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Playing Catch

鬱々としていた時期がありました。毎日死ぬか生きるかを悩み、来る日も同じことを繰り返し考え、答えが一向に出ずに浮上することができなかった二十歳そこそこのわたしがそこにいました。

わたしは価値のない人間だと思っていました。今すぐに消えたいと思っていました。でもその消える方法がいくら考えてもうまく想像することができませんでした。手っ取り早い方法を想像すると震えました。わたしの頭の中は矛盾が錯綜していました。

ある年の春か夏頃のこと、携帯電話が振動して、「今日はどこかに行こうよ」とメールが届きました。
もともと同じバイト先の先輩で、よくそのバイト仲間と遊びに行ったり、夜中までチャットしたり時にはみんなで泊まったりする仲でした。
彼とは特に彼氏彼女の間柄ではありませんでしたが、同性の友達と同じ距離感で話せる貴重な友人の一人でした。

鬱々とした気分でいいよと返信して、彼と待ち合わせの場所で会い、渡されたヘルメットを被ってバイクの後ろに乗りました。

どこに行こうか?
どこでもいいよ。

頭がゆっくりにしか回らないわたしは全てを彼に丸投げしました。
バイクが走り出して、ぐんぐん景色が流れていきます。時速はどれくらいでしょうか。

その時、風に煽られながらこの両手をパッと離してしまったら、わたしはわたしを終えることができるだろうか。そんなことを考えていました。


離してしまおうか、たった今、この手を離してしまおうか、全部終わりにしてしまおうか。頭の中を同じフレーズがぐるぐる回り、そしてまたギュッと彼の服を握ることしかできませんでした。

しばらく走って、海に着きました。

何しようか。浜辺を歩きながらまた彼は訊ねます。スニーカーの中に砂が入ってジャリジャリします。

「しりとり」

当時のわたしには人とテンポの良い会話をすることができなくなっていました。何かを言われてもそうだね、と、よくわからない、のどちらかしか答えることができませんでした。

ふたりきりのしりとりが始まりました。

りんご、ごりら、らっぱ、ぱいなっぷる、

るびー、びんづめ、めかじき、きなこ

正確なやりとりは覚えていませんが、波がザバンザバンと音を立てる砂浜でわたしたちは30分以上しりとりをし続けました。

これ以上続けているのも不毛に感じて、もうやめない? と提案しても彼は首を振りました。

「やめない」

それからなおもキャッチボールのようなしりとりを続けました。

以前と比べて様子がおかしくなったわたしのことをそのとき彼はどう見ていたのでしょう。

あんなによく喋るヒトがまったく喋らなくなって、表情も暗くなって、情緒が不安定になっている。でもどう接していいかもわからない、そんな気持ちでいたかもしれません。

わたしは今まで生きてきた中であんなに長い時間しりとりをし続けた記憶はありません。

「じゃあ、また」

彼はわたしを送り届けると片手を上げて、バイクで去っていきました。

母親からは、そのひとから変なことされてない?と心配をされましたが、まったくわたしたちの仲は健全そのものでした。
それを伝えると母が安堵の顔を見せたのを良く覚えています。母なりに鬱の娘が母の知らない男性と出かけるのが心配だったのかもしれません。

ほんとうに、彼とは仲の良いともだちだったのです。

だけどたくさん迷惑を彼にかけてしまったので、もう会う可能性は0に近いです。

万が一偶然再開することができたのであれば、もう一度彼としりとりをしたい。

今度はうんと困らせる語彙を多用して、彼のことを笑わせたいな。なんて時々思い出します。

#エッセイ

これをね、漫画にしたかったんだけど全然描けないの……。漫画の道はきびしい!








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