雑筆2  トヨタ自動車の社長交代

日本最大の企業であるトヨタ自動車の社長が、2023年1月26日に、4月1日付で、内山田 竹志会長が退任し、豊田章男社長(66歳)が会長に、佐藤恒治(53歳)執行役員が社長に就任する人事を発表しています。豊田章一郎名誉会長(97)は、2月14日に亡くなりました。私は、トヨタ自動車に少し思い入れがあります。それは、複写機メーカーの営業の時に、名古屋のトヨタ自動車担当を担当していました。トヨタファイナンスの設立の時には、大変お世話になりました。皆さん紳士的でスマートな方々ばかりでした。
 新社長になる佐藤氏の経歴は、早稲田大理工学部機械工学科を卒業後、1992年にトヨタに入社。カローラの部品開発などに携わった後、高級車ブランド「レクサス」部門のトップなどを歴任しています。1月の発表に際して、佐藤執行役員は社長就任の決意として、「新しい経営チームのテーマは『継承と進化』です。創業の理念を大切にしながら、『商品と地域を軸にした経営』を実践し、モビリティーカンパニーへのフルモデルチェンジに取り組んでまいります。『もっといいクルマづくり』と『町いちばんのクルマ屋』。この13年間で豊田社長が浸透させてきたトヨタが大切にすべき価値観があるからこそ、新チームがやるべきことは、『実践』のスピードを上げていくことです。わたしはエンジニア出身です。必要な選択肢がなければ、選択肢を載せることがエンジニアの仕事だと思っています」と述べています。
豊田 章男社長の経歴は、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。バブソン大学経営大学院修了。MBAを取得したのち、アメリカ合衆国の投資銀行に勤務。しかし自分が豊田家の人間であるという周囲の目から悩みが増していき、上司の「同じ苦労をするなら、トヨタのため苦労したらどうなんだ?」という言葉に豊田の姓を受け入れることを決意。1984年に投資銀行を退職して、トヨタ自動車に入社。トヨタ自動車への転職を決意した章男氏に対し、父である章一郎氏は、「章男を部下に持ちたいと思う人間は今のトヨタにはいない」と戒めたうえで、特別扱いはしないと言い渡しました。そのため、章男氏はトヨタ自動車に対して履歴書を提出し入社しています。その後、2009年に豊田章男氏は社長昇進。トヨタ自動車が誕生した以降で最も若く52歳で章男が社長に就任しました。
今回の社長交代に際して豊田章男社長は、「13年間苦労の連続だった。」と過去を振り返って発言しています。豊田章男氏は創業家3代目ですから、私はボンボンで苦労しないで社長なったのかと思っていましたが、全然違っていました。当時を振り返って、「私はアンタッチャブルだった。他の社員は、『社長(豊田章一郎氏)の息子におべっかを使って』と言われるので私に近づくのを嫌がる。私を叱ったりしようものなら父親にチクられるんじゃないかと恐れ、それも嫌がられる。一番いいのは私と関わらないことだった」と言っています。会議の情報なども意図的に伝えられない経験もしたようです。
章男氏の社長在任中に、最も大変だったのは、就任1年後の2009年から始まった、トヨタ車の大規模リコール問題です。2010年、米国議会の公聴会で証言した当時について章男氏は、「独りぼっちだった。会社のサポートがあるわけでもなく、私を辞めさせるためのものなのかなと思っていた。就任1年で社長を止めることを覚悟した。」と語っています。リコール問題に関して、会社は2010年2月2日に日本国内で最初の記者会見を、同月4日に2度目の記者会見を開きました。「メディアのバッシングは凄まじかったです。これは完全に僕を潰しにかかっているなと。私は今でも自分を、国と会社に捨てられた人間(捨て駒)と呼ぶことがありますが、ひしひしと孤独を感じていました」。「俺の社長人生も終わったな。1年ももたなかったとグチグチ言われるんだろうなって、ぼんやり考えながら飛行機に乗り込んだ。でも、ふと、ひとつの考えが頭をもたげました。もしかすると、社長になって初めて会社の役に立つ人間になれるかもしれないなと。会社が危機に瀕した状況で、世論が重要視するのは話の中身ではなく、誰が言うか。私は創業者ファミリーの一員であり、自社の商品全てに私の名前が冠されている。車が傷つけられることは、いわば私自身の身体が傷つけられることと同じ。そう公聴会で説明し、共感していただける人間として、私以上の適任者はいない。まさにベストキャスティングだなと考えたのです。創業ファミリーの一員である私が、世間に対して誠実に説明ができれば、今一度トヨタに信頼を取り戻せるかもしれない。たとえ1年足らずで社長をクビになったとしても、結果的に会社を救えるのであれば本望だと腹を括りました」。公聴会は「私は誰よりも車を愛し、トヨタを愛し、お客様に愛していただける商品を提供することを最大の喜びと感じてきた。」の言葉から始まりました。ここが社長として大きなターニングポイントになりました。「今考えると、下手したらこの時に「トヨタ自動車」はなくなっていたかもしれません。」と述べています。リコール問題は、米国の自動車産業への支援だったとも言われています。
「リコール問題」を処理したのち、豊田氏の社長在任中に評価が一変しました。販売も伸び、2018年3月決算ではトヨタ史上最高益となる2.4兆円を達成し、2019年3月決算では日本企業として史上初めて30兆円の売上高を達成しました。社長就任前の2009年3月期の1.5倍に増加しました。トヨタ自動車の2022年3月期連結決算は、売上高が前期比15・3%増の31兆3795億円、本業のもうけを示す営業利益は同36・3%増の2兆9956億円と増収増益でした。当期利益は26・9%増の2兆8501億円でした。従業員数(2022年3月末現在)は、単独で70,710人。連結 で372,817人です。平均年収(給与)は857万円です。月では71.4万円になります。単独の従業員数で計算すると、約7万人×70万円=490億円、給与を支払うためには、毎月490億円のキャッシュが必要です。従業員だけでなく、その家族の生活も支えていますし、日本の経済も支えています。もしトヨタ自動車が傾いたら、日本の経済はめちゃくちゃになります。創業社長ほど、世間から注目も評価されることはないですが、豊田章男社長は、名経営者です。誠実で、ある意味率直すぎる人柄です。明るいですしユーモアもあります。
日本最大の企業の、まして創業家の社長は、日々とんでもないプレッシャーの中で仕事をしています。絶対にありませんが、トヨタ自動車の社長をしてみませんかと問われたら、100%辞退します。いつも周りに取り巻きがいて気が抜けないでしょうし、気楽に居酒屋に行くことも出来そうもありません。
日本一の売上高、世界一の自動車販売台数の会社で社長ですから、日本一の高給取りかといえば違います。2021年の「役員報酬」は、6億8500万円で、日本全体のランキングでは24番目です。一位の方は、43億3500万円です。章男社長の「役員報酬」の7割の4億8100万円は、トヨタの株式で支給されていて、3年以降か退職しないと売却できません。それでもすごい額ですが、税金を払ったらそれほど残らないのではないでしょうか?2021年のトヨタの「役員報酬」の最高額は、ジェームス・カフナーCEOの9億600万円でした。社長より高給取りです。章男氏の2019年の自動車業界だけの「役員報酬」では4位でした。1位は日産自動車のカルロス・ゴーン会長の、16億5200万円(当初は25億4400万円の予定が退任により減額)、2位はトヨタ自動車の副社長のディディル・ルロワ氏の10億4200万円、3位は日産自動車の西川社長の4億400万円(9月に社長を退任)、4位が豊田章男社長の3億8600万円でした。2019年の日産の業績は、6712億円の赤字ですが、「役員報酬」の総額は日産がトップでした。業績も悪く問題も起こしているのに、「役員報酬」が高額なのは変です。
豊田社長は、根っからの車好きです。トヨタ・ガズー・レーシングチームオーナー兼会長であり、トヨタのテストドライバーでもあります。(スズキ自動車鈴木修会長には釘を刺されていました) 。映像に嬉しそうに運転する姿があります。こうした「クルマ屋」の感覚が、これからの時代には「弱み」になることもあります。以前は「趣味はドライブ」と言っている友人もいましたが、最近の若者からはそのような言葉を聞くことが無くなりました。ステータスとして「クルマ」を持つ人はいますが、「運転」が好きな人がどれぐらいいるのでしょうか?私は、出来れば人に運転してもらって座っているのがが好きです。車を保有している若者は減りましたし、車は「単なる移動手段」と思っている人も増えています。2021年度の軽自動車の普及率は50%を超えています。豊田社長は自身を「どうしても最後はクルマ屋の枠を出られないクルマづくりに向かってしまう。デジタル、電動化、コネクティビティーに関して私はもう古い人間だ」と評し、トヨタをモビリティーカンパニー(移動にかかわるあらゆるサービスを提供する会社)に変革するため「一歩引くことが今必要と判断した。」と言っています。この感覚は、同じシニア世代の私にはよく理解できます。次の社長がエンジニア出身なのは適任だと思います。章男会長と佐藤社長の、二人三脚でトヨタ自動車を発展させていくと思います。
今回の社長の交代は、世界的な車のEV化の流れがきっかけになっていると想像しています。豊田社長は、「カーボンニュートラル達成に向けて、車が全てEVになればいい。そんな報道もあるが、そんな単純なものではない」「カーボンニュートラルは自動車業界だけの取り組みでは難しい。エネルギーのグリーン化が必要」。「EVは重要な解決策の一つではあるが、全てに勝る選択肢ではない」との意見を表明しています。 私は正論だと思います。リコール問題の時も、現在のEV化の流れに関しても、政府も官僚もマスコミも、日本の産業と日本人の生活を守るための応援が不足していると感じています。どこを向いて仕事しているのか疑問に思っています。

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