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わたしの本棚50夜~「ネット興亡記」

☆「ネット興亡記」敗れざる者たち 杉本貴司著 日本経済新聞出版 2000円+税

 わたしのように市井の普通の主婦が読んでも面白かったです。あとがきに著者が記されているように、インターネットの興亡記を検証することは大切で、そこに熱烈な人間ドラマがあったことを知ることにもなります。挫折や裏切りを知って胸を痛めたり、成功や希望を願ったり、わくわくする瞬間をたどって共有することもできました。

 今、インターネットの発達で、世界から情報を得たり、SNSで人と繋がったり、コロナ禍の自粛生活のなか会議や談話ができます。けれど、こんな環境が整ったのは、ほんの十数年前のことで、IT革命が始まったのは1990年後半です。そこで旗揚げしたのは、まだ名もない若者たちで、彼らの足跡を、温かい視線を交えて、丁寧にたどった本です。

 12章からなる構成です。各章の前に、出てくる人物の相関図があって、わかりやすかったです。堀江貴文氏のように新聞で知っている名前の方もいますが、業界を去った人のことなども載せてくれており、本文を読んでいるときに参考になります。

 第1章、サイバーエージエントの藤田晋社長は、週刊誌記事でしか知らず、恥ずかしながら麻雀が強い経営者としか、何をなした方か知らなかったのですが、そのひたむきな向上心、経営内容を初めて知りました。後に堀江貴文氏が出所したとき、お寿司をご馳走したりと情に篤いところもあり、宇野氏を裏切ったことなど非情もあり。1998年、24歳でゼロから会社をスタートさせて、村上ファンドたちによる株買い占めによる会社乗っ取りの危機を経て、返り咲くバイタリテイは凄いです。

 第2章、鈴木幸一氏は、日本で初めてインターネットの商用接続事業をは始めた人。コンピューターとはすなわちメデイアである、という彼の言葉どおり、に今の世の中はなったわけで、郵政省との交渉、確執の下りは応援せずにはいられませんでした。

 第3章、iモード戦記です。ここで初めて、松永真理さんという女性が登場しますが、主として夏野剛氏の功績を書かれています。この本では、松永氏(NTTドコモ)、三木谷晴子氏(楽天)、稲垣あゆみ氏(LINE)、仲暁子氏(フェイスブックジャパン)、丹澤みゆき氏(ライブドア)、南場智子氏(DNA)と6人しか女性が出てこなく、まだまだ女性の進出が難しい分野であることもわかり、少し残念でした。

 第4章、ヤフーには起業家が集まりました。2000年2月2日、六本木のクラブ「ヴエルファーレ」には2000人もの若者が集まりました。渋谷界隈に集まる若手実業家たちによる「ビットバレー」と呼ばれたムーブメントの盛り上がりが頂点を迎えた日です。あとの章でも述べられるのですが、ヤフー・ジャパンの誕生は巨人の誕生でもありました。電脳隊という半沢直樹に出てくるような頭脳集団が本当にあって、孫正義氏率いるソフトバンクグループとの駆け引きなど、熱い日々に、読んでいるわたしもはらはらしました。

 第5章、楽天誕生物語。興銀のエリートだった三木谷氏が脱サラして、本城氏(当時慶応大学院生で就活中)と仲間と6人で楽天を立ち上げ、軌道に乗せる物語です。三木谷氏が阪神大震災で叔母夫婦を亡くしたことから、今を精一杯生きようと興銀を辞めることを決意したくだりは、後の章で、村上ファンドの村上代表が東日本大震災で日本への帰国を決意するくだりとともに、心に残りました。

 第6章、アマゾンの日本上陸。後に、孫正義氏が、「人生最大の後悔」と語ることは、アマゾンへの出資と日本での合併が破談になったことでした。アマゾン日本上陸を成功させたのは、NTT社員ながら起業した西野氏と元農水官僚の岡村氏。若きふたりの起業家精神が、奇跡を起こしたことは、名もなき市民の小さな勇気に拍手でした。

 第7、8章、ライブドアがどんな会社か知らず、堀江貴文氏が逮捕された理由もわからなかったので、その詳細を丁寧に書かれているので、なんとなくですがわかりました。起業するというのは指数関数的に利益を増やさなければならず、良いときばかりでなく、というのを実感しました。ライブドア幹部は懲役刑でしたが、関係者である野口氏が謎の自殺というのはショッキングでした。

 第9章、ミクシィの創始者笠原氏の成功と衰退物語です。ミクシィが招待制だったころ、懐かしく思いだしました。今も細々と続いており、フェイスブックやツイッターに追い越されましたが、ゲームで新しい活路を見出していく姿には、会社の成長を続けていく難しさ、時代の流れ、発想の転換を思いました。数十年で、日本のインターネットの使い方が大きく変わり、消費者が欲する情報も変わり、儲かる仕組みも変わるといった状況。インターネットは「今」が大切なんだ、と思いました。

 第10章、逆襲のラインでは、ライブドアに残って仕事を続けていた出澤氏を中心とした優秀なメンバーが、韓国のベンチャーと手を組み、ラインを立ち上げる様子です。浮き沈みの激しい業界ならでは、と思うと同時に、再起をかけて、どんな状況でも立ち上がる人々の姿には読んでいるわたしまで励まされました。

 第11章、12章、メルカリ創業者の山田氏の物語。地味な青年が、楽天を辞めフリーランスで働き、仲間とメルカリを立ち上げる話です。アメリカ進出も視野に入れての活動は、これからの展開へとなり、わくわくしながら読みました。また、12章では、ネバー・ギブアップとして、敗れざる者として、第1章で藤田氏から裏切られた宇野氏の再生、GMOの熊谷氏の波乱万丈の人生を活写します。

 12章を通じて、いろんな人がいろんなところで出会っていたりといった縁の不思議さを感じるとともに、起業とは浮き沈みの激しい世界ゆえ、栄光と挫折がどんな人にも起こり、それでも敗れざる者たちは立ち上がるといった姿に、胸を熱くしました。起業した人の人生や会社の興亡を辿っていくうちに、仕事や人なりを浮かびあがらせる手法は、鮮やかでした。700ページを超える大作ですが、的確な描写、温かい視線で描かれているので、読みやすく、一気に読めます。

 インターネットの世界はいくらでも広がります。世界と通じ、世界と対話できるネットの世界から人は無限の可能性とメデイアを得たことを知り、その影で、今日もまた、新しいことを面白いことを探しているまだ無名の若者がいることを知ることもできました。

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