正月に食べた魚
これは嘘の話です。
妻の実家に行ったときに初めて知った話である。
1月2日N県にて妻の実家にて挨拶に行った。
その日は前日が大雨で憂鬱だったのだが、妻は良い正月になると喜んでいた。
私にはなぜそうなのか疑問だったのだが今こうして目の前にある、平べったい焼き魚を見てその謎が一層深まった。
妻は普通の女の人だ。そして妻の家も代々なにか家業をやっていたというわけではなく、平凡な家だった。
ただし、妻の家、その敷地自体が少し特別だったのである。
「今年は良い平魚(へいぎょ)が手に入った。」
義父は毛量の少ない白髪頭を撫でながらそう言った。皿の縁に唐草模様が描かれた皿の上には灰色のべったりとした平らの魚が一匹焼かれていた。
「君、そうだね、君は平魚を見るのは初めてか。」
義父は私の皿に平魚をほぐし、身を皿にのせた。外側同様灰色の中身の魚が私の皿の上に置かれた。
「さぁお食べ、昨日は良い雨が降ったから、山の味が染みているはずだ。」
義父はそう言いながらも自分の皿にとった平魚を食べた。
「あぁ美味しい。」
ほっとしたため息をつくように義父はそう言った。
「ええ美味しい。」
妻も義父に続いて平魚を食べた。気づくと私以外の親族が皆平魚を食べている。
「正月はこうでなくっちゃ。特にあなたが来たからかしら、平魚の味が染みて良いわ。」
義母はそう言いながら小さな口でついばむようにして灰色のその身を美味しそうに食べていた。
おそるおそる私もその灰色の身を口に運んだ。鼻を通り抜けたのは山の香り、そして雨の音が耳から聞こえてくるようだった。
「平魚というのは私の井戸で飼っている魚なんだよ。井戸といっても普通の井戸じゃない。井戸の下は平らに薄い穴が広がっていてその中で暮らしているのがこの平魚だ。私の家は普通だけどね、この井戸だけは自慢なんだ。」
義父はそう説明した。確かに妻の実家には石で組まれていた昔ながらの井戸があった。井戸の隣には古びた木桶がおかれていたのを思い出した。
「毎年正月になるとあの井戸から、木桶を垂らして一匹だけ平魚を掬うんだ。平魚はその年の雨の恵みだったりとか木葉だったりとかを栄養にするんだが、昨日は良い雨が降った。山神様の味がしみ込んでいる。」
義父の話を聞くと、義母は少し意地悪い笑みを浮かべてこう続いていった。
「井戸の中にはね、そんなにいいものばっかり入っているわけじゃないのよ。昔は夕飯で嫌だったものとかこっそり捨てたものよ。」
義母の話を聞いて、妻は続いて言う。
「小さいときにお母さんにおもちゃ井戸に捨てられたの忘れてないんだから、あの井戸に落ちたらもう取ってこれないんだから。」
そうして妻の家族と私は談笑をした。
私の食べた平魚の身に艶のある黒い髪の毛が入っていたことは黙っておいた。
参照画像
<a href="https://www.photo-ac.com/profile/904987">Sophie</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真
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