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冬季性うつがしんどいです。

どうも、こんばんは。
自分です。
休職中、毎日が休日生活を送っているのですが朝ちっとも起きだすことができません。
カーテンを薄いものに変えた方がいい気がする。少なくとも冬の間くらいは。
外を出歩くこともありません。
30分くらいは散歩した方がいい気がする。
と、ここに書いたら俄然そのような気持ちになりました。
明日、がんばってみようかな。

この頃やっていたことは。

木村良平さんのyoutube実況を観たり、アニメを見たりなんかしていました。
実況は魔女の家とか怪異症候群とかそういうのです。
もとから猫マグロさんという方の実況が好きで、それこそニコニコ時代からずっと見ているのですがそこで取り上げられた作品をまた別の方の視点で見てみると面白いものです。
実況は、あとはリトルナイトメアとデトロイト・ビカムヒューマンとかとか。
アニメは異世界食堂の二期を観ていました。
どうして食事ものはこうもほのぼのするのでしょう。
食べたくなる、という副効果もありますが。
いいな、いいなー、とにこにこしますね。
いいな、いいなー。

デトロイトが面白かった。

PS4があれば自分でも色々な分岐を試してみたくなるようなゲームでした。
3も持っていないような家なので難しいのですが。
ちょうど、森博嗣のWシリーズを読んでいたのでいろいろとリンクして考えながら見てしまいました。
簡単に言うと、Wシリーズは小説で遠い未来、ウォーカロンと呼ばれるアンドロイドと人間が共存している世界の話、
デトロイトビカムヒューマンはゲームでそれよりは近そうな未来、アンドロイドが当たり前にいる世界でアンドロイドが感情を持ち始め人間との衝突がおこる物語、といったかんじです。
共存がすでに可能になっているか、進行形で問題が起こっているか、がこの2作品間の大きな差になっています。
Wシリーズは10巻中まだ半分しか読めていないので、話がどこへ着地するかを見届けた訳ではないのですが。
こう言った、アンドロイドの出てくるSFチックな話は好みです。
心はどこにあるのか、ということを考えることができるからかと思います。
さらには生きている意味や、どのような状態を“生きている”と定義するか、など、いろいろ考えが巡ります。
どちらかと言えば個人的にはデトロイトよりもWシリーズの世界観の方が好みではあります。
でもデトロイトの方が大いにドラマチックだとは感じます。
映像もとてもきれいだったので、まるで映画のようなゲームでした。

つづけるということ。

熱中することがあると気持ちが楽になります。
手持ち無沙汰に、いろいろな反応を求めて例えばツイッターなんかをぐるぐるしている時は状態が悪いと言えるかもしれません。
このところは上に書いたように実況を観るのに忙しかったり、本を読むのに集中したりで余計なことをする時間がありませんでした。
つまりツイッターの巡回とか。
そのおかげか、少し楽観的に考えられるようになってきています。
主に短歌についてですね。
下手くそなのですが、下手くそなりに週に1度くらいはいいねを3つほどもらえるようになってきたような気がします。
いえ、週1は言い過ぎでした。もっと頻度はきっと低い。
それでも手応え、みたいなものを少しずつ感じられるようになって、それは純粋にうれしいことです。
もっと毎日続けていって、いつかまぐれ当たりでもいいから主席をとってみたいです。
少しずつ近づけると信じられるような気がします。
そんな風にして他のことも、少しずつ、良い方へ向かうと信じられるといいなと思います

では、また。


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