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戦争遺跡・史料館まとめ

今回は3つの太平洋戦争にまつわる史跡・博物館について書いていく。どの施設も大変貴重な建物・施設であるので興味のある人は是非足を運んでみてほしい。これらのもの以外にも日本各地に存在しており、旅行の際の目的として考えるのも大変有意義であろう。

響灘沈艦護岸


 まず一つ目は福岡県北九州市若松にある防波堤である。この防波堤は旧日本軍の軍艦の「柳」「冬月」「涼月」の三隻の船が防波堤としてコンクリートの下に眠っており、現在もその中の一隻「柳」が地上に顔を出しており見ることができる。
柳は1916年に起工し、翌年に浸水した船である。彼女(船のことを彼女と呼ぶ)は第一次世界大戦の際には地中海の海上護衛任務や上海事変の際の作戦に参加している。特に地中海の海上護衛任務の際には功勲艦として知られ、イギリスでは「地中海の守護神」としてその名を轟かせた。戦後は練習艦として使用された。
現在は現地の釣り人達の釣りスポットとなっているようで訪れた日もたくさんの釣り人が足を運んでいた。船体の保存状態は比較的良好で、船首から船尾まで丸々見ることができる。軍艦を防波堤にした場所(軍艦防波堤)は他にも存在しており、広島県呉市のコンクリート船「武智丸」などがある。

駆逐艦「柳」の船首

大江時計台航空史料室

大江時計台航空史料室は三菱重工の展示施設である。館内には航空技術黎明期の大正時代~太平洋戦争までの航空技術にまつわる史料が展示されている。中でも「零式艦上戦闘機52型」と「秋水」が展示される。特に秋水は日本初のロケットエンジンを搭載した戦闘機である。「零式艦上戦闘機52型」「秋水」の他に日本に招聘された外国人技師との記録なども展示されており大変興味深い。

大江時計台航空史料室
「風立ちぬ」の舞台となったことでも有名。

旧日立航空立川変電所

 東京都東大和市にある建物である。この建物は当時飛行機のエンジンの軍需工場にエンジンを供給する目的で作られた建物で、現在は文化財として整備され、内部が公開されている。戦争遺跡として有名で「西の原爆ドーム、東の変電所」と称されている。
1945年に稼働中に被災し米軍の機銃掃射や空襲により周辺工場は破壊されたが唯一この建物だけは戦火を免れた。戦後も変電所として稼働していたが1993年に閉鎖され、現在に至る。
前述の通り、数多くの機銃掃射の弾痕が今も生々しく残っており戦争の悲惨さを後世に伝えている。

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