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元投資銀行系CFOが資金調達時に意識した3つの信念

2021年12月22日、株式会社Finatextホールディングスは、東京証券取引所マザーズに上場しました。

これまで前職の投資銀行のことやCFOらしい発信をほとんどしてこなかったのですが(割と想いがあってそうしていたのでそれは別の機会に)、せっかくIPOという形で再び資本市場に戻ってきたので、この機会に1つくらい書いてみようかなと思います。

このnoteでは、Finatextホールディングスが上場までに行った未公開時の資金調達について振り返りつつ、自分なりに意識したことをまとめてみました。投資銀行側とスタートアップ側の両方を経験し、この2つの相容れないファイナンスの考え方に触れることができたのは、すごく新鮮で面白かったです。それゆえに自分の調達に関する考え方はちょっと特殊な部分があるかもしれませんが、これから資金調達を考えているスタートアップの方々や、「スタートアップの資金調達って謎だな」と思っている金融業界の方々にとって、少しでも参考になったら嬉しいです。

過去3回の資金調達の概要

これまでFinatextホールディングスは、IPOまでにシードを含めて3回の資金調達を行いました。シードの後に株式交換による買収を行ったことでA種株式が発行されていますが、新規調達をしているわけではないので、一般論的なものに当てはめてみると、2014年5月シード ⇒ 2017年5月シリーズA ⇒ 2018年8月シリーズBというイメージになります。

画像1※これに加えて子会社で3回外部からの資金調達を行っており、グループとしては計6回、合計90億円以上の調達を行っています。

客観的に見た時に、Finatextホールディングスの資金調達には、3つの特徴があると思います。

①シードからシリーズAまでに3年空いている
②シリーズAでバリュエーション100億で10億以上を1社からのみ調達
③レイターステージで調達をしていない

なぜこのような特徴になったのか。その背景にある、私が「資金調達において意識した3つのこと」を紹介したいと思います(※IPO時/以降は、また別の考え方になるので、あくまでも未公開時の考え方とご理解ください。)。

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1. バリュエーションは「意思」

スタートアップのバリュエーションは、とにかくロジックが不透明な部分が大きく、それゆえ揶揄されることも多い。ただ実際に評価しようとすると、精緻さはある程度諦めなければなりません。

というのも、向こう5~10年間のキャッシュフロー計画は作れますが、DCFをやったところで、多くの期間は赤字です。特に、割引率が低くなりがちな日本においては、ターミナルバリューが算出される価値の大半を占めるため、マルチプル法でも、永久成長率法でも、5~10年先のEBITDAに、何らかのマルチプルを適用しているのと事実上変わらないことになります。しかも、そのEV/EBITDAマルチプルは、何が妥当なのか全く分からないので、「これをもって適正な価値を見出すことができた」と胸を張って言うのは非常に難しい。

では、どの様に決めるかというと、、、非公開時の調達におけるバリュエーションはどうしても「言い値」となる部分が大きいのが現実です。このことは、前職の価値観としては非常に受け入れにくいものがありましたが、スタートアップ側となった今はこの新しい価値観の中で戦わなければなりません。

ただし、「言い値」とは、「経営陣の意思の宣言」であると思っています。何年後に上場または売却できると思っているのか。上場または売却したときのバリュエーションはどの水準をイメージしているのか。その結果今投資したら何%のリターンを出せるのか。それは投資家の期待リターンに見合うのか。そういった期待に対する未来への宣言だと思っています。その宣言を果たせると思える範囲で価格を交渉していくしかないのが、自分の経験に基づく正直な感想です。

このような背景から、上場後に比較対象となるような企業の時価総額が全体的に高い業界(例:Fintechやモビリティ)のバリュエーションは、シリーズを問わず自然と高くなりやすい傾向にあります。また、上場しなくともある程度の規模になればM&Aで売却が見込まれやすいような業界も小さい規模でも相対的に価値がつきやすくなります。

当社は、バリュエーションのロジックが不透明な分、事業計画についてはとにかく細かいものを作って出すことを心掛けました。私たちの場合、グループで8社も会社があるのですが、会社ごとに長期の月次計画を作成し、その背景となる詳細なKPIを計算式を残したまま全てを出していました(作り方が悪いのも多分にあるのですが、事業計画のエクセルだけで合計60MBほどあります。)。稀に、計算式を消してバリューペーストしたものや一部計算過程を省いて投資家に送ったりする方がいますが、個人的には全くオススメしません。出せるものは最初から全部出すが最善です。そういう意味では、前職の経験は、バリュエーションの議論というよりは、この「外部の人が見てわかる詳細な事業計画」の作りこみにすごく活きたと思います。

投資家をどのように選ぶべきか?
このようなバリュエーションの考え方を踏まえると、投資家を選ぶ基準は、「一番高い評価をしてくれるか、その後の追加投資も出していただけそうか」に尽きると考えています。

シリーズAにおいては、ジャフコの調達当時のご担当だった小沼さん・小野さんはまさにそのような方で、私たちの可能性を見出してくれて、社内を説得してくださいました。特に小野さんは、創業間もない時期から私たちのことを知ってくれていて、約束通り翌年のフォローオンまでお付き合いくださいました。

こんなふうに言うと「お財布としてしか見ないのか?」と思うかもしれませんが、僕個人としては、ベンチャーキャピタルの方々の本質は、「全くビジビリティのない事業計画から、チームを信じて、可能性を見出し、社内ひいてはファンドの投資家を説得する」ことだと思っています。1番高い評価をしてくれる人が、1番可能性を見出してくれているか、期待リターンが低くてよい対象だとみなしてくれているということなので、そこをしっかり信じるしかないですし、他はおまけ程度だと考えるようにしていました。

最近はVCが増加し、差別化のためにハンズオンを強調する投資家や、色々なサポートファンクションを持つ方々が増えてきていると思います。シード期においては、こうしたサポートファンクションは非常に有効なので、これらを重視するのは一理あります。実際に、株式交換を通じて株主になったUTECの坂本さんには、事業戦略や営業資料作成のサポートをしていただきました(夜11時にオフィスに来て徹夜で議論に付き合っていただいたこともあり、ただただ感謝です)。

でも一定の規模を超えると、早々にこうした支援の利用機会は限定的になり、期待するサポートは「人の紹介」くらいになります(これはこれでものすごく付加価値だとは思っています)。よって、あくまでも知見やサポートファンクション等はおまけと思い、自社を一番高く評価してくれる人を選ぶべきだと考えています。

2. 一番取りやすい時に、取れるだけ

資金調達のタイミングについては色々な考え方があり、「PFMしたらシリーズ○」、「MRRがいくら超えたらシリーズ○」、「必要以上に高いバリュエーションで、たくさんの資金を取らない方がいい」等といった話をよく聞かかと思います。

しかし、僕の考えはシンプルで、「一番取りやすい時に、取れるだけ」です。

先にも書いた通り、バリュエーションのロジックが不透明なため、結果的に価格決定においては「需給」が大きな影響を与えます。よって、一番必要なタイミングに調達するのではなく、一番求められているタイミングで、許容できる希薄化分できるだけ調達するべきだと考えています。

もちろん、理論上は「無理して高くしすぎると後で調達しにくくなるから、必要な時に適切な評価額で必要な額だけ取るのがよい」という意見が正しいと思います。しかし、需給が大きく影響を受ける以上、「資金があれば成長が加速できる。逆に資金がないと成長が止まる」という状況になってはダメで、「今はなくてもいいけど、中期的には必要なので、投資したければどうぞ」というスタンスが取れるときに調達するべきであす。

また、次いつ調達できるかはわからないし、調達には経営陣のリソースがかかり、少なからずビジネスの進捗を遅らせることになります。なので、許容できる希薄化の範囲の中で取れるだけ取っておくことが望ましいとも考えています。

明確なロジックはないですが、従業員・関係者でマジョリティを維持しつつ、3-5回の資金調達を行うことを念頭に置くと、1回の調達での許容希薄化率は10-15%程度と考えるのがよいという肌感です。

特にIPO時や上場後は、短期的な視点での資金使途に関する説明責任が強くなっていくため、このようなことは難しくなります。非上場時は限られた投資家との信頼関係の中で、中長期的な目線で資金調達を行うことが可能なため、多めに取っておくのが事業成長にとってよいと思います。

3. 時間を掛けすぎない

僕の中では、CFOだろうが誰だろうが、スタートアップでは何よりも「事業に関わることに時間を割くべき」という想いが強くあります。いろんなイベントに出たり、ネットワーキングしたり、VCの方々と幅広くコミュニケーションしたり、アドバイスをもらうことも大事ですが、できる限りビジネスやプロダクトに向き合うべきだと考えています。

僕自身は、調達検討期間以外は調達に関する議論は一切せず、期限を設定して短期集中で執行するようにしていました。調達するとバリュエーションが上がるので何か大きなことをした気がしてしまいますが、評価額は「これまでの結果の評価」でしかなく、何も生み出さない作業なので、リソースの少ないスタートアップにおいて、コンパクトにまとめてできる限り効率的にやることが大切です。

特に、時間かけないために気をつけた点は、以下の3つです。

A) 条件を先に明示して、条件交渉にかける時間を減らす
デューデリジェンスをやるだけやったのに全く条件が合わないというのが両社にとって最も不幸なので、できる限り先にこちらの希望する条件を伝えるようにしました。そのうえで、その条件でも検討いただける方々のみDDをしていただきました。

いずれの調達も初めから希望のバリュエーションと調達予定額を伝え、それを1社で出してくれるところという前提で回りました。このためDDをしていただいた社数は少なく、バリュエーションの議論もほとんどなく、非常にコンパクトに終わることができました。

B) 契約交渉を弁護士に頼りすぎない
弁護士への相談は肝心なポイントだけに絞ることと、一投目として過度に自社に有利な条件提示をしないことをとにかく意識しました。

弁護士の方にお任せすると、最後に譲歩の余地を残すためにかなりこちら有利な条件のドラフトを作ってくれますが、やりすぎるとただ時間を食うだけなので、そういう駆け引きはせず正々堂々やった方が成功確率は上がります。

大企業同士のやり取りの場合は、交渉ポイントが多いことと各社の事情によりその優劣が異なるため、「ハイボールを投げることによる探り合い」が効果的です。しかし、規模も小さいスタートアップの場合は、交渉ポイントは少ないですし、特殊事情もあまりないので、論点もわかりやすいです。そのため、一般的な御作法に惑わされて回りくどい探り合い等はしない方が最終的によい結果を生みます。

ただし、初めての調達の際は、逆にスタートアップ業界の慣行が分かっていなくて、結構議論になった思い出もあります。すべてを自分でやらずに、中小企業の調達に関して経験のある弁護士先生に一定程度は頼ることをお勧めします。

ちなみに、当時自分が一番気になったのは「M&A時の参加型のみなし清算条項」で、今もなぜこれがスタンダード(?)になっているのか結構疑問です。設計上、普通株主(通常は経営陣)はIPOを好み、種類株主(通常はVC)はM&Aを好むことになるので、目指す方向性がアラインされないことに少し違和感があったりします。

C) 株主を少なくする
出資してもらう人が多くなればそれだけ作業が増えます。また、事業運営においても、理解度や関心ポイントの異なる関係者が増えることになります。そのため、できる限り希望額を1社で出してくれるところに絞って交渉するようにしました。

実際、14億円調達したシリーズAは1社のみ、60億円調達したシリーズBは3社から調達しました。そのシリーズBにおいても、当初希望額は1社で賄うこともできたのですが、次ラウンドを見越して3社としました。

結果的に形作られたFinatextの資金調達の特徴とその理由

①シードから実質のシリーズAまでに3年空いている
⇒「1番取りやすい時に、取れるだけ取る」ことを意識したため、開業当初からある程度利益が出ていたFinatextは、焦らずに2014年のシード調達から3年待ち、十分に成長率と収益性が高まったタイミングで一度目の本格的な調達に踏み切りました。かなり期間の空いた調達となりましたが、そのおかげで一度目から大型の調達をすることができました。

②実質のシリーズAでバリュエーション100億で10億以上を1社からのみ調達
⇒「時間をかけすぎない」ことを意識したため、1社で10億以上出していただける方とのみ交渉を行いました。2017年当時は「日本にはミドル・レイターステージの投資家が少ない」と言われていた時期で、確かに候補となるVCさんは少なかったです(そんなこと今では信じられないですよね。。日本のエコシステムが急激に進化していることを改めて実感します)。また、「バリュエーションは『意思』」という考えから、大きな勝負をしていくことを前提に、バリュエーションは初めから100億とすることに拘って調達を行いました。

③レイターステージで、調達をしていない
 ⇒「1番取りやすい時に、取れるだけ取る」ことと「時間をかけすぎない」ことを意識した結果、ある程度資金に余裕ができたため、レイターステージ(Pre-IPOラウンド)の調達とIPOを並走して検討することができました。結果的には、それらを両方同時にかなえられる「IPO+コーナーストーン投資」を選択するに至りました。

なお、「コーナーストーン投資」については、次のnoteでお話ししたいと思います!

以上、3つが資金調達時に意識したコトでした。Finatextホールディングスは上場しましたが、日本の金融インフラをアップデートするべく、まだまだ大きなチャレンジをしていきます。それに見合ったインセンティブプランもあります。少しでも興味を持っていただける方がいたらぜひTwitterかMeetyでご連絡ください!

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