史進

九紋竜を探して

あらすじ
九紋竜史進 羞恥を身に纏い
御竜子班光 羞恥を教え諭す
遊撃隊道中 期せず再び逢い
竜虎山道中 期せず巡り合う

水滸噺番外 注意書き
北方謙三先生水滸伝,楊令伝何でもありな二次創作です。
・番外編ですので、ネタバレしています。ご了承ください。
・小噺は作者のtwitterにて連載中です。 
・ご意見ご感想等々、こちらまでお寄せいただけると、とても嬉しいです。いつも助かっています!
・原作に興味を持たれるきっかけになったらこれ以上の喜びはありません!

第一話 飛翔

史進「班光」
班光「…」
史「俺は、そこまで裸になっていたのだろうか」
班「…」
史「出会った事もない新兵や町民に、裸の人呼ばわりされた気持ちが、お前に分かるか」
班「…」
史「俺は裸の枕詞でも、関係代名詞でもない」
班「…」
史「班光、俺はどうすれば」
班「まずは、着物を着てください」

史「お前は俺が着物を着れば全て解決すると思っているのだろうが」
班「…」
史「着る」
兵「おや、今日は着るのですか、史進殿?」
兵「守りに入るには早すぎますな」
史「脱ぐ」
兵「目が潰れる!」
兵「我らの視力を奪わないでください、史進殿!」
史「この有り様で、俺はどうすればよいと思う?」

?「愚かなり、史進」
史「何奴?」
?「貴様の身体に居付くのも、今宵までよ」
史「誰の声だ、班光」
班「史進殿の身体から聞こえます」
史「身体?」
竜「我が名は九紋竜。貴様の身体に刻まれし、九つの逆鱗をもつ竜だ」
史「なんと」
竜「我が主が羞恥に慌てふためく姿は見てられん」
史「!?」

竜「さらば、史進」
史「!」
班「史進殿の身体から九紋竜が…」
史「…」
班「…」
史「班光」
班「…」
史「二つ問うぞ」
班「…」
史「おそらく、九紋竜の九つの逆鱗の一つは、羞恥だ」
班「…」
史「あと八つはなんだと思う?」
班「…」
史「もう一つ」
班「…」
史「今すぐ着物を用意してくれ」

史「楊令殿」
楊令「何事だ」
史「俺の身体を見てくれ」
楊「随分寂しくなったな」
史「俺が羞恥に身を宿したがために、竜に逃げられてしまったのだ」
楊「それは」
史「もう一度、俺の身体に竜を刻む旅に出る事を許してくれ、楊令殿」
楊「無論だ、史進」

班(なぜ理解できる?)
張平(全く理解できん)

史「すまぬ。楊令殿」
楊「誰か供を連れて行けよ」
史「供か」
張「もう決まってますよね、史進殿」
班「張平!」
史「今考えているが?」
班(あれ?)
楊「なら俺が行こうか?」
張「楊令殿!」
班「楊令殿が行くくらいなら、俺が行きますよ!」
楊「…そうか」
班(…余計だったか?)
張(そうは思わん)

第二話 旋風

史進「結局お前か、班光」
班光「史進殿一人だと、心配なだけです!」
史「お守りをしてやってるのは俺ではないか」
班「…しかし、九紋竜の逆鱗とは何なのですか?」
史「俺が刺青を刻んだ時、己に禁じたものだ」
班「その時の記憶では?」
史「羞恥、臆病…」
班「…」
史「あとは、覚えてないな…」

班「まあ九紋竜を探しながら考えましょうか」
史「そうだな」
班「しかし、九紋竜はどこへ逃げたのでしょう、史進殿?」
史「…餓鬼の頃、竜虎山という山があると聞いたことがある」
班「竜虎山…」
史「日々竜と虎が凌ぎを削り合っている山だと、母上が話してくれた」
班「じゃあ行ってみましょうか」

史「遠いぞ?」
班「九紋竜は、きっと竜虎山最強の竜になっていますよ」
史「班光」
班「?」
史「…なんでもない」
班「脱ぐのは絶対にやめてくださいよ」
史「約束する」
班「ではこれが、我らの着物です」
史「下は履かんが?」
班「履いてください!」

楊令「仲良いな」
張平「どうなることやら」

班「こんな狭い隘路を通るのですか」
史「もしも俺が賊なら、ここで旅人を待ち受けるな」
賊「ご明察」
賊「身ぐるみ剥いでやる!」
班「…なんで分かったんですか?」
史「昔は少華山だったからな」
賊「小僧!持ってるもん全部置いてくならよ、命だけは取らねえでやるぜ?」
班「質問があります!」

賊「あ?」
班「持ってるもん全部に着物は含まれますか?」
賊「身ぐるみ剥ぐからな」
班「そしたら裸になってしまうではないですか!」
賊「…まあ、そうだな」
班「そんな事になるなら、ここで命を落とした方がましです!」
賊「…お前の相棒は何言ってやがるんだ?」
史「後で厳しくしつけておく」

史「しかし、この九紋竜相手に狼藉を働くとはな」
賊「九紋竜だと!」
賊「馬鹿な!」
史「この竜を見ても分からないのか」
賊「!」
班(裸にならなくていいのに…)
賊「…何もいねえじゃねえか」
史「そうだった!」
班「とにかく、この道を通して…」
史「風が!」
班「史進殿!着物が!」
史「!」

賊「谷底まで吹き飛ばされちまったな…」
史「…」
賊「風に身ぐるみ剥がされちまっちゃ、世話ねえや…」
史「…」
賊「…通っていいぞ」
賊「夜は寒いから、風邪ひくなよ」
賊「麓に着物屋があるぞ」
班「…行きましょう、史進殿」
史「賊の情けを受けるとは、情けない…」
賊「突き落とすぞ、裸族」

第三話 卒業

班光「史進殿、銭は?」
史進「着物の懐だ」
班「本当に、風に何もかも持っていかれてしまったのですか?」
史「風が、俺たちを遮りやがった」
班「私の銭もそんなにありませんよ?」
史「どうしたものか…」
班「竜を探すのに間に合うでしょうか、史進殿?」
史「…ところで、班光」
班「何ですか?」
史「さっきから、周囲の視線が痛いのだが、なぜかな?」
班「…それは、史進殿」
史「…」
班「あなたが素っ裸だからです」
史「道理で痛くて寒いわけだ」

町人「摘み出せ!」
史「なぜ街に入る前に気付かんのだ、班光!」
班「自分でも分かりません」
史「逃げるぞ、乱雲!」
班「待ってください!」

史「勢いで宿屋の厩に飛び込んでしまった」
班「どこかで着物を仕入れてきます」
史「この宿屋から盗んでこい、班光」
班「それはいけません!」
?「誰かいるの?」

史「!」
?「あら、その素っ裸は」
史「瑞蘭!」
李瑞蘭「史進、なの?」
史「他に誰がいる?」
李「裸の変質者が史進だったなんて」
史「事情があるのだ」
李「竜は、どこ行ったの?」
史「竜の逆鱗に触れた挙句、飛んで逃げられてしまった…」
李「…何言ってるの?」
史「…正直俺も全く分からん」

李「その坊やは?」
班「!」
李「かわいいお顔じゃない」
史「やめろ、瑞蘭」
班「もしや、あなたが…」
李「いかにも!史進妓楼で素っ裸騒動のお相手を務めた李瑞蘭様とは、私のことよ!」
班「こんな時、どんな顔をしたらよいのか…」
李「笑えばいいと思うわよ」
史「ここで何をしている、瑞蘭?」

李「まあ、この歳にもなって、妓女はやってられないからね」
史「…」
李「宿でご飯作ったり、掃除したりで、毎日かつかつよ」
史「そうか」
李「まさか、こんな所で逢えるなんてね」
史「…そうだな」
李「お別れの時もだっだけど、再会した時も、あんたは素っ裸なのね」
史「…それを言うな、瑞蘭」

李「…竜のいないあんたの相手はする気ないけど」
史「…」
李「この坊やのお相手だったら、やってあげなくもないわよ?」
班「!?」
史「瑞蘭!お前なにを!」
李「女は初めて?」
班「…」
李「童貞は濡れた着物みたいなものよ、坊や」
史(瑞蘭から御大の気が)
李「妓楼に行くわよ!坊や!」
班「!?」

李「伊達に九紋竜からご指名もらってないから、覚悟しなさい!」
班「史進殿、助けて!」
史「やめろ!瑞蘭!」
李「私としたくないの?」
班「それは」
史「班光!貴様!」
李「裸の男はここよ!」
町「そこにいたか!」
町「こらしめてやる!」
史「おのれ!」
李「さあ坊や、今のうちに」
班「…」

李「一名様、ご案内〜」
班「…」
李「さてと…」
班「…」
李「今夜は、寝かさないからね」
班「…よろしくお願いいたします」

第四話 潔

史進「昨夜はお楽しみだったな」
李瑞蘭「ボコボコね、史進」
史「この俺が民と本気で闘うわけにはいかんだろう」
李「…史進らしい」
史「おい、班光」
李「なかなかのしたたか者よ、班光ちゃん」
班光「」
李「史進」
史「なんだ、瑞蘭」
李「これを」
史「…この着物は!」
李「…あの時の着物よ」

史「…」
李「お得意様の忘れ物は、きちんとお届けしないと」
史「…こんな竜の入った着物だったかな」
李「お得意様の着物だと忘れないように、縫っておいたのよ」
史「…」
李「…」
史「礼を言う」
李「どういたしまして」
史「…」
李「…」
史「もう、会うことはないかもな」
李「…そうかもね」

史「もし、お前と…」
李「野暮ってもんよ、史進」
史「…」
李「私が妓女で、あんたがお客だったから、逢えたんじゃないの」
史「…」
李「縁って、意外とそういうもんなのよ。きっとね」
史「…そうかもな」
李「じゃあ、さっさと九紋竜を探しに、行ってらっしゃいな」
史「ああ」
李「…」

史「瑞蘭」
李「…」
史「さらば」
李「…じゃあね、史進」

班「」
史「!」
班「!?」
史「いつまで腑抜けている、班光」
班「…何も言えません」
史「俺も身をもって知っている」
班「おや?」
史「どうした?」
班「懐に何かが」
史「何だこれは」
班「…鱗のようです」
史「思い出した!」
班「何をですか?」
史「逆鱗の一つは、躊躇いだ!」
班「躊躇い…」

史「お前は潔く瑞蘭の誘いに乗り、躊躇わず全裸になった」
班「…」
史「今から貴様を瑞蘭を寝取った罪で断罪するところだったが」
班「!?」
史「この竜の鱗に免じて許してやる」
班「…史進殿の九つの逆鱗に触れなければ、九紋竜の鱗となる訳ですな」
史「あと八つだ、班光」
班(…しかし、凄かった)

?「随分と情けねえ声出してたなあ、坊や」
班「誰だ!」
呂英「名乗るわけにはいかねえが、お前らのことはよく知っている」
班「敵の間者か?」
呂「良い声で鳴いてたぜ、坊や」
班「!」
呂「もっと聞かせてやろうか」
班「貴様許さん!」
史「班光」
班「史進殿!」
史「怒りと羞恥に身を任せるな」

班「しかし!」
史「いい女とのしたたかで、声を出すことを恥じる必要はない、班光!」
班「史進殿…」
呂「お前の伝説も親父から聞いてるぜ、素っ裸」
史「ほう…」
班「史進殿!早くこの卑怯者を嬲り殺しにしましょう!」
呂「卑怯で結構」
史「貴様がこの街の覗き常習犯か」
呂「さて?」
史「…」

第五話 罪と罰

史進「 裸 」
呂英「汚え!」
班光(破廉恥の禁なんて、覚えてないだろうな)
史「良いか。変態」
呂「誰が変態だ!」
史「俺は裸になる時もある」
班(いつもでしょう…)
史「しかし俺は、断じて変態ではない」
呂「説得力が息してねえぞ!」
史「人は生まれた時、着物を着ているのか?」
呂「それは」

史「この広い中華。着物、という概念を持たぬ部族がいたとしても、おかしくはないだろう?」
呂「…」
史「貴様は着物を知らぬ部族が裸であることを、変態、と言うのか?」
呂「お前は着物を知っている民族だろうが!」
史「いかにも」
呂「ならば着物を着ないお前は、変態ではないか!」
史「…浅い」

呂「なんだと!」
史「着物は何のためにあると思う、変態?」
呂「…着るためだ」
史「不合格だ、変態」
呂「ならば何のために着物があると言うのだ!」
班(知らぬうちに、史進殿の戦場で戦をしている…)
史「…良かろう。完膚なきまでに貴様が変態であることを証明してくれよう」
呂「ふざけんな!」

史「着物とは、何のためにあるか」
呂「…」
史「農夫ならば、野良着。役人ならば、相応の着物がある」
呂「…」
史「そして、この国の帝には、帝に相応しい着物があるだろう」
呂「何が言いてえんだ」
史「着物とは即ち、己が役割を果たさんとするため、身に纏うものなのだ」
呂「意味が分からねえ」

班「つまり、農夫は野良仕事のため。役人は、地位と仕事に相応しい着物を。そして、この国の帝には帝たる装束がある。生い立ちや生業の貴賎を問わず、各々の職務を全うするために着物がある、ということですよね、史進殿」
史「合格だ。班光」
呂(何で分かるんだ、こいつ)
班「常識ですよ」
呂(常識!?)

史「俺は軍人だから、軍袍や具足を身に纏う」
呂「当たり前だ」
史「ならば問う」
呂「…なんだ」
史「なぜ今俺は、裸になったと思う?」
呂「だからお前が変態なだけ…」
史「九紋竜と呼ばれるこの俺が、変態の貴様に心も身体もさらけ出して語らんとしているからに決まっているだろうが!」
呂「!」

史「この想いを汲み取る事すら思い至らず、裸になる変態だと思っていたのか、この俺を」
呂「…」
班(否定はできない)
史「変態の夜のおかずに夜な夜な他人のしたたかを覗き見するとは、お前に食われる食材に卑怯で不誠ではないか?」
呂「」
史「贖罪せよ、変態」
呂「…」
班(何を見てるんだ、私は)

史「お前が穢した大地に接吻しろ」
呂「」
史「四方に礼!」
  「 礼
  礼 呂 礼
    礼 」
史「肚から声を出せ!」
呂「夜な夜な覗きをしていた変態は、私です!!」
史「失せろ。変態」
呂「」
班「…」
史「…また一人、救われたな」
班「史進殿…」
役人「全裸で、なにをしている?」
史「…」

第六話 突撃

班光「史進殿が裸の罪で囚われしまった…」
杜興「ここにいたか。班光」
班「杜興殿!」
鄭応「訳がわからねえよ」
班「鄭応殿も!」
杜「遊撃隊の落とし前は遊撃隊だけでつけろと、呉用殿に駆り出されたのだ」
班「心より御礼申し上げます」
鄭「史進殿は?」
班「また裸になり…」
杜「やれやれ…」

鄭「また訳のわからん説教を…」
班「史進殿を牢から救出しないと」
鄭「とっとと牢破りでもなんでも、力づくですりゃいいじゃねえか」
班「それは無謀です!」
鄭「臆病者め!それでも遊撃隊か!」
班「怯懦で言っているのではありません!牢破りをする準備だって、した後の退路だって考えないと…」

鄭「考えるのは性に合わねえ!」
杜「ならば一人で助けに行け、鄭応」
班「杜興殿!」
鄭「容易い!」
班「…行ってしまった」

賀太守「…」
鄭(ありゃ太守か?)
賀「…」
鄭(あいつを脅せば、史進殿を解き放つはずだ!)
賀「…」
鄭「突撃!」

史進「それで?」
鄭「ご覧の有様です」
史「馬鹿め」

杜「鄭応が囚われたか」
班「言わんこっちゃない…」
杜「物は考えようだぞ、班光?」
班「それは?」
杜「鄭応が史進と同じ牢に連れて行かれたら、わしらが来ていることは伝わるじゃろう?」
班「確かに」
杜「鄭応は馬鹿だが腕は立つ」
班「あの二人なら、武器があれば牢破りするのも容易いですね」
杜「では外を受け持つ我らの策を考えるとしよう」
班「はい!」

第七話 秘策

杜興「史進の破廉恥だけなら銭でなんとかなりそうだったが…」
班光「鄭応殿が太守に殴りかかった罪は軽くはないですよね」
杜「しかし、ここの賀とかいう太守は、民からの反感を相当買っているぞ?」
班「そうなのですか?」
杜「噂話に耳を傾けていたら、太守の悪口の多いこと多いこと」
班「…」

杜「鄭応の馬鹿がしでかした事も、民からすれば義挙になるのだな」
班「分からないものですね」
杜「上手いことやれば民の力は借りれそうだな」
班「それに史進殿は、この街の覗き魔を撃退した実績があります」
杜「ふむ」
班「その点は我らが有利に働く所です」
杜「うまく知恵を使えば逃せそうだの」

班「太守の評判が悪いと言うのは?」
杜「どうも街中の女を物色しては、自分の妾にする色魔らしい」
班「…梁山泊らしい事をしたくなりますな、杜興殿」
杜「…そうしたいのも山々だがの、班光」
班「杜興殿?」
杜「生憎梁山泊の者は、この街に四人しかおらんのだよ」
班「…確かに」

杜「おまけに二人は下らぬ罪で囚われの身だ」
班「…」
杜「まずは二人を救出するのが先決だ、班光」
班「役所の場所は分かっていますが、牢の場所までは…」
杜「牢は役所の地下のどこかにあるのが相場だ、班光」
班「ならばその場所が分かり、二人に武器を届けることができれば…」
杜「…」

班「そんな都合よく行くわけありませんよね…」
杜「それで良いのだ、班光」
班「杜興殿?」
杜「最善策を考えるために、最良の道筋を描け」
班「最良の道筋?」
杜「例えば、馬鹿二人は牢から解放さえすれば、勝手に出てくるはずだ」
班「確かに…」

杜「史進の棒を届けることは出来なくても、奴らなら警護兵からぶん奪って大暴れする絵が見えないか、班光?」
班「よく見えます。杜興殿」
杜「幸いこの街は開封府や北京ほど大きくないから、牢屋といっても大したことはない」
班「…脱獄劇については、史進殿から色々聞いたことがあります」

杜「あの頃の一大事に比べたら、造作もないであろうよ」
班「しかし油断は禁物です。杜興殿」
杜「…史進にはもったいない副官だ」
班「?」
杜「そしたら牢屋に潜入する者がいて、二人を解き放てばどうにでもなるな」
班「その牢屋に潜入する者がいないと…」

杜「呉用殿から致死軍と戴宗の手の者に頼る事を禁じられておるから、そこが骨だの」
班「まあ、そうですよね…」
杜「潜入が得意な者、か」
班「…杜興殿」
杜「どうした?」
班「太守は色魔と言っておりましたよね…」
杜「酷いらしいぞ」
班「…私に心当たりが」
杜「女か?」
班「私がお願いをしに行って参ります」
杜「隅におけんの、班光」
班「冷やかさないでください。杜興殿」
杜「…すまぬ」

班「また来たは良いが…」
李瑞蘭「班光ちゃん!」
班「いつの間に!」
李「史進は?」
班「それが…」
李「…本当に馬鹿ね」
班「李瑞蘭殿」
李「なあに?」
班「お願い申し上げます」
李「…聴こうじゃない」

李「…」
班「貴女の命は、私の命をもって守ることを誓います」
李「…返せそうね」
班「李瑞蘭殿?」
李「楽しそうじゃない」
班「遊びではありません!」
李「本当に真面目ね、班光ちゃん」
班「命に関わる事ですよ!」
李「大丈夫よ」
班「そんな甘い話では…」
李「貴方が守ってくれるんでしょ?」

班「勿論です!」
李「じゃあ問題ないわ!」
班「そんな簡単に決めて良いのですか、李瑞蘭殿?」
李「…借りが、あるからね」
班「…?」

班「お越しいただきました」
李「あら〜」
杜「!!」
班「杜興殿?」

李「…私があの下郎の屋敷に行って、牢屋から馬鹿二人逃せばいいのね?」
班「屋敷に?」
李「昔、あの下郎のお世話をしてやったことがあるのよ」
班「…」
李「牢屋があったのも、場所もよく覚えてる」
杜「…あんた、何者じゃ?」
李「昔のことバラすわよ、お爺ちゃん?」
杜「」
班「昔?」
杜「黙れ、班光」
李「鍵も牢番が持ってるから、あなたならなんとかなるでしょ、班光ちゃん?」

班「はい!」
李「じゃあ、善は急げでさっさと行く?」
杜「…」
李「それとも、せいては事を仕損じるかしら?」
杜「…わしはもう荒事は出来んから、一旦後者にしよう」
李「了解!」
班「…李瑞蘭殿?」
李「どうしたの?」
班「なぜ、愉しそうなのですか?」
李「…そう見えるだけよ、班光ちゃん」

杜「屋敷に行くのは、班光と李瑞蘭殿」
班「はい!」
李「私の命は貴方のものだからね、班光ちゃん!」
班「…はい」
杜「わしは、やれる事を準備しておくよ」
李「無理しないでね、お爺ちゃん」
杜「こんな時のための、冊子の出番さ」
班「…それはなんですか?」
杜「史進の兄貴分の兵法書だ、班光」

史「なぜ分からぬのだ!鄭応!」
鄭(公共の羞恥ってどういう意味だよ…)
史「一からやり直しだ」
鄭(もはや拷問だ)
賀太守「馬鹿どもは梁山泊の者だそうだな」
史「黙れ色魔」
賀「お前は九紋竜だと名乗っていたが、竜はどこに行ったのだ?」
史「羞恥に身を宿した結果、天に逃げられたのだ」
賀「?」

鄭「俺たちをどうするつもりだ!」
賀「無論処刑する」
鄭「!」
史「ほう…」
賀「梁山泊の者の処断は、都の許可無く行っても良いのだ」
史「貴様、青蓮寺か」
賀「いかにも」
史「…小物か」
賀「なんだと!」
史「正直に答える馬鹿だから、辺鄙な街の名誉職なんだろう、小物?」
賀「やかましい!」

史「悔しかったら、今お前が殺すか?」
賀「殺してやろうか!」
史「今が絶好の機だぞ?こんな機は今しかないぞ?」
賀「…沙汰を待て」
史「…な?小物だろう、鄭応」
鄭「…杜興の爺たちは、助けに来てくれるでしょうか?」
史「気長に待とう」
鄭「でも、処刑されるって…」
史「その時はその時だ」

第八話 奇襲

李瑞蘭「ここよ」
班光「なんか嫌な屋敷ですね」
李「いい勘してるわね、班光ちゃん」
班「その班光ちゃんって言うのは…」
李「史進くらい強くなったら呼び捨てにしてあげるわよ、班光ちゃん」
班「…善処します」
李「じゃあさっさと馬鹿二人の面を拝みに行ってやりましょう!」
班(やはり愉しそう)

李「あの門番が邪魔ね」
班「そうですね」
李「お兄さん!」
班(瑞蘭殿!?)
李「ちょっとお願いが…」
門番「…なんだ姐さん」
李「もしよかったら…」
門「おう…」
李「死んでくれない?」
門「」
班「!?」
門「お前、何を!」
班「瑞蘭殿!」
李「!」
兵「」
班「!?」
李「約束が違うじゃない、班光ちゃん」
班「…貴女、闘えるのですか?」
李「坊やを手玉に取る程度にはね」

班「…」
李「下郎はどうせ、今夜もしたたかしてるんでしょうね」
班「ならば彼女たちも助けないと」
李「班光ちゃん」
班「…今は史進殿と鄭応殿でした」
李「分かればよろしい」
班「しかし口惜しい…」
李「…」
班「なぜこんな無道がまかり通るのだ…」
李「…杜興のお爺ちゃんに期待しましょう」

班「…」
李「あら、誂えたように牢番が」
班「!」
牢番「!?」
李「…班光ちゃん」
班「これ以上、貴女の手を汚すわけにはいきません」
李「…こんだけあれば、きっと何とかなるわね」
班「でももしも、錠が解けなければ…」
李「そん時は片腕ぶった斬るんじゃない?」
班「瑞蘭殿!?」
李「…冗談よ」
班「…こんな事態でも警護一人出てこないとは」
李「そんだけの馬鹿なのよ。下郎の色魔だからね」
班「屋敷の入り口は…」
李「任せて」

賀「〜したたか〜○」

班「反吐が出る…」
李「…静かに、班光ちゃん」
班「…」
李(本当に優しいのね)
班「…まさか、この階段の下?」
李「ね?馬鹿でしょ?」

班「もう着いてしまった…」
李「案ずるが産むが易しってね」
班「史進殿!」
李「ご機嫌様!」
史進「瑞蘭!?」
鄭応(女!?)
李「また会えたわね!」
史「なぜここに!」
李「班光ちゃんに口説かれたのよ」
班「解けた!」
史「俺の側から離れるなよ、瑞蘭」
李「…ありがとう」
班「…」
鄭「一体あの女は誰なんだよ、班光?」

史「民が?」
民「太守をクビにしろ!」
民「全裸の救世主を解き放て!」
民「都に訴えるぞ!」
賀太守「何事だ!」
民「見苦しい色魔め!」
民「血祭りにしろ!」
賀「!?」
史「喧騒に紛れれば…」
李「史進!」
史「瑞蘭?」
李「手」
史「おう」
李「離さないでね」
史「言うまでもねえ」
李「…」
班「鄭応殿!こっちです!」
鄭「訳が分からねえ!」

史「乱雲!」
乱雲「!」
杜興「…わしが出来るのはこんなもんだ、小僧」
史「杜興!」
杜「礼ならわしの神機軍師に言うんだな」
史「…恩にきる」
杜「とっとと竜を取り戻さんか、恥知らずが」
史「せいぜい長生きしろ、糞爺」
鄭「…俺たちは梁山泊に帰りますぜ」
史「行くぞ!班光!」
班「はい!」

史「乗れ!瑞蘭!」
李「…いいの?」
史「当たり前だ!早くしろ!」
李「…」
史「助かったぞ!瑞蘭!」
李「史進!」
史「どうした?」
李「あの時青蓮寺にたれ込んだのは私!」
史「そうか」
李「私も青蓮寺の間者だった!」
史「なるほどな」
李「借りは返したからね!史進!」
史「ありがとよ!」

第九話 今生

史進「やれやれ」
李瑞蘭「史進」
史「瑞蘭?」
李「あんた。あの着物は?」
史「!」
李「九紋竜と呼ばれるあんたが、まさかまた無くしちゃったんじゃないでしょうね?」
史「それは」
班光「私がもってます」
李「あら」
班「史進殿が変態に説教される時、邪魔にならぬよう回収しておきました」
史「班光…」

李「さすがね」
班「…それほどでも」
李(でもそのせいで捕まったんじゃないかしら、史進)
史「そういう所だけは、敬意を表するぞ。班光」
班「史進殿…」
史「そういう所だけだがな」
班「…私だって史進殿が脱ぐ所以外は、心からの敬意を評しますよ!」
史「生意気な!」
李「…本当にいい二人組ね」

史「そろそろ竜虎山かな」
李「別れ道ね」
史「…そうだな」
李「班光ちゃん!」
班「…」
李「史進は寂しがり屋さんだから、絶対あなたが先に死んだら駄目よ」
史「俺が寂しがり屋なものか!」
班「私だって死にませんよ!」
李「…やれやれ」
史「瑞蘭」
李「…」
史「達者でな」
李「あなたもね!」

史「…」
班「…」

史「鱗が…」
班「無謀、臆病、怯懦」
史「お前たちの策で手に入ったのかな」
班「史進殿も?」
史「俺もいつの間にか手にしていた」
班「不誠、卑怯に、変態…」
史「あの覗き魔を打ちのめした時にな」
班「もう一枚ありました」
史「なんだ?」
班「不敬」
史「腐刑!?」
班「違います!不敬です!」

史「驚いた…」
班「敬意を示したことなど…」
史「皆まで言うな。班光」
班「!」
史「…そんな事で不敬の鱗が手に入るとは」
班「ところで、腐刑にされかけた事があるのですか?」
史「寸前まで行ったことは、何度もある」
班「…」
史「まず初めにされかけたのはな…」
班「そこまで聞いてません」

史「羞恥以外の鱗は揃った」
班「無謀、臆病、怯懦」
史「躊躇い、変態」
班「不誠、卑怯、不敬」
史「思い出した!」
班「それは?」
史「俺は竜に逆鱗を刻むとき、戦、人、裸の三箇条で三枚の逆鱗を刻み込んだのだ!」
班(なぜ裸が含まれるのか…)
史「この俺が、こんな大事なことを忘れていたとは」

史「戦の鱗は、無謀、臆病、怯懦」
班「史進殿らしいですね」
史「人の鱗は、不誠、不敬、卑怯」
班「ここまでは、よく分かります」
史「そして裸の鱗は…」
班「…」
史「躊躇い、変態。そして、羞恥だ」
班「はあ…」
史「この三ヶ条を」
班「…」
史「戦恥人としたのだ!」
班(ツッコミきれない…)

班「しかし、羞恥の鱗がまだ見つからないのは何故でしょう?」
史「それはきっと、竜虎山で九紋竜と立合えば得られるのではないかな」
班「しかし、本当に竜と虎が凌ぎを削り合う山なんてあるんですか?」
史「…ここまで来て思ったのだが」
班「はい」
史「信憑性は、かけらもない話だぞ?」
班「…」

史「その勢いで旅に出た、俺も俺だが」
班「…」
史「お前もお前だな、班光」
班「…」
史「こんな時、どんな顔をしようか。班光」
班「…笑いましょう、史進殿」
史「笑ってる場合か!馬鹿め!」
班「すごく笑ってるじゃないですか!史進殿!」
史「もう一つ、今更思ったことがある」
班「それは?」

史「ここは、どこだ?」
班「…それは、史進殿が?」
史「囚われた俺が道を分かるわけないだろう!」
班「私は史進殿が、竜虎山の道を知っていると…」
史「俺は班光が、竜虎山の道を調べた上で駆けているのかと…」
班「…」
史「…班光」
班「…はい」
史「もうひと笑いするか!」
班「…ですね!」

第十話 竜虎山

史進「幸い杜興の爺と鄭応から巻き上げた銭はある」
班光「こちとらなりふり構ってられませんからな」
史「さて、どうしたものか…」
班「…史進殿。あの階段はなんでしょう?」
史「おや?」
班「ずいぶん険しく高い階段だ…」
史「…」
班「史進殿?」
翁「おい!若造!」
班「!?」
史「何者だ、爺」

班「史進殿。言葉が…」
翁「わしをおぶってこの階段を登ってくれ」
史「班光」
班「私が?」
史「俺の背には、女か師匠しか乗せん」
班「…どうぞ」
翁「気の利く小僧じゃ」
史「…乱雲はどうしようか」
班「私の馬も…」
翁「なんとかしてやろう」
班「…どうやってですか?」
翁「いいからおぶれ」

史「遅いぞ、班光」
翁「早く登らんか、小僧」
班「待ってください…」
史「戦に待ては無い」
翁「これは試練だと思え」
班「だんだん、お爺さんが、重くなっているような…」
史「そんなわけないだろう、班光」
班「…失礼いたしました」
翁「…」
史「だんだん重くなる、か」
班(…絶対に重いぞ?)

史「なあ、班光」
班「…はい」
史「俺の背負っているものも、だいぶ重たいんだがな…」
班「…」
史「楊令殿が背負っているものは、どれだけ重たいのだろうな…」
班「…」
翁「貴様ら如きが背負えるものか、若造」
班「お爺さん!?」
史「…違いない」
班(あれ?)
翁「歩みが遅い!小僧!」
班「…」

史「置いてくぞ、班光」
班「…善処します」
史「善処じゃない。全力を尽くせ、班光」
班「!」
史「それだからお前は、いつまでたっても副官止まりなのだ」
班「…」
史「お前が器用なのは認めている」
班「…」
史「だがそれでは、便利屋で終わってしまうぞ」
班「…そのお言葉、胸に刻みこみます」

史「おう。見事な景色だ」
翁「もう少しだぞ。小僧」
班「足が…」
翁「限界か?」
班「…なんの」
翁「…やれやれ」
班「あれ?」
翁「…」
班(軽くなった?)
翁(六段の借りじゃ、小僧)
班「六?」
翁(六に用心せよ)
班「?」
翁「他言してはならぬ」
班「お爺さん?」
翁「」
史「…早く来い、班光」

班「すぐに!軽くなったので!」
史「軽くも何も、班光」
班「はい」
史「誰を担いでいるのだ?」
班「!?」
史「階段の怪談だな」
班「笑えません!」
史「…母上の話の通りだ」
班「…それは?」
史「竜虎山には長くて急な階段があり…」
班「…」
史「それを登って、天師に会いに行った役人の話だ」

史「お前が背負ったのは、役人か天師じゃないか?」
班「脅かさないでください!」
史「…それでこの話には続きがあってな」
班「なんですか?」
史「ちょうどお前のいる茂みの辺りからかな…」
班「…はい」
史「虎が出る」
虎「!!」
班「!?」
虎「!!」
班「何という跳躍!」
史「おう、お前か」

班「史進殿!?」
史「久しぶりだな」
虎「…」
史「この虎はよく知っている」
班「…虎に知り合いが?」
史「跳澗虎だろう、お前?」
跳澗虎「!!」
班「…」
史「…すると次に出るのは」
蛇「!!」
班「白い大蛇が!」
史「いちいち狼狽えるんじゃない、班光」
班「狼狽えるに決まってるでしょう!」

史「こいつを黙らせろ、白花蛇」
白花蛇「!!」
班「!?」
史「…俺の友だ、班光」
班「跳澗虎殿と白花蛇殿?」
虎「!!」
蛇「!!」
史「どうやらここが竜虎山で間違いないようだ」
班「虎と蛇を従わせるとは、さすが史進殿」
史「…お前は友を従わせる男なのか、班光?」
班「…失礼いたしました」

史「案内してくれるか、跳澗虎?白花蛇?」
跳「!」
白「…」
班「?」
史「置いてくぞ、班光!」
班「すぐに!」
史「お前のすぐには、いつも一呼吸遅い!」
班(…あのお札だらけの空いた祠はなんだろう?)

翁「あいつは、天微星のようですな、天師様」
?「今回の運命を占ってみるね、洪信!」

第十一話 少華山遊撃隊

史進「おう。厄介な石積みが」
班光「登れるか?」
史「跳んでくれ!跳澗虎!」
跳澗虎「!!」
班「史進殿!ずるい!」
史「俺と跳澗虎の仲だ」
白花蛇「…」
班「どうしましょう。白花蛇殿」
蛇「…」
班「なんだ?」
蛇「!」
班「凄い追い風が!」
史「…」
班「ぶつかる!」
史「…よう、小遮攔」

班「…私はこの石積みを体当たりで壊したのですか?」
史「風に乗り、遮るものをなぎ倒すか…」
虎「…」
蛇「…」
史「中遮攔にはなれたのか?」
班「痛い…」
史「こいつじゃまだまだ小遮攔だな」
班「すごく痛いです。史進殿」
史「生きてるからだ、班光」

史「迷路か」
彪「…」
班「おや、この猫は?」
史「さては金眼彪だな?」
金眼彪「是!」
史「道を教えてくれ」
彪「前」
史「行くぞ、班光」
班「この猫の言う通りに行くと良いのですか?」
彪「罠!」
史「止まれ!」
班「!?」
蛇「!」
班「…助かりました。白花蛇殿」
史「分かってきたぞ、班光」

班「一体誰がこんな迷路を…」
史「こんなのを作るのが好きな奴がいた…」
班「…今度こそ出口ですよね?」
史「ああ」
神機軍師「…」
史「八陣図ってやつか?神機軍師」
神「是」
史「もう少し手加減しろよ」
班「ボロボロです…」
神「…」
史「兵法書は役立ってるぜ」
神「諾」
史「…じゃあな!」

史「頂が近いな」
班「そうですね」
史「…ここに来て難所だ」
班「…この谷底を飛び越えるのですか?」
史「お前なら行けるだろう?跳澗虎?」
虎「!!」
史「よし。班光と白花蛇と金眼彪を乗せてやってくれ」
班「史進殿!?」
史「この程度の谷底を飛び越えられないで、九紋竜を名乗れるわけがない」

班「…よろしくお願いします。跳澗虎殿」
虎「!!」
班「さすが見事な跳躍!」
史「おう。小遮攔も吹き始めた」
班「史進殿!」
史「行くぞ!班光!」
班「…」
史「!!」
班「危ない!」
史「ギリギリだな」
班「早く登って…」
史「!?」
班「史進殿!」
史「着物が!」
班「やってる場合ですか!」

竜「!!」
史「…来てくれると思ったぞ、出林竜」
出林竜「…」
班「着物までキチンと…」
史「死ぬかと思った」
班「着物をありがとうございます。出林竜殿」
史「俺の心配はどうした、班光」
班「さて?」
竜「…」
班(さっきから、皆さんの私を見る目が妙に優しい)
史「よし。頂への道が見えたぞ」

班「ついに、九紋竜と…」
史「いかにも竜が出てきそうな頂だな、班光」
班「それで、どうするのですか?」
史「羞恥の鱗を取り戻せば、俺の身体に竜が戻るだろう」
班(そんな事のために、何度も死にかけるなんて…)
虎「…」
蛇「…」
彪「…」
竜「…」
班(私と同じ目をしている…)
史「よし。行こうか、班光」

史進「ここまでありがとよ!お前ら」
跳澗虎「!」
白花蛇「!」
金眼彪「!」
出林竜「!」
史「また会えて、本当に嬉しかったぞ」
虎「!」
蛇「!」
彪「!」
竜「!」
史「達者でな!」
虎「!」
蛇「!」
彪「!」
竜「!」
史「…おう、良い追い風だな、小遮攔」
班光「行きましょう!史進殿!」

最終話 天微星 九紋竜 史進

九紋竜「…」
史進「久しぶりだな、九紋竜」
班光(…なんという迫力)
竜「逆鱗を揃えてきたか、我が主よ」
史「八枚だがな」
竜「あと一枚は?」
史「羞恥だ」
竜「なるほど」
班「…」
竜「外せ、御竜子」
班「あだ名を!?」
史「班光」
班「…」
史「俺にだって羞恥はある。外してくれ」
班「…はい」

班「…大丈夫かな」
童「覗いちゃダメ!」
班「!?」
童「君には見えないのかい?」
班「…君は誰だい?」
童「…そうか。君は星の者たちではないんだね」
班「星の者?」
童「僕のことは忘れて!」
班「そんな事より君は…」
童「♪〜笛〜♪」
班「…」
童「…今回は随分と、天微星に厳しい運命だな」

史進「…」
九紋竜「問うぞ。史進」
竜「汝の羞恥とは?」
史「…俺は、死ぬのが、誰よりも怖い」
竜「…」
史「梁山泊の奴らはな。みんな躊躇わずに、死を選ぶような奴らなんだよ」
竜「…」
史「俺たちを助けるために、自分一人の命で済むのならば、と喜んで死を選ぶような奴らばかりさ…」
竜「…」

史「奴らの死を知るたびに、俺は、いつも一人で泣いている」
竜「…」
史「頼むから、死なないでくれ、と。どうして俺よりも、先に死んでしまうんだ。また寂しくなってしまったじゃないか、と」
竜「…」
史「泣くたびにそう思う。だから俺は、戦のたびに、誰かが死ぬのが怖くてたまらない」
竜「…」

史「勿論奴らだけではない。兵の一人一人だって、一人一人の命がある。誰一人も死んでほしくない。死ぬ理由もない。それでもな、そんな兵たちを率いて戦をしなければならないのが、俺たちだ」
竜「…」
史「人は死ぬ、と林冲殿は言われた。その通りさ。誰だって老いぼれれば、死ぬだろう?」
竜「…」

史「俺はそんな風にな。全員が幸せに、老いぼれて死ねる世になればいいと思っているのに、そう思いながら戦をしなければならない」
竜「…」
史「全員が幸せに老いぼれて死ねる世になればいいと思いながら、俺は何人の人たちを、敵だから、と自分に言い訳して、己の手で殺してきただろうか」
竜「…」

史「命知らずの遊撃隊大将が、死ぬのが怖いなんて誰一人として思ってもないだろう」
竜「…」
史「だがな、九紋竜」
竜「…」
史「俺は、自分自身が死ぬのが、誰よりも怖いんだ」
竜「…」
史「だからかな。そんな俺が、今まで生きているのが、とても恥ずかしい」
竜「…」
史「それが、俺の、羞恥だ」

竜「愚かなり、史進」
史「…」
竜「その羞恥を己に刻みつけ、生きよ」
史「…」
竜「貴様の願いなど、微々たるものだ」
史「…」
竜「その微々たる願いを己で叶えんがために、生き続けるのだ」
史「…」
竜「生きて、その眼に、刻みつけよ」
史「…」
竜「死ねぬぞ。その世を見届けぬ限り」
史「…」

竜「史進」
史「…」
竜「貴様の生は、山から始まった」
史「…」
竜「貴様の生は、山で終えるであろう」
史「…」
竜「降りるぞ。史進」
史「…」
竜「汝の身体に再び刻みつけられようぞ」
史「…」
竜「乗れ」
史「ありがとう。九紋竜」

班「…眠っていた」
史「!!」
班「!?」
史「おう。班光!」

班「史進殿!置いてかないでください!」
史「すまんな、すっかり忘れていた」
班「なぜここまで来て、私を忘れられるのですか!」
史「それどころじゃなかったからな」
班「全く!」
史「班光!」
班「なんですか!」
史「…見届けような」
班「…」
史「…」
班「はい!」

楊令「…」

李瑞蘭「…」

史「乱雲!」
乱雲「!」
班「…元気になっている」
史「爺のおかげかな」
班「…」
史「おう。竜が」
班「やはり史進殿にはこれですね」
史「全身に刻まれているか、くまなく確認しろ、班光」
班「ここぞとばかりに脱がないでください!」
史「ならば指の間から覗くな!助平!」
班「覗いてません!」

史「…」
班「…」
史「…それじゃあ班光」
班「はい」
史「帰るとするか!」
班「了解です!」

杜興「きびきび働かんか!鄭応!」
鄭応「銭が無いってのは、こういう事なのか…」
店主「無銭飲食たあ、図々しい野郎どもだ!」

史「…」
班「…」
史「…それで、梁山泊はどっちだ?」
班「…さあ?」

人物紹介

史進(ししん)…方向音痴にも程があるぞ!班光!
班光(はんこう)…結局褚律殿に見つかって助けられましたな。

楊令(ようれい)…史進に再び刻まれた竜の刺青に、思わず涙ぐんだ。
張平(ちょうへい)…楊令の命で史進を祝う鉄笛を吹かされた。
呉用(ごよう)…さて。史進と班光の罰を考えようか、褚律。

杜興(とこう)…帰り道鄭応におぶられて、梁山泊に帰った。
鄭応(ていおう)…路銀を史進に分捕られたせいで、帰り道農家の手伝い等をしながら、這々の体で梁山泊に帰った。

呂英(りょえい)…泣きながらねぐらに帰って、一月寝込んだ。

賀太守(がたいしゅ)…青蓮寺に呼び出されて帰ってこない。

李瑞蘭(りずいらん)…空に竜が飛んでいるのを見た気がした。

神機軍師(しんきぐんし)…罠と陣形大好き軍師。智多星が瞬くとなお良し。
跳澗虎(ちょうかんこ)…跳躍自慢の虎。挿翅虎と良い勝負。
白花蛇(はっかだ)…気の利く白蛇。中箭虎の天敵。
小遮攔(しょうしゃらん)…気のいい追い風。没遮攔じゃ強すぎる。
金眼彪(きんがんひょう)…気配に敏感な彪。行者に懐く。
出林竜(しゅつりんりゅう)…林から出る竜。独角竜と仲良し。

九紋竜(くもんりゅう)…竜虎山首領の一角。あとは入雲竜と混江竜。

翁(おきな)…竜虎山の案内人。その名は、洪信。
童(わらべ)…竜虎山の主。道名は、張天師。

すいこばなしは、作者のtwitterにて連載中です。 
今回のお話のご意見やご感想等々、こちらまでお寄せいただけると、とても嬉しいです。

お読みいただき誠にありがとうございました!

中学生の頃から大好きだった、北方謙三先生大水滸シリーズのなんでもあり二次創作です!