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怒羅獲者・その1「怒羅獲者参上!!!の巻」

「有機物から無機物へ、ただそれだけのことだ……だからこそ貴重なんだ生きるとは………さぁ、言え!お前は何が欲しい!!!」 初めて逢ったとき、怒羅獲者はそう言った。大きな街の片隅にある、真夏でもうすら寒いような空き地が、僕等の溜まり場だ。吹き溜まりの屑とは僕等の為にあるような言葉。「万引きして来いよ!」と、冷たく猛志が言う。巣寝夫がにやけながら、僕の頭を小突く。「脳足りんの伸太くんには、万引きしてきて貰うくらいしか使い道がないの!万が一捕まっても絶対に俺達の事をチクんなよ!!」巣寝夫は僕の襟首を掴みながら、顔を近づけ、トルエン臭い息を吐きかけながら、念をおすように僕の脛を蹴る。ニヤニヤと僕は地面を睨む。世界は残酷だ。希望は無い。日常とは、生きるとは、死ぬ気力も無い者が、怠惰に重ねる時間でしかない。誰かを、何かを、殺す事で自分が生きていると、少しの間錯覚する。誰かに、何かに、殺される事で自分も生きていたいと、少しの間錯覚する。希望は無い。誰も、助けてはくれない。夢もみない。現実は辛い、だが、夢よりは優しい。夜のTSUTAYAの明かりは、僕等のような羽虫を呼び寄せる誘蛾灯だ。店内に賑やかに流れる音楽は虫を呼び寄せるノイズ、最後はバチンッ!で終わり。きらびやかな表紙の雑誌や漫画は、虫の好きな花の色だ。虫には決して、本物には手が届かないように作り込まれている。空っぽの言葉で隙間を埋めたような、音楽を聴いても、僕には響かない。平べったい漫画の中には、救いは無い。この夜に無視された奴等が、最後に集まるのは誘蛾灯の明かりで、死なずに朝まで踊り続けられたら、ようやく1日が終る。カメラの位置を確認する。防犯センサーが反応しないように、コツコツと自分で作った手作りのバックパック。そこへ手当たり次第に発売したてのDVDやCDを詰め込む。逃げ足の遅い僕は、人よりも地道に何かをしないと、すぐに捕まってぺしゃんこだから。カメラには映っていないはずだ、僕は何事もないような顔でセンサーの横を通りすぎる。その時、ブザーが鳴る!手作りのバックパックは完璧ではない。だから、僕は走らなければいけない。僕は走る。店の外に出て、暗い夜道をひたすら全力で。何処かで眼鏡を落とした。その事にも気付かずに走った。どれほど走っただろう。僕は公園に逃げ込む。誰もいない夜の公園。公園の水道で顔を洗う。全身に脂汗をかいている。水をがぶ飲みしてから、呼吸が整うと…僕は何かの声に喚ばれるように歩きだす。滲んだ視線の先、声のするほうには、池があった。池の端には、公園の向こうの公営団地から捨てられた粗大ゴミが山を作っている。山肌の一部が崩れて池に雪崩れ込んでいる。池の水面には滲んだ丸い月が浮かび、黒い影が水面を揺らす度に小さく波立っている。僕は歩く。水面を揺らす黒い影が声の正体で、それは白鳥だった。近づくと2羽の白鳥がいた。一匹の黒く見えたほうは、誰かの悪戯でラッカーで黒く塗られていた。ひどい目にあっている筈なのに白鳥達は僕が近づいても逃げなかった。僕は白鳥に誘われて池に入る。水際に一台の学習机が半分池に浸かりながら置いてある。誰かが椅子と机を並べたとこへ、池が増水したのか、面白半分に池の中に置いてみたのか、解らないが、それはあった。椅子に腰をかける。引き出しを開けると、大型のカッターナイフが入っていた。頬を何かが伝う。何故だか僕は泣いていた。どれくらい哭いていたろう、僕はおもぐろにカッターを手に取ると、首筋にあてた。白鳥の鳴き声が聴こえる。そして、力一杯引いた。血は暖かく、首から顎の先に流れては、引き出しの中に垂れてゆく。引き出しの中には赤黒い僕の血が溜まって、涙と鼻水だらけの僕の視線は滲んでいて、引き出しの中の血溜まりは、何処か別の、何処かへ繋がっている穴のように思えた。これで楽になれる、あの世があるかはわからないが、この夜から僕は開放される。何処へ行くのかはわからないが、少なくとも今よりはましな何処かだろうか…… でも、もし、そこが今よりも酷い場所だったなら、血溜まりを見つめながら…。 「誰か助けて……」小さく僕は叫んだ。どん!!! 顔を起こして見上げた先に何かが現れた。神か。悪魔だろうか。公園の、青い街頭に照らされた大男が、机の上に立っていた。男は言った。 「お前が野火伸太か!!!絶望しか知らないお前の未来から、お前を助けにやって来た!!!」 空気が震える。白鳥が激しく哭く! 「俺の名前は怒羅獲者だぁ!!!」 怒羅獲者が手を伸ばす。僕に…未来があるのなら……僕に…希望があるのなら……僕に…夢を持てるなら……… 僕は…僕は…僕は…… 生きたい!!! 僕は、その手を掴んだ。怒羅獲者・その1「怒羅獲者参上!!!の巻」#怒羅獲者

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