式のケルン大聖堂と東側のモダンなホテル・オフィスビルの間に架けられている。しかし、景観には全く違和感を感じさせない。
橋梁の長大化を推し進めた鉄系の新材料
18世紀末から19世紀にかけた産業革命期に、「鋳鉄」→「錬鉄」→「鋼鉄(鋼)」と鉄系の新構造材料が次々と開発されることにより、橋梁の長大化は飛躍的に進められた。
従来の構造材料である石材や木材に比べ、引張強度と延性に優れ、溶接が可能な鋼材が開発されることで、橋の設計の自由度が大幅に増し、独創的思考による多様化と美麗化が進められる。
実際に、「鋼鉄製桁橋」、「鋼鉄製アーチ橋」はもちろんのこと、橋桁を鋼鉄製の骨組みで組んだ「鋼鉄製トラス橋」や、上部構造が下部構造に固定されている「鋼鉄製ラーメン橋」など、欧州を起源に世界へと広がる。
しかし、鉄系の新材料が定着するまでの間には、多くの失敗が積み重ねられた。代表的なのが「テイ橋」の落橋という悲しい出来事である。
英国スコットランドの「テイ橋」落橋事故
1878年、英国スコットランドのダンディ市テイ湾に架かる鉄道橋のTay Bridge(テイ橋)が、Thomas Bouch(トーマス・バウチ)の設計で建設された。橋は鋳鉄製の鉄骨橋脚の上に錬鉄製の下路式トラス橋を組み合わせた構造であった。
橋長:3264m、全幅:6m、橋脚高さ:25m、径間:75.3mの85径間の長大な桁橋である。しかし、建設完了からわずか19か月後の1879年に落橋事故が発生した。
嵐による風速30m/sの強風下で列車が運行中に、橋中央部のほぼ1000m(85径間のうち13径間)が機関車と客車5両、貨車1両が共に落下し、乗客75人が犠牲となった。
事故の原因は風圧や風荷重を十分に考慮しなかった設計ミスと、橋のメンテナンス不足とされたが、もろい鋳鉄と低強度の錬鉄という構造材料の機械的性質も問題視された。
錬鉄から鋼鉄へのイノベーション
この事故が発端となり、炭素量を2.1%以下とし、その他にケイ素、マンガン、リン、硫黄を主要成分とする「鋼鉄(鋼)」が開発され、橋梁への適用が急速に進められた。
高炉で鉄鉱石から酸素を除去した銑鉄から、反射炉の一種である平炉や、新たに開発された転炉により「鋼鉄(鋼)」の製造が進められた。
1856年、英国の発明家Henry Bessemer(ヘンリー・ベッセマー)により、新たな転炉製鋼法が開発された。溶けた銑鉄を炉に入れて高温空気を送り込み、余分の炭素や不純物を燃焼して除去・調整する大量生産技術である。
その後、様々な改良が加えられ、1946年にはオーストリアで純酸素吹きのLD転炉法が開発されて、現在に至る。
英国スコットランドのフォース湾に架かる「フォース橋」
「テイ橋の落橋事故」を教訓に建設されたのが、英国スコットランドのフォース湾に1890年3月に開通した巨大な「フォース鉄道橋」である。
土木技術者のJohn Fowler(ジョン・ファウラー)とBenjamin Baker(ベンジャミン・ベイカー)の設計で建設され、使用された鋼鉄は5.1万トン以上で、800万個のリベットが結合に用いられた。
中央部には、橋長:2528.7m、全幅:約11m(橋台部:約32m)、高さ:104m、桁下高さ:46mの怪異な2径間片持ち梁トラス橋で、その両側に石積の橋脚を並べたトラス桁橋から構成されている。
100年以上経過した現在でも、鉄道橋として使用されている。フォース鉄道橋は、2015年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
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