見出し画像

ちいさな子供が見る世界

今日、いつかやってみたかったことを試してみました。
子供にインスタントカメラを持たせること。

昔からインスタントカメラが好きです。じりじり巻いたときの壊れそうな音も、安っぽいシャッター切る音も心地良いし、ザラザラしたできあがりで、ちょっとでも曇ると白っぽくなるくせに、ハッキリした青い空の色が出たりして、全然予想がつかない感じとか。
子供もすぐ押したがるし、いつかやってみたいなぁと思ってたことをやっと実行できる年になりました。

お花がたくさんあるところで写真を撮ろうよと、首からカメラを下げさせて、好きな時に押してね、と言って渡したのですが、
目的地に到着して5分もした頃には27枚撮りのカメラはあと3枚になっていました。
気づいた時には、下にカメラを向けたり、何度も階段を撮っていて、慌てて「これは元に戻らないんだよ」ということを伝えると、なくなることにびびったのかあまり押さなくなってしまって、少し反省。。

画像1

初めての写真はデータとL版に印刷してもらうことにしました。
私一人で受け取りに行き、帰る前に目を通すと、そこには私やパパの姿がしっかり、たくさん写っていました。
たしかに、家を出た瞬間から何枚もカメラ向けられていたっけ。。
小さな彼の視点から見る世界はどれも大きく、高く見えて、小さな私でさえ、大きな大人に見えました。

そして、たくさん撮っていた階段には、無意識なのか、私たちの腕や足が写り込んでいます。

画像2

だいぶ愛されている。。。これはだいぶ重たい愛だ。
彼の視線にはいつも私たちがいる。
まだまだ狭い世界に彼はいると、改めて思い知らされました。

画像3

一見なんだかわからない写真も、これは何を撮ったの?と聞くと、きちんと「かいだん」とか、「いし」とか覚えていて、猛スピードでなくなったフィルムの1枚1枚に彼なりの想いがあって、むしろ綺麗な花や風鈴の方が、大人が撮ってるから撮ってみようと思ったんじゃないかってぐらいの枚数の少なさでした。

画像4

家に帰ると早々にYouTubeでカービィを見て、かなりのインドア人間になってしまったけど、カメラを持って歩いたことは楽しかったとちゃんと教えてくれて一安心。
今しか見られない視線の写真をもっともっと撮って欲しいなぁ。

画像5

デジタルもいいけど、雑にたくさん撮ることはまだ覚えなくて良いから、好きだと思ったものにシャッター切って欲しい。次は絶対に邪魔しない。

この遊び、だいぶハマってしまいそうです。

サポートしていただけたらnoteの更新頻度が上がるかもしれません!多分!