夜からいちばん遠い夜

口をあけたままで眠っている祖母のひろがりやまぬ潮の景色は
昼すぎの雨はやまへと引きさがる父母のはいる青いやまへと
さみしいが溶けだす胸のお茶碗へ鱗をいちまい浮かべたりする
手が海に溺れて打ち上げられたあと経年はうすい皮膜のようで
ひとよりも書架へと置かれたままである性欲の失せたことばの群れが
森が整えられた肌のあわいへと溶けだしてなお水系がある
昨夜みた夢を引き止めないでおく届出書には鳩が停まって
明るさのうすい窓へと触れたがるまるい海へと浮かんでいたはず
まぶたふたつ汀のように濡れている夜からいちばん遠い 夜から
頬を撫で離陸してゆく瞬間に捨ててしまった思い出のもの

#短歌

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?