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毎日泣いていた日々から卒業した日

去年の今頃、感染者数の速報が流れてくるニュースを、毎日心がすり減る思いで観ていた。

翌月に、結婚式を控えていた。

どんどん雲行きが怪しくなる状況に、心から楽しみにしていた結婚式が、重荷のように思えてきた。重荷だと、はっきり言い切れないあたり、まだ希望も捨てられない。

何度も思い描いた結婚式。どうしてもやりたいという気持ちと、こんな時期にやるのは間違っているという思いに揺れた。辞めたとして、こんな直前でキャンセル料はどうなるのか。いろんな事情が絡まって、身内の中でも意見が割れた。

積もる不安が重たくなりすぎて、もう自分では抱えきれなくなっていた。速報が流れるたび、悲しくなって涙がこぼれる。

本当は、式を控えたこの時期、幸せと忙しさで満たされていたかった。ドレスに似合う髪型を決められないと悩みたかった。母や姉に相談しては、二人が式を挙げた昔の話なんかも引っ張り出して、あれこれいろんな話をしたかった。

式場とキャンセル料の折り合いがつき、ようやく式の延期が決まったとき、どんな感情よりもまず安堵した。

出席予定でいてくれた人たちが、この式のせいで悩んでいるかもしれない、もしもの不安に揺れているかもしれないと、そう思いながら過ごすのが辛かったから。

やり場のない悲しさはあった。ずっと楽しみに準備を進めていた結婚式が、よりによってこんな直前でダメになってしまった。私は誰が見ても分かりやすく、元気をなくしていたと思う。

先行きが見通せないまま迎えた、式を挙げる予定だった日。朝から雲ひとつない快晴で、春の陽気が気持ち良い、憎いくらい完璧な日だった。

一人ソファに横になって、窓枠に縁取られた青い空を虚しい気持ちで見ていた。

何度も話し合った式のタイムスケジュールが頭に入っている。ああ、きっと今頃は、庭で写真を撮っていたのかな。みんな慣れない服を着て、嬉しそうに笑ってたのかな、なんて。

部屋着のまま無気力に寝転ぶ今の自分とのギャップに目眩がする。夫は出ていて静まりかえった部屋には一人。顔を埋めたクッションに涙の一粒くらいこぼれていたかもしれない。

不意に外で自転車を止める音がした。夫が帰ってきたと、起き上がって何気なく二階の窓から玄関を見下ろしたその瞬間。

はっと、息が止まりそうになった。

夫が、胸いっぱいに花束を抱えている。

空いた手でそっと玄関を開けようとしている姿を、私はただじっと上から見ながら、静かに衝撃を受けていた。

だって、花なんて、滅多に自分で買う人じゃないでしょう。

玄関から静かに階段を登ってくる音が聞こえる。私は振り返って、数秒後に開くであろうリビングのドアから、一瞬たりとも目が離せなくなった。

足音が止んでそっと開いたドアの向こう、こちらの様子を窺うようにのぞき込んだ夫と視線がぶつかる。

とぼけるように笑ったちょっと不器用な表情と、影から見えたオレンジ色の弾けるような花束に、また涙がこみ上げてきた。

2人だけで過ごすことになったこの日、彼は私に花束を贈ってくれたのだ。

私はこの日、毎日泣いていた日々から卒業した。

コロナのせいで出来なくなった事ばかり数えては、一人悲しむことに忙しかった。泣いてばかりで見えてなかった。いつも、隣で寄り添ってくれた人のこと。

私は、何がこんなに悲しかったんだろう。いつも幸せを願ってくれる両親がいて、体調を気遣ってくれる義両親がいて、心強い兄と姉と友人がいる。

夫の優しさが詰まった花束を受け取ったとき、一気に目の前の霧が晴れていくような感覚がして、目が覚めたように大事なものが見えるようになった。


私の幸せを決めるのは結婚式じゃない。出来たらいいけど、出来なくたってまあ別に私は大丈夫だ。

そう思えてから、自然と涙は出なくなった。














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