怒羅獲者・その3・金は天下のまわり物で~す!の巻

「今週の分はえらく少ないな…伸太……お前にとって俺の言葉の価値は、これだけ…か?そう、俺は…受け取っていぃんだな!伸太…」 ただでさえ、うすら寒い空き地の温度が、武志の言葉でグッと下がる。少しだけ、僕の背筋は寒くなる。また、激しく殴られるかもしれない。想像力は恐怖や痛みを倍加させる。だから、なにも考えないように、出来るだけ、この先起こるかもしれない出来事を想像しないのが、僕が身に付けたコツだ。邪意暗のメンバーは大体30人位いる。僕等は毎週末、例の空き地に集まってたむろする。だけど、誰も好きで邪意暗に入っているわけではない。ほとんどの奴は、武志の暴力が怖いのだ。武志は体が大きくて一度キレると、誰にでも激しくヤキをいれる。皆、武志の言葉には従わざるえなくて、嫌々ながら参加している。それに、僕や巣寝夫のように他に行く場所が無い奴も沢山いる。僕等は武志のありがたい言葉を聴くかわりに、上納金を毎週末納めるのだ。その金額によって、グループ内でのそいつの立ち位置がきまる。だからと言っても、ただヤキをいれられる回数や程度が変わるだけのこと。メンバーの中で、一番ヤキをいれられているのは僕かもしれない。それには少し理由がある。僕は巣寝夫に、上納金を毎回ピンハネされているのだ。巣寝夫は工場やペンキ屋から、缶のトルエンをギって来ては、瓶に小分けにして仲間に売ったり、時には配ったりして金にしている。武志に缶のまま渡すときもあるけれど、その場合は半分以下の価値になるそうだ。でも、いつでも成功するとは限らない。そんなときは、僕の上納金が巣寝夫の不足分を埋める形になる。だけど、僕は巣寝夫の事が嫌いではない。時々巣寝夫は、僕にだけ母親の話をする。一度だけ深夜、僕の部屋に巣寝夫が泊まりに来た事があった。母の店からくすねた酒で酔い潰れた巣寝夫は、小さな寝言で「ママ…ママ…ママ…」と呟いていた。巣寝夫の家は昔、とてもお金持ちだったそうだ。今では、とても貧しい生活をしているけれど。巣寝夫がトルエンに手を出したのも、その頃からだったと思う。巣寝夫はほとんど僕のだった金を武志に渡して、あーだこーだと、おべっかを言ってる。今日の武志の機嫌は、そんなに悪くないのかもしれない。一先ずは安心だ。武志は上納金を集め終わると、いつもうたをうたう。「なぁ、お前等も俺についてくれば、そのうち俺のようになれるぞ!いい車乗り回して、いい女しこたま抱いて、ビシッとした高級な服着て街を歩けるようになる!俺の言うことで間違った事があったか?無いよな?言われたとおりやってさえいりゃあ、お前等はいい思いが出来るんだ!!そのうち、俺の組織もでかくなって、でかいビルでもまるまる買い取るさ!!そしたら、お前等は社員として俺の下で働けば、今よりずっと楽しくなる!!」内容はいつも同じような言葉だけれど、武志のうたううたを聞くたびに皆青くなる。ずっと、このまま。一生、このままかもしれないと、みんな想像するのだ。だから、僕は聞いても想像しない。それが僕の処世術だ。だけど僕はやっぱり武志からヤキをいれられた。「なにも俺は無理な金額言ってる訳じゃねぇよな!みんな!!伸太~!みんなに出来てお前だけ出来ないってのは、やる気の問題か?お前は俺の事を好きじゃないのか?好きだよなぁ!!みんなも俺の事好きだもんなぁ!!俺はお前の将来の為に言ってんだぜぇ!なくなく殴ってやってんだよ!!みんな心配してんだ、家族みたいにな!お前の事を思ってんだ!!なぁ!」帰り道で僕はやっぱり少し泣いた。悲しい訳じゃないけれど、悔しい訳でもないけれど、何故だか、いつも泣いてしまう。僕が馬鹿だからかな。怒羅獲者は僕を見て、ただ恐ろしい目で睨み付けながらこう言った。「さぁ、願え!そしてそれを言葉にして伝えてみろ!野火伸太!!」僕は言った。「お金が…お金が欲しい……」怒羅獲者は言った。「金をどうするつもりだ?」僕は。「やらなければいけないんだ。そうしなければ……また殴られる。上納金が欲しいんだ…」 怒羅獲者は窓から出ていった。どれくらい時間が経ったろう、僕は寝ていた。目の前には怒羅獲者が僕を見ていた。あの背中の虎のような目で。「さぁ、上納金だ!」怒羅獲者は、金を僕の目の前に、乱暴に放り出した。大金だった。お札の端に血がついているのが何枚かあった。「この…お金は……どうしたの?」僕の声は少し震えていた。「だから、お前の上納金だよ!野火伸太!また、武志にくれてやればいい!」「武志の事をなんで!?」また僕の声は震えていた。さっきよりも。怒羅獲者は、虎のような目で、僕の目を少しの間覗きこむと、それっきり押し入れに入って寝てしまった。僕は思う。やっぱり想像力は恐ろしい。想像力さえ無ければ。僕は馬鹿になる。僕は馬鹿だ。僕は何も考えない。想像力さえ無ければ。その3・金は天下のまわり物で~す!の巻#怒羅獲者

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