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白沓譚を語るまで

 前夜まで、雑處霖(ぞうしょりん)と名付けられた詩吟の雨が視界を奪っていた。三人の奏者による長い数分間の旅が、駆け上がった丘の上で終わろうとしている。
 粒が細かく揃った、それでいて力強いドラムロールを転がしきり、無音に残響を喰わせる。氷礫を歌った断章が潰えた。今回のテイクがアルバムのシークレットトラックになる。スタジオの白壁を一面の雪景色と錯覚するほど臨場感のある出来だった。

 帰りには、三人で冬季限定のチョコレートパイにかじりついた。ドラムを担当する甘崎が、昔は雪も雨もあまいと信じていたと言う。
〈雪解け水が果実のように甘美でも、私たちは何ら驚かない。〉
 物語の雑處霖から弓弾きのナナソンの独白が滴る。朝には、既に筆を走らせる立山の銀色の万年筆にその言葉が反射していた。次なる章では、ヒサメ(日覚め)の民が天へと舞いもどる。


「毎月300字小説企画」(Twitter @mon300nov)さんに参加するつもりで書き、300字におさまらなかったもの。投稿時に専用ハッシュタグ等は用いていません。