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一億円が当たった男

 これは嘘の話です。

 中田義之は36歳にして一億円を当てることができた。特にやることがなくてぼんやりと動画サイトを見ているだけの義之だったが、その当選メールを見た瞬間飛び上がって起きた。
「ご当選おめでとうございます。つきましては、×月×日(土)に○○駅まで来てください。」
 スマホに書かれたその文字列を義之は何度見見返した。
「やった!やったぞ!あたった!」
 義之は自分以外誰もいない一人の部屋で叫んだ。声を上げて喜んだのはいつぶりだろう。こんなに楽しいという感情を抱いたのはいつぶりだろう。念願の当選である。
 この抽選は月に一回行われる。倍率は百倍とか、多いときは千倍とも言われている。三年ほど前から義之は抽選が始まる度に応募していた。そうしてようやく今回手にすることができたのだ。
 ×月×日まではあと一週間後だった。それからの一週間は義之にとっては毎日が輝いて見えた。月曜日火曜日、もはや曜日すら数えることが億劫だった毎日だったが、一日、一日を噛みしめて生きた。しばらくやめていた自炊も水曜日の日に食材を買い込んで作った。
 レシピを見ずに適当に野菜を放りこんで作ったカレーである。味は可もなく不可もなかったが、自分自身が料理をしたことに達成感を得た。
 当選が決まった時、数少ない友人に抽選があったことを報告した。
「考え直した方がいい、そんなのダメに決まっている。」
 そういう友人が一人いたが、それ以外の友人は皆口をそろえてこういった。
「おめでとう。お疲れ様。」
 否定した友人の気持ちが分からないでもないが、これは義之自身が決めた答えである。義之は一億円を受け取る。七千万円くらいは世話になった友人達にあげようと運営会社に書き込んだ。残りの三千万円は適当に募金先を選んでそこに寄付することにした。
 金曜日、叩きつけるように辞表を出した。心地よかった。
 上司や会社のやつらは最後までつまらないことばかり言っていた。
「働いた方がいい。」「考え直せ。」「そんなことしてどうなるかわかっているのか。」
 義之は普段は黙っておとなしく会社の意向に従っていたがその時はそれらの言葉を嘲笑した。義之にとってそれらの言葉は面白くて仕方なかった。
 ×月×日(土)
 〇〇駅に時間通り行くと、数十人の人だかりができていた。義之はそれらの人々を見ながら堂々と歩いた。
「私にお金を分けていください。」「私と交代しましょう。」「考え直すべきです。私たちが信仰する神の元にいけば……」
 聞こえてくる言葉、そして目に映る人々は少し前まで義之はそちら側の人間ではあったのだが今は違う。
 こいつらとは違うんだ。
 義之は心の中で呟いた。
 駅のホームにつくと、駅員さんが私に確認をした。
「本当に良いのですね?」
 義之はここ数年分貯めこんでいた分の笑顔を吐き出すように口元をにっこりとさせた。
「ええ、もちろん」

 まもなくホームに電車が参ります。

 駅には聞きなれたアナウンスが流れた。義之は駅のホームに立ち、一歩前に進んだ。

 危ないですので、黄色い線の内側にお入りください。

 義之は黄色い線の内側に入り、また一歩進んだ。
 電車は勢いよく義之を引いた。
 周りからは歓声と悲鳴の混ざり合った声が聞こえた。そうして義之は一億円を手にして死んだ。

 電車の飛び降り事故があまりに大きく国は合法的に飛び降りができるように対策を取った。飛び降り事故をした場合の損害賠償金は数億円かかる、これは飛び降りた側の親族にとっては重い負担であるし、鉄道運営会社側でもダイヤの乱れが起きるため大きな問題になっていた。
 そこで国は方針を出した。
 月に一回、飛び降りた方に一億円を差し上げます。
 今では飛び降り事故もめっきり減り、この当選を心待ちにしている人が大勢いる。

<a href="https://www.photo-ac.com/profile/43626">acworks</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

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