見出し画像

照夜玉闇より疾く

第一話

段景住「今日も独りだな、お前は」
赤光「…」
段「いつまで独りで駆けているのだ?」
赤「…」
皇甫端「もうよせ、段景住」
段「だけどよ…」
皇「嫌がっているのが、分からんか?」
段「分かる。分かるがな」
皇「…」
段「…それでも見てらんねえで、関わりたくなる気持ちってのは、お前には分からねかな?」
皇「いや、よく分かるよ」
段「だったら」
皇「そして、それが自身の満足にしかならんのも、分かってるんだろう?」
段「それを言っちまったら…」
皇「主人を亡くした馬は赤光だけではないぞ、段景住」
段「…そうだよな」
皇「段景住よ」
段「…」
皇「赤光は月が似合うのを知っているか?」
段「月が?」
皇「夜に会ってみるといい」
段「…気が向いたらな」

?「そこの商人」
?「…」
?「お前だ、片腕の商人」
?「私、ですか?」
?「忘れたか、俺を」
?「商人になった前のことは、全て」
?「今の名は?」
?「今の、というのがよく分からないのですが」
?「…」
段亭「段亭と申します」
?「今は、な」
段「おっしゃる意味が、分かりません」
?「よく言う」
段「…」
蘇定「蘇定だ。覚えているだろう?」
段「はじめまして、蘇定殿」
蘇「白々しいのは相変わらずか」
段「…ところで、なんのお話ですか?」
蘇「なんの、とは?」
段「商いのお話ですか?」
蘇「…勘に触る男だ」
段「申し訳ございませんが、おっしゃる意味が…」
蘇「俺を覚えておけ。それだけでいい」
段「かしこまりました、蘇定殿」
蘇「…」
段「商いの話がございましたら」
蘇「それは無い」
段「失礼いたしました」
蘇「今はな」
段「…」
蘇「…」

柴進「段亭、今の男は?」
段「…武人の方でした」
柴「縁のある男か?」
段「いいえ」
柴「そうか」
段(今は…)
柴「段亭?」
段「失礼しました。柴進殿」

?「あの商人は?」
蘇「あいつのことを、決して忘れるな」
?「殺すのか?」
蘇「忘れないだけでいい。それ以上はするな」
?「…」
蘇「ひとつ教えておくが」
?「?」
蘇「お前の相手になる男ではない」

段景住「そういえば、月夜で赤光を見た事はなかったな」

段「今日のお月さんは綺麗なはずだ」
赤光「…」
段(なんだよ、あれは)
白光「…」
段(こんな美しい馬を見たことねえ)
赤「…」
段「なんで俺のところに来るんだよ?」
赤「…」
段(ああ…この感じは、なんだったかな)
赤「…」
段(抑えろ、段景住!)
赤「!」
段(ちょっとだけ、ほんのちょっと外を駆けるだけだ!)
赤「!」
段「行くぞ、赤光!」

段(何も考えらんねえ)
赤「!」
段(馬に乗るってのは、こんなに気持ちいいものだったかな?)
赤「!!」
段「もっと駆けろ!赤光!」
赤「…」
段「赤光?」
?「やかましいな」
段「!?」
?「なんだ。馬泥棒か」
段(ああ、思い出した)
?「見事な白馬だ」
段(この感じ、初めて馬を)
?「もらって行こう」
段(盗んだ時だった…)

段「」
?「段景住!?」
段(ああ、俺は死んだんだ)
?「…この矢は抜かない方がいいな」
段(身体が、持ち上がったよ)
?「安道全先生の所へ!」

?「この馬は?」
蘇定「馬泥棒が駆け回っていた」
?「すげえ馬だな!」
蘇「天からの授かりものかな」

第二話

段景住「…ここは?」
皇甫端「目覚めたか、段景住」
安道全「命に、別状はなさそうだな」
薛永「神医のおかげだろう」
段「…なんで俺は、養生所にいるんだ?」
皇「礼を言え」
郁保四「俺が運んだんだよ、段景住」
段「郁保四が…」
郁「…見ていたよ、段景住」
段「…追いかけてくれたのか?」
郁「牧で嫌な気がしたんだ」
段「…ありがとう、郁保四」
郁「全然追いつけなかったけどな」
段「ありがとう、本当に」
郁「…泣いてもしょうがないぞ、段景住」
段「ああ、そうだよな」
郁「養生したら、一緒に宋江殿の所へ行くからな」
段「…分かった」

段景住「…段景住、出頭しました」
郁保四「郁保四も共に」
宋江「段景住」
段「はい…」
宋「お前にこの剣を授ける」
段「…この剣は」
宋「晁蓋の剣だ、段景住」
段「そんな大切な剣!俺ごときが持ってはいけません!」
宋「この剣を持って、赤光を取り戻してくるのだ」
段「…」
宋「郁保四も共に行け」
郁「はい」
段「宋江殿」
宋「…」
段「必ず、赤光を連れて帰ります」
宋「おう」
段「!!」
宋「…」
段「この血が証です」
宋「よく分かった」
段「連れて帰れなかった暁には」
宋「よい、段景住」
段「…」
宋「信じているぞ」

第三話

瓊英「義父上。葉清よりご報告が」
鄔梨「聞こう」
葉清「…」
鄔「泣いているのか、葉清?」
葉「いいえ、鄔梨様」
鄔「本当かな?」
葉「…」
鄔「葉清」
葉「…もしも、泣いていいのなら、泣き終わった後でご報告に参ります」
鄔「分かった。葉清。泣いてきなさい」
葉「よろしいのですか?」
鄔「人間の感情を解き放つのに許可が必要かな、葉清?」
葉「…今、ここで暫し泣かせていただきます」
鄔「瓊英。葉清の元へ導いてくれぬか」
瓊「はい」
鄔「…ここだな、葉清」
葉「…あんまりです。鄔梨様」
鄔「話は後で聴く」
葉「…」
鄔「今は葉清の感情の方が大切だ」
葉「…申し訳ございません、ありがとうございます」
鄔「詫びも礼もいらないよ」
葉「…」

鄔「葉清の哀しみと、怒りと恐怖が、聴こえるな」
葉「…はい」
鄔「目が見えないのは難儀な事ばかりではないな、瓊英」
瓊「…」
鄔「耳をすますと、お前の感情も聴こえてくる」
瓊「義父上…」
鄔「仕様がないとはいえ、奴らの恨みは高くついただろうな」
瓊「…私も、恐ろしいです。義父上」
鄔「梁山泊の手を借りるわけには、いかないか」
葉「そんなことは!」
鄔「私の罪で、梁山泊を巻き込むわけにはいかない」
瓊「張清様のお力も?」
鄔「お前の礫が張清の代わりだ、瓊英」
瓊「しかし…」
鄔「張清の力は借りられぬが、彼らの力は借りてもいいかな」
葉「あの二人を!」
鄔「既に密書を出したのだろう、瓊英?」
瓊「…お一人には」
鄔「もう一人には出さずともよい」
葉「出したくても居場所が分かりませぬからな」
瓊「大丈夫でしょうか…」
鄔「雲を捉えようと思うな、瓊英」
葉「まずは今いる一人と策を練りましょう。お嬢様」
瓊「そうですね」
鄔「その前にだ、葉清」
葉「はい」
鄔「我らの友、耿恭を弔おうか」
葉「…はい」

山士奇「相変わらず美味いな、叔父貴!」
黄越「俺らの軍で賄いやってくれよ!」
?「俺はこの店がいいんだ、黄越」
山「張清殿と並ぶ将に何言ってんだ!」
黄「それで軍人辞めて料理人選ぶんだもんな」
?「俺の人生だ。構わんだろう?」
山「また稽古してくれよな!」
黄「ツケといてくれ、叔父貴!」
?「馬鹿言うんじゃねえ!」
黄「今日だけは勘弁してくれ、卞祥叔父貴!」
山「こいつ闇の博打場でしこたま持ってかれやがったんだ」
卞祥「しょうがねえ。今日の皿。一枚も割らずに洗ってのけたら、勘弁してやる」
黄「任せろ、叔父貴!」

?「空が綺麗だねえ」
店主「観念しろ、食い逃げ」

第四話

鄔梨「梁山泊はどんなところかな、瓊英?」
瓊英「美しい緑と、広く静かな湖畔が広がっています」
鄔「お前とどちらが美しい?」
瓊「私など、及びません」
鄔「商いの話は任せたからな」
瓊「はい」
鄔「私に梁山泊に行く資格はないが」
瓊「そんなことはありません、義父上」
鄔「田虎の所で、私が何をしたか覚えているだろう?」
瓊「そうですけれど…」
鄔「私は、田虎の穢れだ」
瓊「…」
鄔「私の穢れで、梁山泊を醜くしたくない」
瓊「…そんなこと」
鄔「本当は、この水のほとりにいること自体、赦されないはずなのだから」
瓊「…これ以上ご自身を苦しめないでください、義父上」
鄔「…ここで待っているよ、瓊英」
瓊「護衛もいないのに…」
鄔「お前ほど美しい水のほとりに、刺客はいないさ」

鄔(目が見えなくても、美しさを全身で感じる)
?「そこの人!湖畔で何をされている?」
鄔「私ですか?」
?「趙林、舟を寄せてくれ」
鄔(唯ならぬ人がやってきたな)

盧俊義「盧俊義と申す」
鄔梨「なんと、玉麒麟盧俊義殿でしたか」
盧「…その両目は、鄔梨殿ですかな?」
鄔「いかにも。鄔梨と申します」
盧「趙林!鄔梨殿としばらく話す。目の届く所にいてくれ」
趙林「はい!」

盧「ここまで来て、梁山泊に入られないのですか?」
鄔「…舟に弱いのです」
盧「…不躾なことを訊いてもいいかな?」
鄔「なんなりと」
盧「あなたに何が起きている、鄔梨?」
鄔「…分かるのですか?」
盧「近々死ぬとなったら、勘が鋭くなるのかな」
鄔「あなた方とは関係のない諍いです」
盧「そうはいかない。済州の問題は、我らの問題でもある」
鄔「…原因が、我らの横暴による、自業自得で因果応報だったとしても?」
盧「話してみないか、鄔梨」
鄔「…」
盧「私は間も無く死ぬ」
鄔「…」
盧「お前の業の一つや二つ、引き受けて死ぬのも愉快ではないか」
鄔「…なぜ、私にそこまで?」
盧「昔の私ならば、お前が優れた商人だからと答えただろうが、今は違う」
鄔「…」
盧「お前はいい奴だ」
鄔「…」
盧「今の私には、それだけでいいのだよ」
鄔「身に余ります…」
盧「信じてもらえぬかな」
鄔「…盧俊義殿の信用があれば、北京の老舗など吹き飛びますな」
盧「今の私ならば開封府も牛耳ってやるさ」
鄔「頼もしい」
盧「二回死んで、ようやく私も肩の力を抜いて笑うことができるようになったのだよ」

鄔「田虎の元にいた時、我らは無力でした」
盧「…」
鄔「民への暴虐を、見て見ぬ振りをすることしか、できませんでしたから」
盧「そうか」
鄔「それどころか、私に至っては加担していたのですよ、盧俊義殿」
盧「…」
鄔「無知蒙昧の民が我らに逆らうな。そう思っていた私が、間違いなくいました」
盧「…」
鄔「そして私は、田虎の宮中に災いを招いてしまったのです」
盧「それは?」
鄔「…口にするのも恐ろしいのですが」
盧「…」
鄔「喪家の五虎という、災いを運ぶ者たちを仕えさせました」
盧「どういう者達だ?」
鄔「凄腕の間者です」
盧「…」
鄔「ことさら田虎は気に入ったそうで」
盧「…」
鄔「民への暴虐が更に酷くなったのも、それからでした」
盧「そうか」
鄔「魯達殿が、捕われた私の元に来た時」
盧「…」
鄔「目を抉り出すことを頼んだのは、私です」
盧「…」
鄔「二度とこの目に光が見えてはならない。そう思ったのですよ」
盧「…痛かっただろうな」
鄔「私のせいで、民がどれだけ死んだと思われていますか?」
盧「…そうだとしても、お前にだって光は差すだろう?」
鄔「…どういう意味ですか?」
盧「今のお前を覆っている闇に、少しづつ差し始めているのではないかな?」
鄔「…少しだけ、身体の中が暖かくなりましたが」
盧「それだよ、鄔梨」
鄔「…」
盧「我らの光は、心に差すのだ」
鄔「…こんな私が、もう一度光を浴びてよろしいのですか?」
盧「勿論だ、鄔梨」
鄔「…なんと暖かい」
盧「今よりお前の業は、この玉麒麟が引き受けた」
鄔「…こんなことが」
盧「おう、鄔梨よ」
鄔「はい」
盧「涙も一緒に取り戻したな?」
鄔「そんな馬鹿な…」
盧「よい。しばらく私はここにいようか」
鄔「…」

第五話

盧俊義「喪家の五虎という者について教えてくれ」
鄔梨「曽塗という長兄の元、活動している兄弟です」
盧「何が得意なのかな?」
鄔「次兄の曽密は間者、三男の曽索は情報探索」
盧「ふむ」
鄔「四女の曽魁は末弟の曽昇と組んで、色仕掛けで人を誑かしていました」
盧「長兄の曽塗という者は?」
鄔「それが、分からぬのです。盧俊義殿」
盧「分からぬとは?」
鄔「私は一度も会ったこともなく、いるのかどうかすらあやふやな者でした」
盧「それは厄介だな」

鄔「この五人が、私の部下の耿恭という者を殺しました」
盧「確か正直な商人だったな、その男は」
鄔「…これから伸びる男だったのですがね」
盧「喪家の復讐の手が、お前に及びそうなのだな」
鄔「そういうことです」
盧「梁山泊の者の力は借りれるだけ借りるといい」
鄔「私にも頼りになる者が五人いました」
盧「その者は?」
鄔「瓊英と執事の葉清」
盧「おう」
鄔「済州の定食屋の卞祥はご存知ですか?」
盧「あの巨漢だな」
鄔「万夫不当の豪傑です」
盧「あとの者は?」
鄔「一人は雲隠れしており、もう一人が耿恭でした」
盧「そういうことか…」
鄔「雲もいずれ動くでしょうが」
盧「なんという者かな?」
鄔「唐斌という流浪の剣客です」

唐斌「皿洗いってのはこうやるんだよ、黄越」
黄越「あんたも銭がねえのか」
店主「無駄口を叩くな!」

鄔「…馬が二頭、駆けてきますな」
盧「本当か?」
鄔「巧みに乗っていますね。一人はとんでもない巨漢だ」
盧「私には分からぬが」
鄔「あちらの方角からですな」

段景住「おや、盧俊義殿!」
郁保四「こんな所でなにを?」
盧「おう、お前たちか」
段「これより私は任務を果たすまで、梁山泊の地を踏みません」
郁「私もです」
盧「…分かった」
鄔「急った気を、感じますな」
郁「あなたは?」
鄔「鄔梨と申します。盲目の商人です」
盧「お前らが馬で来るのを遥か先から気づいていたぞ」
段「それはすごいな」
郁「郁保四と申します」
段「俺は段景住です」
鄔「二人ともいい声をされている」
郁「ありがとうございます」
鄔「これを、お近づきの証に」
段「これは?」
鄔「葡萄という果物を干したものです」
郁「甘い…」
段「美味しくいただきました、鄔梨殿」
盧「私の分は?」
鄔「…どうやら不覚をとったようです」
盧「なんと」
鄔「今度はたらふく食べられるようご用意しておきます」
盧「本当だな」
鄔「葡萄の酒なども一緒に」
盧「それは愉しみだ」
段「では盧俊義殿、鄔梨殿」
郁「我らはこれにて」
鄔「ご武運を…」

盧「お前の目は、これからの梁山泊には欠かせなくなるだろうな」
鄔「抉り出した目ですよ?」
盧「見えないようでいて、誰よりも先のことが見えている」
鄔「…あなたと組んで商いをしてみたいです。盧俊義殿」
盧「私の命ある限り、梁山泊の未来の種を共に撒いてくれ、鄔梨」

?「!」
?「どうした、索」
曽索「爺ちゃんの、葡萄の匂いがした、気がした」
曽密「お前の賤しい鼻はどこにいても葡萄を嗅ぎつけるからな」
索「…賤しくなんか、ない」
密「早く爺を殺さんと、俺らも飯が食えないぞ?」
索「…」
曽魁「ああ、美味しかった!」
曽昇「相も変わらず見事な泣き真似だ、魁」
魁「当然よ」
密「…てめえら、また淫売してきやがったのか」
昇「悪いか?」
魁「悔しけりゃあんたらも股開いて商売してごらんなさいよ」
昇「お下品だぞ、魁」
魁「ごめんね、昇。こいつらったら、いつになっても童貞臭くて」
密「とっとと失せろ、淫売屋」
昇「童貞の嫉妬か?」
魁「童貞臭いったらありゃしない!」
昇「下品だっての!」
魁「ごめんね〜」
密「…」
索「…密兄貴」
密「…俺たちがこうなったのも、全部爺のせい、なんだからな」
索「そうだね、兄貴」

第六話

郁保四「ここで襲われたんだったな」
段景住「ああ…」
郁「この道を行ったら、済州か」
段「あんなに美しい馬は人目を引くに決まってる」
郁「…ああ、思い出すよ」
段「晁蓋殿か?」
郁「そうとも。赤光も百里風に負けないほど、疾かった」
段「疾すぎるよな、俺たちには」
郁「俺たちは遅れてもいいさ。後をついていくことさえできれば」
段「…違いない」
郁「済州に行ってみようか」
段「裴宣たちの力を借りれば見つかるかもな」
郁「…その前に、段景住」
段「なんだよ?」
郁「なぜ、赤光を乗り回したんだ?」
段「…魅せられちまったんだ。赤光に」
郁「馬泥棒だったのは知っているがな」
段「その通りだ、郁保四。俺は二度とやらないと決めたことを、やってしまった…」
郁「…分かったよ。もう言わない」
段「傷ひとつつけないで、返さないとな!」

蘇定「この白馬、どうしたものかな」
呉秉彝「たまらん名馬だぞ、こいつは」
赤光「…」
蘇「間違っても貴様は乗るんじゃないぞ、禁軍崩れが」
呉「俺もこんな馬があったら、禁軍元帥になれたってのによ」
蘇「死んでもありえん」
呉「宦官が頭の軍隊なんて、虫唾が走ると思わねえのか?」
蘇「無駄口を叩くな。俺が貴様を買っているのは力だけだ」
呉「つまらねえ…」
蘇「引いて歩くだけで目立つほど美しい」
呉「これで俺も白馬の王子様だな」
蘇「消え失せろ、馬鹿」
呉「冗談きついね」
赤「!!」
蘇「どうした?」
赤「!!」
呉「暴れんじゃねえ!」
蘇「殴るな!」
呉「だけどよ!いきなりどうしたってんだ!」
赤「!!」
段亭「…この馬は」
呉「何しに来た!商人!」
赤「!!」
段「…」
蘇「いい加減にしろ!」
赤「!」
呉「片目潰しやがった…」
蘇「こうでもせんと、鎮まらないだろう」
段「それは違います」
蘇「なんだ、段亭」
段「この馬は、仇を打ちに来たんですよ」
呉「何言ってやがる?」
段「…今だけは昔のことを思い出してしまいますな」
蘇「それは、まさか…」
段「口には出せませんが」
蘇「何という馬だったのだ…」
段「二度と、私に会わせないでいただきたい」
呉「それでてめえは何しに来たんだってんだよ」
段「…気まぐれです」
蘇「…これは使えるかもしれんぞ、呉秉彝」
呉「隻眼でもか?」
蘇「だからこそ、かもしれん」

第七話

卞祥「いらっしゃいませ!」
鄔梨「いつも張りのある声だな、卞祥」
卞「御隠居!」
瓊英「こんにちは、卞祥殿」
卞「…すぐに貸切にします」
葉清「雲はまだ来ないのですか?」
鄔「来る予感はするがな」
唐斌「おや、偶然」
卞「てめえ!またタダ飯食ってきたのか!」
唐「お前の皿はいつも綺麗だ、卞祥」
卞「あたり前だ」
唐「瓊英にゃほど遠いが」
瓊「相変わらずね、唐斌」
唐「旦那は?」
瓊「あいにく調練で野営してるの」
唐「じゃあ俺らもその調理場で野営しねえか?」
鄔「来たら来たでやかましいな、こいつは」
唐「お義父さん…」
鄔「お前にそう呼ばれる義理はない、唐斌」
唐「で、何の話でしたっけ」
葉「あなたが引っ掻き回したんでしょう!」
卞「ご隠居。これで集まりました」
鄔「うむ」

鄔「耿恭が、殺された」
葉「…許せない」
卞「喪家の連中ですな」
鄔「耿恭の骸が、そう言っていた」
瓊「…」
鄔「単刀直入に言おうか」
卞「はい」
鄔「お前たちの命をくれ」
唐「そいつは…」
鄔「わしはまだ、死ぬわけにはいかない」
葉「鄔梨様…」
鄔「梁山泊の未来を育て、見守りたいのだ」
卞「…」
鄔「勝手を承知で言わせてもらう」
唐「ずるいなぁ、お義父さん」
鄔「唐斌!」
唐「はい」
鄔「私の警護を頼む」
唐「合点承知!」
鄔「卞祥、葉清!」
卞「はい!」
葉「はっ!」
鄔「お前たちは瓊英の警護と補佐だ」
卞「かしこまりました」
葉「命に変えて」
唐「えっ?」
鄔「瓊英には私の商いの全てを委ねる」
瓊「覚悟します。義父上」
唐「…俺が瓊英殿の警護でしたっけ?」
鄔「瓊英に、よく尖った礫を授けよう」
瓊「ありがとうございます!」
卞「よく狙えよ」
葉「眉間行きましょう。眉間を」
唐「ちょっと!」

唐「…!」
葉「…礫の用意を、お嬢様」
瓊「!」
卞「これも狙いですな、ご隠居」
鄔「静かに…」
唐「まずは耿恭の弔合戦」
葉「景気良く行きましょうか」
卞「俺の店でやらんでも…」
瓊「また皆んなで、ここに集まりましょうね」
唐「言わずもがなだよ、瓊英」
葉「張清も一緒にね」
唐「チッ」
鄔「風が変わった…」
卞「…」
瓊「そこ!」
敵「!?」
唐「いきなりごめんなさいね、済州の皆さん」
敵「」
葉「巡邏隊は何してるんですか!」
唐「こんだけ騒げばすぐに来るよ、坊ちゃん!」
敵「」
敵「」
卞「俺の店を…」
敵「…」
卞「穢すんじゃねえ!」
敵「」
鄔「…」
敵「…」
鄔「後ろの正面」
瓊「!」
敵「!?」

曽密「…使えねえ野郎どもだ」
曽索「腹ペコだったからね」
曽魁「瓊英はいた?」
曽昇「あの美人なら五里先でも分かる」

裴宣「…鄔梨殿一体これは」
鄔「鉄面孔目か」
孫二娘「事情を聞かせてもらいますよ、卞祥殿」
卞「過剰防衛、だったかな?」
裴「間違っても皆さんを罪には問いません」

第八話

盧俊義「そうか、鄔梨が襲われたか」
柴進「大変な騒ぎでした」
盧「…また野次馬か、小旋風」
柴「近かったもので、つい…」
盧「次に攫われても知らないからな」
宋江「…喪家の五虎によるものだな」
呉用「裴宣と孫二娘はそのように断定しています」
宋「鄔梨の元には豪傑が揃っているのだな」
柴「噂以上でした」
呉「なぜ彼らは梁山泊に入らなかったのでしょうか」
盧「そういう生き方もある」
柴「鄔梨殿の警護に致死軍か飛竜軍は頼めないのですか?」
呉「今はそんな余裕がないのだ、柴進」
盧「代わりの援軍が行っているから大丈夫だ」

鄔梨「久しぶりに我が家に帰るのがこれほどホッとするとは」
唐斌「襲われましたな、お義父さん!」
鄔「お前の部屋は軒下だ、唐斌」
唐「そんな!」
瓊「…」
葉「お疲れですか、お嬢様?」
瓊「少し…」
卞「今は我らがおりますから、安心して休まれよ」
瓊「ありがとう…」

瓊「…」
曽密「これが瓊矢鏃の着た着物か」
瓊「!?」
曽索「…静かにね、お姉ちゃん」
瓊「…!」
索「暴れたりしたら、その綺麗なお肌に醜い傷をつけなきゃいけなくなる」
密「今から何かしようとするたびに、傷を与えるからな、瓊英」
瓊「…」

密「これが何か分かるか?」
瓊「…」
密「索」
索「ごめんね、お姉ちゃん」
瓊「!?」
密「声を上げたら、それだけで殺す」
索「でもそれじゃ、兄貴の質問に答えられないよ」
密「それもそうだ」
瓊「…毒」
密「これを爺に飲ませろ」
索「よろしくね」
瓊「…薬湯を用意します」
密「この屋敷中に俺の目がある事を、忘れるなよ」
瓊「余計なことは、一切致しません」
索「僕が見てるから安心して、兄貴」
密「だから心配なんだ」
索「…」

索「卞祥と葉清を追い払って、お姉ちゃん」
瓊「はい」

瓊「卞祥殿、葉清。義父上と二人だけにしていただけますか?」
卞「いいのか?」
葉「大事なお話ですか?」
瓊「すぐに終わりますから…」

卞「…」
葉「…」

索(やっぱり僕のこと、誰も気づかないんだなぁ)
瓊「これでいいですね」
索「うん」
瓊「薬湯を作ります」
索「急いでね」

瓊「作ってきました」
密「お前の手で毒を入れろ」
瓊「…」
索「そこまで入れなくてもいいと思うよ…」
密「黙れ」
瓊「…渡してきます」
密「すぐにだぞ」

瓊「…」
鄔「…」
瓊「義父上、薬湯を」
鄔「…もうそんな時間だったかな?」
瓊「…」
鄔「…相変わらず、不味いな」
瓊「良薬は口に苦しですよ」
鄔「…」
瓊「…」
鄔「…?」
瓊「さよなら、義父上」
鄔「!」

瓊「鄔梨に毒を飲ませました」
密「ご苦労」
瓊「これで、いいのでしょう?」
密「骸を確かめてからだ」

鄔「」
密「死んでいるな」
鄔「」
密「呆気ない…」
鄔「死んでいるよ」
密「!?」
?「!」
密「」
鄔「お前がな、曽密」
?「人を斬るのは嫌いなんですが」
鄔「すまぬな、病大虫」
薛永「そのお歳で身体を張りすぎです」
鄔「お前の毒消しを信じたまでよ」
安道全「そんなこと言った馬鹿を、私たちはよく知っている」

卞「すまない、瓊英殿…」
葉「完全に油断していました…」
瓊「私も、油断していましたから」
鄔「私はお前らより、あいつらのことをよく知っておるだけだよ」
薛「…でも、毒消しの事まで読むなんて」
鄔「年の功かな、それは」

索「遅いな、兄貴」

索「あ…」

索「兄貴、死んでる」

索「…」

索「…僕、どうしたらいいかな?」
唐「ここで死ね」
索「それは嫌」
唐「!」
索「…」
唐「曽索がいるぞ!」
索「バイバイ」
唐「逃げ足だけは速い!」

卞「…もう俺たち、失点ニか?」
葉「…必ず挽回しましょう、卞祥殿」
鄔「曽索…」
安「今日は安静にしろ、鄔梨殿」

索「ひとりぼっちになっちゃった」
?「…」
索「あ!久しぶり!」
?「…」
索「僕これからどうしようか?」
?「…」
索「分かったよ!兄ちゃん」

第九話

郁保四「済州だな」
段景住「ここにいたら分からない訳がない」
裴宣「郁保四、段景住!」
郁「裴宣殿」
孫二娘「あんたら!大変なことになってるよ!」
段「…どうなってるんだ」
孫「あの人だかりをご覧よ」

呉秉彝「晁蓋既ニ死ス!大宋國当ニ立ツベシ!」

赤光「…」

段「」
郁「」
裴「…信じられん」
孫「嫌な夢でも見てるみたいだ…」
段「傷ひとつ」
郁「…」
段「傷ひとつでも付いてたら、俺は晁蓋殿の剣で死んで詫びようと思ってたんだ」
郁「ああ」
段「それがだ、郁保四」
郁「もう言わなくていい、段景住」
段「行くぞ!」
郁「言うまでもない!」
裴「まだ待て!」
孫「今のあいつらは止めらんないよ」

段「赤光!」
赤「!!」
?「!」
郁「この程度の矢で林冲騎馬隊の旗手を討てると思うな!」
呉秉彝「…おいでなすったね、梁山泊」
段「貴様だけは…」
郁「怒りに呑み込まれるなよ、段景住」
段「お前がいて助かった、郁保四」
郁「まだどこかに、射手がいるぞ」
段「分かっている」

蘇定「!」

娘「痛い!」
母「何事!」

段「外道が…!」
呉「ちょっと素手で勝負してくれよ、デカイの」
郁「険道神だ」
呉「なんの、図体だけなら俺も負けねえ」
郁「!」
呉「腕の方なら、もっと負けねえ」
郁「射手を探せ!段景住!」
段「分かった!」

娘「痛い!痛い!」
裴「今部下が、医者を連れて参ります」
母「早くしなさい!」
孫「部下が行ったのを見ただろう、婆さん」
母「早く矢を抜かないと!」
孫「矢を抜く前に、あんたの舌を引っこ抜いてやろうか?」
母「」
孫「今の私たちは、黙ってることがやることなのさ」

卞祥「大騒ぎだね、裴宣殿」
裴「卞祥殿!葉清殿!」
葉清「酷いことに…」
娘「早く、矢を抜いて…」
葉「御免」
娘「」
母「あんた!娘になにを!」
孫「黙んな」
母「黙ってられるかい!」
葉「抜きましたよ、お婆さん」
母「…え?」
葉「私には医術の心得がございますので、もう安心なさってください」
母「…」
葉「手荒な真似をして申し訳ございませんでした」

孫「段景住!あの方角から矢が飛んできた!」

蘇「!」

裴「!!」
孫「矢の一本ごときで母夜叉が怯むかい」
裴「双刀を持っていてよかった」
母「なんなの、あなたたち…」
裴「これが梁山泊ですよ」

巡邏隊「段景住殿!」
段「お前ら、俺の指揮下につけ!」
隊「はっ!」

蘇(厄介な)

段「絶対に許さねえ…」

郁「…」
呉「険道神も大したことないな」
郁「…」
呉「まだ倒れねえのか!」
郁「!」
呉「おら!」
郁「…」
呉「しぶとい野郎だ…」

卞「今加勢するぞ、若いの!」
郁「大丈夫です」
呉「なんだと?」
郁「この程度、林冲殿の稽古に比べたら」
呉「嘘だろ…」
郁「!!」
呉「!?」
郁「何でもありません」
呉「」
葉「♪〜」
卞「やるね」

段「絶対に逃さねえ!」
?(視野を広く持て、段景住)
?(お前ならできる!)
段「分かってますよ、桃花山のおふたり…」
?(一緒に戦っているからな、段景住)
段「はい、頭領…」

蘇「…こんな小物に」
?「おい」
蘇「敵か!」
?「今は敵じゃない方がよくないか?」
蘇「誰だ、お前は」
?「この道なら馬は来れない」
蘇「ここは…」
?「昇、相手しろ」
曽昇「金は弾めよ、兄貴」

段「…疾駆する奴が」
昇「!」
段(こいつ、俺では勝てない!)
昇「死ね」
段「!」
昇「追いかけっこか?」
段「!」
昇「良いのは威勢だけか、雑魚!」
段「!」
昇「行き止まりに追い込まれてくれるとは」
段「お前がな」
昇「は?」
巡邏隊「…」
昇「…しまった」
段「武器を捨てろ」
昇「…」

段「傷だらけだな、郁保四」
郁「もっと傷だらけの時を知ってるだろう?」
段「違いねえ!」

呉「…」
昇「…」

裴「こいつらはどうする?」
唐斌「デカイのは知らねえが、小僧の方はこっちに寄越してくれ」
昇「!?」
裴「あなたは?」
唐「それは、また会う時にでも」
卞「大遅刻だぞ、唐斌」
葉「減点一ですね!」

呉「…」
郁「おい、デカイの」
呉「…なんだよ」
郁「誰に雇われた?」
呉「知らねえ」
郁「!」
呉「!?」
郁「そういうのはいい」
呉「本当に知らねえんだ!」
郁「ならば思い出すまで…」
段「危ねえ、郁保四!」
郁「!?」
呉「」
段「口封じか」

郁「青蓮寺かな」
段「こいつは違うだろう」

蘇「…」
?「…馬ではなく、仲間を殺すのか?」
蘇「それが私たちのやり方だよ」
?「…馴染めん」
蘇「それで、お前は何者だ?」
曽塗「曽塗。名前しか、教えるつもりはない」

第十話

卞祥「見事だった、郁保四」
郁保四「あなた達のおかげで、安心して戦えました」
卞「今日は俺の奢りだ。たらふく食ってくれ」
郁「あなた方は鄔梨殿の?」
葉清「田虎にいた頃からお仕えしていました」
郁「そうなのですね」
卞「ところで、段景住は?」
郁「…しばらくそっとしてあげてください」

段景住「赤光…」
赤光「…」
段「ごめん。ごめんな…」
赤「…」
段「痛かったよな。辛かったよな…」
赤「…」
段「赤光」
赤「…」
段「俺なんかに、優しくしないでくれよ」

段亭「勘定を」
卞「ありがとうございました!」
亭「大変美味しくいただきました」
卞「またどうぞ!」
亭「この味が、好きになりましたよ」
卞「ありがとよ!」
郁「…」
卞「どうした?」
郁「…なんでもありません」

曽昇「俺をどうしようってんだ」
唐斌「黙って歩け」
昇「♪〜」
唐「口を塞がねえと、斬るぞ」
?「すみません、お兄さん」
唐「…何かな、お嬢さん」
?「お腹が痛くて…」
唐「それは大変…」
?「!!」
唐「読み切りだよ、別嬪さん」
曽魁「くそっ!」
唐「毒霧なんて使わんでもいいぜ」
魁「余計なお世話よ」
唐「綺麗なんだからさ」
魁「まあ」
昇「さっさと助けねえか、アバズレ!」
魁「分かってる」
唐「!」
昇「!?」
魁「昇!?」
唐「別嬪さんのが決まらなきゃこうなるよ」

魁「嘘、昇…」
唐「代わりにあんたをとっ捕まえようか」
魁「嫌…」
唐「曽塗か曽索の居場所を吐け」
魁「…知らない」
唐「そういうのはいい」
魁「助けてよ…」

?「助けてください!馬が逃げた!」
唐「危ねえ!」
馬「!!!」
魁「今のうちに!」
唐「くそっ!」
?「申し訳ございません」
唐「ああ、構わんよ。怪我人がいなくてよかった」
段亭「あいにく片腕なもので…」
唐「それは難儀だね」
亭「助かりました。御礼を…」
唐「いや、結構だ」
亭「あなたの事も、好きになれそうです」
唐「光栄だね」
亭「それでは…」

唐「…骸に気づかれなくてよかった」
亭「…」

魁「昇を助けるの、失敗しちゃった…」
蘇定「使えんな」
魁「兄上は?」
蘇「名前しか聞かせてもらってない」
魁「…」
蘇「とっとと失せろ」
魁「…」

魁「…」
?「失礼します」
魁「誰?」
段亭「段亭、と申します」
魁(片腕の商人?)
亭「綺麗な模様ですね」
魁「…何しに来たの?」
亭「素敵な模様の布を落とされていたので、お届けに」
魁「ありがとう…」
亭「素敵だな。私の品物で取り扱っていいですか?」
魁「…気が向いたらね」
亭「あなたのお裁縫の腕は素晴らしいですが」
魁「なに?」
亭「この針を使うと、もっと良くなるのでは?」
魁「よく見せて?」
亭「慎重に、取り扱ってください」
魁「…この針は」
亭「お近づきの印に、差し上げます」
魁「あんた、何者」
「」
魁「消えた?」
「…」
魁「この針、使えそうね」

第十一話

郁保四「赤光は?」
段景住「片目が潰れている以外は、傷ひとつついてなかった…」
郁「分かった」
段「なんとしても俺たちで、盗んだ男を捕まえるぞ」
郁「そうしよう」
段「しかし、どうやって…」
郁「きっとあの時の射手だろうな」
段「確かに俺も、弓でやられた」
郁「俺が倒した奴も何も知らなさそうだったし…」
段「だが、あの冷酷さは青蓮寺ではないかな」

蘇定「もともと俺は、宋江の暗殺が狙いだ」
曽塗「俺たちにはどうでもいい」
蘇「あの美しい馬がいれば、誘い出せたかもしれんが」
曽「どうだか」
蘇「しかし今は、なんとしてもあの美しい馬を取り戻したくなった」
曽「目を潰しておいてよく言う」
蘇「仕方がない。先代首領の晁蓋の馬だったのだから」
曽「ほう」
蘇「片目が潰れていても、俺ならなんとかなる」
曽「潰した理由は?」
蘇「…義兄に敵討ちをされるところだったのでな」
曽「その義兄というのは?」
蘇「知りたければ、お前の情報をもう一つ提供しろ」
曽「…考えておく」

唐斌「曽昇は討ち、助けにきた曽魁に、逃げられました」
鄔梨「こちらで討ったのは二人か…」
唐「…身体は大丈夫なんで、お義父さん」
鄔「…無茶をしすぎたかもしれん」
薛永「毒消を飲んでたとはいえ、本来なら致死量でしたから」
唐「そういえばあんた強いね、薬屋さん」
薛「人を斬るのは嫌いなので、できれば本業だけやらせてください」
鄔「すまなかったな、薛永」
唐「医者は?」
薛「神医は梁山泊に帰りました」

?「鄔梨殿!」
鄔「おう、この声は」
張清「瓊英は無事ですか!」
唐斌「当たり前だ、没羽箭の」
張「…久しぶりだな、唐斌」
瓊英「張清様」
張「瓊英!」
瓊「こんなところで…」
唐「見せつけんじゃねえ」
張「俺が来たからにはもう安心しろ」
葉清「我らの出番まで取らないでくださいね」
鄔「…すまん。眠くなった。皆外してくれ」
唐「張清が来たせいじゃねえか?」
張「それがどうした」
唐「花項虎と中箭虎は?」
張「あいつらは遅れて済州だ」

曽塗「索」
曽索「なんだい兄ちゃん」
塗「お前は俺が呼ぶと、どこにいても一目散なのだな」
索「兄ちゃんが俺を呼ぶ時は、匂いがするんだ」
塗「密と昇が殺された」
索「そうだね」
塗「お前はいつもあの二人に虐められていたよな」
索「そんなの、なんとも思わないよ」
塗「…お前なら、そうだよな」
索「魁は何してるの?」
塗「独りで裁縫さ」
索「ふーん」
塗「今日は何を仕入れてきた?」
索「没羽箭が来たよ」
塗「虎二匹も一緒か?」
索「後から来るって」
塗「厄介だな…」
索「あと神医が梁山泊に帰ったって」
塗「…索」
索「もちろんだよ、兄ちゃん」
塗「…」
索「それ聞いた僕が、帰すわけないだろう?」

第十二話

蘇定「曽魁」
曽魁「なに」
蘇「!」
魁「!?」
蘇「口の利き方に気をつけろ」
魁「…はい」
蘇「この文を商人のところまで届けろ」
魁「はい。分かりました」
蘇「…顔だけは良いのだな」
魁「…ありがとうございます」
蘇「!」
魁「!?」
蘇「褒めてはいない。アバズレ」
魁「…」

魁「ここね…」
?「いらっしゃいませ」
魁「あなたは…」
段亭「なんのご用事ですかな?」
魁「文を届けに」
段「針はいかがでしたかな?」
魁「とっても使いやすかった!」
段「あなたの生地は、必ず売れます」
魁「…そんなわけない。私が好きで作っただけだから」
段「いつでも、お取引の口は開けておきます」
魁「…」
段「文の件は、既に手配が済んでおりますので」
魁「…ここは着物屋でしょう?」
段「ええ。それが何か?」
魁「どうして、私たちの仕事と関係が?」
段「おしゃべりは、身を滅ぼします」
魁「!」
段「…」
魁「…」
段「一度だけ」
魁「…分かりました」

蘇「…随分と仕事が早い」
?「…あの商人の借金返せるってんなら、なんでもやるぜ」
蘇「軍人だったのか、周瑾」
周瑾「梁中書に捨てられちまってな」
蘇「どうでもいい」
周「あの商人の借金抱えてるやべえ奴なら、おおむね知ってるぜ?」
蘇「…覚えておく」
周「あんたの目的は?」
蘇「…」
周「!?」
蘇「お前からの質問は、一切許可しない」

薛永「…容態が芳しくならないですね」
鄔梨「…仕方がない。私の溜めた毒だからな」
薛「もう一度安道全を呼びます」
鄔「…」
薛「薬だけなら作れるんだけど…」
葉清「私も怪我を治すのならばできるのですが…」
薛「こればかりは神医の力が必要です」
葉「そのお顔と指の色だから、病大虫ですか、薛永殿?」
薛「はい。それで行商してた頃もあります」
葉「剣の腕も確かで、薬の腕も確かなのですから、さぞ売れたのでしょうね?」
薛「何をおっしゃいます、葉清殿」
葉「それは?」
薛「…剣も薬の腕が確かだとしても、売り方が分からなければ、一銭にもなりませんでしたよ」
葉「なるほど…」
薛「私と安道全は、自分の仕事ばかりしてしまって、周りがどう思うか見えないのですよ」
葉「…なんとなく分かります」
薛「不器用同士だから、馬があったのかもしれません」
葉「私にも薬草のことを教えてくださいますか?」
薛「ええ、もちろん」
馬雲「ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘」
薛「どうした、馬雲?」
葉(これが職人芸…)
馬「∑(゚Д゚)」
薛「安道全が、帰ってないだって?」

安道全「…」
曽索「手荒な真似してごめんなさい…」
安「…」
索「安心してね。僕、お医者さんだけは殺さないから」
安「…」
索「護衛の人には、ごめんなさいだったけど」
安「…」
索「神様のお医者さん、なんだろ?」
安「…」
索「それとも、お医者さんの神様、なのかな」
安「…どちらでもないよ」
索「どちらでもないって?」
安「私は人で、しがない医者だよ」
索「お水飲む?」
安「毒が入っていたら困るから、いらないよ」

索「僕、ずっと誰にも気づかれないのが悩みなんだ」
安「そうなのか」
索「僕はここにいるぞ、っていくら強く心の声で叫んでも、誰も気づかない…」
安「心の声では、誰も気づかないだろうな」
索「大きい声が、出せないんだ、僕は」
安「…分かるよ」
索「分かるの?」
安「お前がそんな生き方だったのが、なんとなく分かる」
索「さすがお医者さんの神様だ!」

安「…不思議だな」
索「なにが?」
安「心が安らいでいるよ」
索「なんで不思議なの?」
安「私は敵に囚われているはずだろう?」
索「ああ。そうだったね」
安「…名前を聞いてもいいかな?」
索「曽索。探すのが、得意だから」
安「本当の名は?」
索「…忘れちゃった」
安「…」
索「お水、飲んで?」
安「ありがとう…」

第十三話

段景住「青蓮寺が尻尾を容易く見せるわけがないよな」
郁保四「だけど、いつまでも無為に過ごすわけにはいかない…」
卞祥「なあ、お前たち」
郁「なんですか、卞祥殿?」
卞「晁蓋殿ってのは、どんな首領だったんだい?」
段「…俺の口からはとても言えねえ」
郁「ただただ、かっこよかった首領、としか思えませんでした」
卞「一度会ってみたかったね」
郁「卞祥殿の料理、晁蓋殿と一緒に食べてみたかったな」
段「そうだな」
卞「お前たちはあの白馬を探しに来たんだろ?」
段「元々は、そうでした」
卞「それで、今はその白馬の敵討ちってわけか」
段「俺の一生の悔いです、卞祥殿」
卞「…悔いも、またいいさ」
段「どういうことですか?」
卞「お前らの悔いは、これからに生きる悔いってことだ」
段「…」
卞「この立派な剣は?」
段「これも、晁蓋殿の剣です」
卞「信じられてるな、お前たちは」
郁「…旗」
卞「旗がなんだって?」
郁「もしも、盗人が赤光に固執しているなら、俺たちでできることがあるかもしれません」

張清「安道全が?」
薛永「まだ梁山泊に帰ってないそうです」
唐斌「捕らえられたかね」
葉清「考えられそうです」
瓊英「…」
鄔梨「わしは死なんよ、瓊英」
瓊「私は…」
鄔「よい。全て終わったら聴く」
瓊「…」

張「護衛はついていたのだろう?」
薛「最小限の切傷で死んでいました」
鄔「曽索だ」
唐「あいつが…」
鄔「…曽索」
瓊「…」
鄔「お前たちは、曽塗と曽魁を頼む」
葉「かしこまりました…」

林冲「俺がお前の使い走りをやるなんて、これが最後だからな」
郁「ありがとうございます。林冲殿」
林「俺は、せいぜい済州で息抜きしてるよ」
郁「またやらかしたのですか?」
林「うるさい」
段「郁保四、その旗は…」
郁「これを使って、盗人を誘き出す」

段「巡邏隊は俺が率いる」
卞「頼みがある、郁保四、段景住」
郁「なんでしょう」
卞「俺も共に闘わせてくれ」
段「…なんて斧持ってんだよ、卞祥殿」
卞「これと共に、俺は郁保四の傍に立つ」
郁「お願いします。卞祥殿」

民「あれは?」
民「綺麗な旗だね」
民「巨大な旗なのに、旗手が微動だにしてない!」

郁保四「晁蓋永遠二死ナズ!梁山泊当ニ立ツベシ!」
卞祥「…」

孫二娘「…泣かせてくれるじゃないか、郁保四」
裴宣「…」

林冲「…」

段景住「やられっぱなしは、梁山泊らしくないだろう?」

蘇定「目障りな弔旗だ」
周瑾「あれを穢せばいいんだな、旦那?」
蘇「白馬もいるな」
周「一緒に盗んでくるよ」
蘇「…お前にできればな」

周(とは言ったものの…)
卞「!」
郁「晁蓋永遠二死ナズ!梁山泊当ニ立ツベシ!」
周(あんな怖え斧持ってる奴がいるなんて、聞いてねえぞ…)
暴漢「矢を射れば借金無くなるんだろ?」
暴「でもなんだか…」
暴「射たくねえ」
周「うるせえ!」
卞「!」
郁「晁蓋永遠二死ナズ!梁山泊当ニ立ツベシ!」
蘇「射ないとお前らから殺すぞ」
暴「しょうがねえ!」
暴「ごめんなさい!」
卞(矢の方角は掴めたが…)
郁「晁蓋永遠二死ナズ!梁山泊当ニ立ツベシ!」

蘇「目障りと言ったのは、取り消そう…」
周「?」
蘇「…なんと美しい弔旗だ」
周「旦那…?」
蘇「これほどの美しい白…」
周「…」
蘇「穢さずにはいられない!」
郁「晁蓋永遠二死ナズ!梁山泊当ニ立ツベシ!」
卞(来た!)
郁「将ハ我ラト共ニ有リテ!」
蘇(なんだ?)
郁「天下太平!」
段「合図だ!」

孫二娘「見つけたよ、外道」
蘇「くそっ!」
裴宣「妻には手を出さないでもらいたい」

暴漢「逃げろ!」
?「!」
暴「槍が!」
龔旺「花項虎着到!」

暴「遠くまで逃げりゃ…」
?「!」
暴「飛叉!?」
丁得孫「中箭虎着到」
段景住「一人残らず捕らえろ!」

蘇「文官風情が!」
裴「!」
孫「あんた!」
?「!」
蘇「!?」
張清「没羽箭を忘れるな」
蘇「こんなところで…」
張「!」
蘇「…」
孫「見えない矢とはよく言ったもんだ」
裴「礼を言う、張清」
張「おう」

第十四話

鄔梨「…」
瓊英「…私はあの時、いったい何を」
曽索「お姉ちゃん」
瓊「…」
索「こないだは、痛くしてごめんなさい」
瓊「…義父上を、殺しにきたのでしょう?」
索「曽密兄貴は、そのつもりだった。でも、僕は違う」
瓊「…」

索「僕と兄ちゃんが殺したいほど憎いのは、魯達って男さ」
瓊「魯達殿…」
索「だってあいつ、張清を仲間にできれば、爺ちゃんも、お姉ちゃんも、死んじゃっていいって言ってたんだ」
瓊「…」
索「本当だよ?」

瓊「…」
索「僕と兄ちゃんは、爺ちゃんとお姉ちゃんと仲直りがしたいと思ってる」
瓊「…」
索「だけど、もしも梁山泊とこれからも一緒にいるって言うんだったら」
瓊「…」
索「爺ちゃんも、お姉ちゃんも、殺さなくちゃならない」

鄔「曽索」
索「…起きてたの、爺ちゃん」
鄔「葡萄、食べないか?」
索「…もう一度だけ、食べたいなぁ」
鄔「…」
索「じゃあね!」
鄔「…」
瓊「魯達殿のこと…」
鄔「お前はどう思う?」
瓊「…」

段「さすがの旗手だ、郁保四!」
郁「段景住も指揮が良かったぞ」
裴「…もう一度武術を習い直そうかな」
孫二娘「大変だ!」
裴宣「何事だ?」
孫「捕らえた周瑾を含めた暴漢が」
裴「…」
孫「全員死んでるよ!」
段「は!?」

段亭「…」
曽魁「…」
段「さすがの腕前ですね」
魁「針を、こんな風に使いたくなかったけどね…」
段「助かりました」
魁「兄上に言われなきゃ、絶対やらないわよ」

曽塗「首尾は?」
魁「完璧です。兄上」
索「無理してない、魁?」
魁「…ほっといて」
索「僕は神様のところに行ってくるね」
塗「ああ、頼む」
魁「神様?」
索「お医者さんのところだよ」
塗「魁。お前にはもう一仕事頼む」
魁「はい」

鄔「…」
薛永「安道全がいないと、鄔梨殿が…」
唐斌「あと何日もつ?」
葉清「…唐斌、お嬢様は?」
唐「張清らと一緒じゃねえのか?」
張清「おう、唐斌。瓊英は?」
唐「…お前ら一緒じゃなかったのか?」

張「唐斌が迎えにくるからと、一人にしたのだが…」
唐「一人になりたがる癖があるんだよな…」
葉「…よりによって、今ですか?」
張「瓊英!」

瓊英(私はいったい何を?)

瓊(私は、義父上を殺そうとした)

瓊(毒消しを飲んでいるのは知っていた)

瓊(だけど、毒を飲ませたのはこの私)

瓊(私は義父上を、憎んでいたの?)

索「あれ?」
瓊「…」
索「お姉ちゃんが、独り?」
瓊「…」
索「罠じゃ、なさそうだな」
瓊「…」
索「ごめんね、お姉ちゃん」

塗「商いの話がしたい、段亭殿」
亭「お伺いしましょう」
塗「玉を二つ握っている」
亭「はい」
塗「この玉を使って、何ができるだろうか?」

亭「雲を隠し、山を覆うことができるかもしれません」
塗「それは頼もしい」
亭「…雲と山が、好きになりました」
塗「失礼ながら段亭殿?」
亭「なにか?」
塗「…私怨の気を感じたのだが」
亭「義弟を、殺されましたので」

第十五話

唐斌「瓊英のことなら…」
葉清「場所に心当たりが?」
黄越「あれ?唐斌殿」
山士奇「どちらへ?」
唐「ちょうどよかった。卞祥を連れてきてくれ」
黄「叔父貴を?」
山「理由は?」
唐「言えない。夕日の場所まで連れて来い」
黄「…承知しました」
山「急ぐぞ」

葉「夕日の場所?」
唐「ちょっと辛いことがあった時、黄昏たくなる場所のことさ」
葉「夕日なんてとっくに沈んじゃってますよ?」
唐「お月さんも綺麗なのさ」
葉「張清たちは大丈夫かな?」
唐「勝手にさせとけ」

張清「瓊英!」
龔旺「一目散に飛び出しやがって」
丁得孫「夜じゃ礫も役に立たねえぞ?」
龔「それにどこ走ってるのか分かってんのか?」
張「方角は分かる」
丁「どうやって?」
張「この針だ」
龔「なんだこりゃ」
張「どこを向いても北を向く優れものだ」

丁「そんな便利なもんをどこで?」
張「企業秘密だ」
龔「じゃあ迷わずに瓊英殿の所へ…」
張「方角は間違わん」
丁「…どこにいるかは分からんってか」
張「そういうことだ」
龔「馬鹿野郎!」

曽塗「お力添え感謝します」
高廉「あの商人に頼まれたら断れぬ」
瓊英「…」
高「一つ聞くが」
曽「はい」
高「あの商人は、何を好きになったと言っていた?」

曽「好きになった、とは?」
高「それを違うわけにはいかないのだ。教えてくれ」
曽「雲と、山が好きになったと」
高「…分かった」
瓊(雲と山…?)

曽索「神様!薬草を取ってきたよ!」
安道全「神様と呼ぶのはやめてくれ…」
索「でも、神医なんだろう?」
安「あまり好きなあだ名ではないんだよ」
索「かっこいいのにな」
安「…」
索「…今日は騒がしい夜になりそうだね」

段「俺が捕らえた奴が、みんな死んだだって?」
裴宣「何者かに一人残らず殺されていた」
段「…俺のせいなのか?」
孫二娘「それは違う」
郁保四「そうかもしれませんが…」
孫「晁蓋殿の旗を穢そうとした奴に同情なんていらないね」
段「…」

孫「いいから私の特性肉饅頭でもお食べよ」
郁「…中に毛が?」
孫「ひじきだよ!」

第十六話

卞祥「…嫌な気配だな」
山士奇「どんな気配だよ?」
卞(こいつらを連れてくるんじゃなかった)
黄越「なんだって?」
卞「山士奇。段景住と郁保四を呼んでこい」
山「俺が来た意味がねえじゃねえかよ」
卞「手間賃で、しこたま飯食わせてやるから勘弁しろよ」
山「忘れんなよ!」
黄「俺は?」
卞「お前は…」
?「!」
卞「そら、来た!」
黄「どっから矢が!」
卞「逃げるぞ黄越!」
黄「分かった!」

黄「痛え!?」
卞「罠か!」
黄「痛えよ!叔父貴!」
卞「待ってろよ。必ず俺が助けるからな」
?「…」
?「…」
殷天釈「…」
卞「敵さんのお出ましかい」

卞「この大斧。二度と使いたくないと思っていたが」
殷天釈「…」
卞「使うならば、思う存分使いたくなる」
殷「…」
卞「お前ごときで相手になるか?」
殷「やれ」
卞「来いや!」

卞「!」
?「」
卞「!」
?「」
黄「叔父貴!」
卞「待ってろ。血を拭う」
黄(あの時の、叔父貴だ)
卞「この斧を握ると、俺はだめだ」
黄「…」
卞「振り回すのが楽しくて仕様がない」
殷「野蛮な…」

山士奇「郁保四殿!段景住殿!」
郁保四「…卞祥殿が?」
段景住「母夜叉から逃げててよかった」
郁「行くぞ!」
段「合点だ!」
山「…俺、また走って戻らなくちゃいけないのか?」

曽塗「月が綺麗ですな、瓊英殿」
瓊英「…」
曽魁「…月明かりじゃ、お裁縫なんてできやしない」
塗「どこへ行く?」
魁「ちょっとお散歩」
塗「今宵の森は、死に満ちているぞ」
魁「私には、関係ない」
瓊「…」
塗「…貴女はなぜ、梁山泊にいるのですか?」
瓊「意志が、欲しかったから…」
塗「意志を?」

唐「葉清。没羽箭を呼んでこい」
葉清「どこにいるか分からないのに?」
唐「奴らは騒がしい。すぐに見つかるさ」
葉「あんたは?」
唐「立ち厠だ」
葉「どういう意味?」
唐「ひっかけるぞ、小僧!」
葉「汚ねえ!」
唐「さっさと行け!」
葉「言われなくても!」
唐「…」

唐斌「…やれやれだな」
?「…」
唐「ほんの雲一つ払おうってのに、お前ら」
兵「…」
唐「どんだけの闇で覆い隠そうってんだ?」
兵「…」
唐「…やれやれ」
兵「…」
唐「まあ、礼を言わせてもらおうか」
高廉「やれ」
兵「!」
唐「ちょろいよ」
兵「」
唐「久しぶりにヒリヒリするね」
兵「」
唐「一緒に冥土に行こうじゃないの」

唐「かったるいねえ、お前」
高「…」
兵「!」
唐「命を無駄にしなさんな」
兵「」
兵「」
唐(そろそろ来るね)
兵「!」
唐(おいでなすった)
兵「!」
唐「でもね」
兵「」
兵「」
唐「俺もただじゃあ死ねないんだ、これが」

葉清「騒がしいってもな…」

龔旺「どこ向かって突っ走りやがった、張清殿」
丁得孫「こうなると、盛りがついた虎だな」
葉「花項虎、中箭虎!」
龔「葉清!」
葉「張清は?」
丁「逸れちまった」
葉「…瓊英のことになるとな」

張「この清針の刺す方向に行けば…」

唐(行くよ)
高(死域に…)
唐(雲のように生きたかったのさ)
兵「」
唐(誰にも遮られず)
兵「」
唐(ただただ自由に)
兵「」
唐(…哀しい目をしてやがるね)
兵「」
唐(何が悲しくて死ななくちゃならない)

唐(何が悲しくて殺しあわなくちゃならない)

唐(最期くらい。笑って死のうじゃないか)

唐(最期くらいさ)

唐(俺は笑って死ぬよ)

唐(だけど今は笑えねえんだよ)

唐(哀しいんだ)

唐(哀しいんだよ)

唐(なんでてめえら、命を棒に振りなさる)
兵「」
兵「」
唐(ああ、そうだった)
兵「」
兵「」
唐(殺してるのは、俺だった)

唐(…)

唐(これ以上、殺しはごめんだ)

高(剣を?)

唐「…」
兵「…」
唐「何を突っ立ってやがる!石っころども!」
兵「…?」
唐「とっとと俺を殺しに来ねえか!」
高「やれ」
兵「!」
唐(そうだ)
兵「!」
唐(それでいい)
兵「!」
唐(これで俺も)
兵「…」
唐(笑って死ねる)

高「仕事は終わりだ」
唐「…」
高「嬲り殺すのが希望だったな」
唐「」
高「せいぜい苦しんで死なせよう」

唐「…」

第十七話

瓊「いつも、誰かの言うに任せて生きていました」
塗「…」
瓊「だけど、張清様と出会ってから、何かが変わったのです」
塗「張清か」
瓊「そう。張清様が私に命を吹き込んで下さった」
塗「それまでは、お人形だったと言うわけですな」
瓊「あなたの言うとおり、私は人形でした」
塗「今は?」
瓊「今は違います!私は、義父上から商いを学び、海を見たい!」
塗「その義父上に、貴女がやったことは?」
瓊「まどろっこしいですね!」
塗「!?」
瓊「とっとと私たちの神医を返しなさい!」
塗「この女!?」
瓊「張清様!瓊英はここです!」
張「秒で来た」
塗「くそっ」
張「没羽箭!」
塗「!」
瓊「張清様。曽塗を討つ前に…」
塗「食らえ!」
張「目眩しか!」
瓊「…腕を折られれば何もできないでしょう」
張「…最高の礫だった、瓊英」
瓊「早く他の皆さんの元に!」

張「あれは?」
瓊英「唐斌!」

唐「」

唐(…これは、夢か?)
瓊「どうしてあなたが…」
唐(ああ、もう声も出せないが)
瓊「唐斌」
唐(満点だよ、お月様)
瓊「…」
唐(生きててくれてありがとう、瓊英)
瓊「…はい」
張「さらば」
唐「」
瓊「…」

曽魁「…いいな」

魁「昇は死んだ」

魁「昇がいなくても、私って意外と何とかなるわね!」

魁「あと、私に残っているのは、なんだっけ?」

魁(そうだ!お裁縫!)

魁(次はどんな模様を縫おうかな?)

魁(片手の商人のところで、お裁縫屋さんになるのも悪くないかもね)

魁(…痛っ。針でさしちゃった)

魁「今までこんなこと、やったこともなかったのに…」

魁「…」

魁「針。私の針…」

魁「まずい!なんて事!」

魁「死ぬ、死んでしまう…」

魁(片手の商人に、褒められたのが嬉しくて、私は…)

魁(全ての針に毒を塗ってしまっていた)

魁(私なら絶対に、針なんて自分に刺す事ないって思ってたから)

魁(私の一番好きなことを…)

魁(私の一番大好きなことを…)

魁(穢してしまったのは、この私だ)

魁(ごめんなさい。私。私のことを穢してしまって)

魁「ごめんなさい」

魁「…」

魁「」

?「…」

段亭「使える…」

曽索「魁?」

第十八話

曽索「魁を助けなくちゃ!」
龔旺「おい、こいつは!」
葉清「曽索!」
丁得孫「待ちやがれ!」
索「お前らごときには…」
葉「!」
索「捕まんないよ!」
龔「すばしっこい野郎だ!」
索「じゃあね!」
丁「…」
龔「飛叉使うのか、丁得孫」
索(神様!)
丁「!!」
索「うわっ!」
龔「!」
索「!?」
葉「今だ!」
索「…」
龔「とどめを…!」
索(神様…)

安道全「曽索!」
索「神様!」
安「…」
索「魁が倒れてる。怪我を診てくれる、かな?」
安「…分かった」
龔旺「おい、安道全!」
丁得孫「やめろ、龔旺」
索「痛いって叫びたかった」
安「…」
索「苦しいって叫びたかった」
安「…」
索「でも、心の声で神様の名前を叫んだら、来てくれた」
安「…」
索「もう、それだけでいいや」
安「全羽」
索「…それは?」
安「お前の名だ。私が、付けた」
索「全羽…」
安「これからお前は、全羽だ」
索「じゃあ僕、お医者さんになれるの?」
安「なれる」
索「やったね」
安「今は休め。目覚めたら教えてやる」
索「ありがとう!」
安「…」
索「目覚めたら、魁とお爺ちゃんを助けるんだ」
安「そうだな」
索「助けてあげて、一杯葡萄を食べるんだ」
安「…分かったよ」
索「おやすみ、神様」
安「ああ…」
索「」
安「…」

龔「…悪いことしちまったかな」
丁「巡り合わせ、というには酷だよ」
葉清「安先生」
安「…」
葉「あの鳥の羽、綺麗ですね…」
安「もう目が覚めたのか、全羽…」

第十九話

卞祥「キリがねえ!」
兵「」
兵「」
黄越「…叔父貴」
卞「へたるんじゃねえぞ、黄越!」
兵「!」
卞「俺が立っている!」
兵「」

高廉「まだ殺せぬのか、殷天釈」
殷天釈「高廉殿」
高「相変わらず、普通だな」
殷「…」
高「味方ごと射ろ」
殷「それは!?」

兵「!」
兵「!」

卞「!!」
黄「叔父貴!?」

高「あの狗を射ろ」

兵「!」
兵「!」

卞「!!」
黄「叔父貴…」

郁保四「卞祥殿!」
段景住「矢が!?」
山士奇「叔父貴!」

高「誂えたように…」

卞「!!」
郁「卞祥殿」
卞「殺させねえよ。下郎ども」
段「もうやめてくれよ…」

高「お望み通りにしてやれ」

兵「!」
兵「!」

赤光「!!」

卞「おう、晁蓋殿」
段「赤光!」
郁「どうして…」

高「…夜が明けるな」
殷「高廉殿!あちらを」

林冲「…」
百里風「…」

高「…引け」
殷「撤収!」

卞「…」
林「…間に合わなかったか」
卞「いや、間に合ったさ」
郁「林冲殿…」
林「!」
郁「…」
林「なぜ俺を呼ばなかった」
郁「…」
卞「怒らないでくれ、豹子頭の旦那…」
林「…」
卞「泣くな、黄越、山士奇」
山「そんなこと言ったってよ…」
黄「俺が、罠にかからなければ」
卞「焼き付けてくれよ」
林「…」
卞「…よく来てくれた、赤光」
赤「…」
卞「…」
郁「…」
段「…」
卞「共に、駆けよう」
赤「…」
卞「」
赤「」
林「さらば」
郁「…」
段「…」
黄「…」
山「…」

第二十話

林冲「藪医者は見つかったのか?」
安道全「誰が藪医者だ」
林「おう、いたのか」
龔旺「林冲殿!?」
丁得孫「…弔ってやりたい奴が、いるんですがね」
林「お前たちもか…」
葉清「卞祥殿が!?」
黄越「…」
山士奇「…」
張清「おう、大所帯だな」
瓊英「…」
葉「お嬢様…」
瓊「唐斌も、お願いします」
段景住「…この夜に、何人死んだってんだよ」
安「探し人がいる。付き合え、馬鹿」
林「おう、藪医者」

赤光
卞祥
唐斌
曽索

瓊英「なぜ、青蓮寺の軍が二人を…」
張清「会わなかった俺は、運が良かったのかな」
郁保四「山士奇。頼みたいことがある」
山士奇「なんでもやります」
段景住「怪我は大丈夫か、黄越?」
黄越「安先生と葉清殿のおかげで大丈夫です」
葉清「…あんな別れ方なんて、ないじゃないか、唐斌」

安道全「見つけた…」
林冲「一緒に弔ってやろうか」

曽塗「…医者は、どこだ」
白馬「…」
曽「あれは!?」
白「…」
男「?」
曽「あの男!」
男「…どうした?」
曽「天は我に味方した…」
男「調子が悪いのかな?」
曽「!」
?「それはいけない」
曽「!?」
?「お代は頂戴しました」
曽「」
?「あなたの事は、好きでも嫌いでもありませんでしたが」

段亭「何も喪わずに、命だけ貰うようでは、刺客はいけません」

段「…」

宋江「朝日が美しい…」

段「…朝日は嫌いですからね」

宋「?」
「」
宋「…行こうか、白光」
白光「!」

山「持ってきましたよ、郁保四殿」
段「…晁蓋殿の」
郁「この弔旗に包んで…」
林「郁保四」

曽魁

瓊英「曽魁殿まで…」
安道全「…」
郁「林冲殿。お願いがあります」
林「お前のやりたいようにしろ」
郁「…皆を包んで土に還します」
龔「敵だった奴も一緒でいいかな…」
林「晁蓋殿はそんな事を気にしたりせん」
丁「じゃあ、よろしく頼むよ」
郁「勿論だ」

林冲「朝日が登ったな…」
段景住「おい、あの白馬…」
宋江「…苦しい夜を戦い抜いたのだな、皆」
白光「…」
林「宋江様!?」
段「武松と李逵は!?」
宋「今は女真だ」
郁「まさか、お一人で…」
宋「私も白光に魅入られてしまったようだ」
段「そんな…」
宋「段景住の事を悪く言えないなあ」

宋「この者たちは?」
郁「我らの同志です、宋江様」
宋「…そうだな。戦う場所こそ違えども、我らの同志だよ」

張清「…俺には測れないな」
龔旺「これが梁山泊か」
丁得孫「とんでもないところだぜ」

黄越「…穴、掘ろうぜ」
山士奇「俺たちがやりますので」
宋「白光?」
白「…」
宋「…分かった」
白「…」
宋「段景住、白光の馬具を外してくれないか?」
段「…なんでです?」
宋「駆けたがっているようだ」
段「はあ…」

白「…」

百里風「…」
白「!」
段「あ…」
郁「行ってしまいますよ、宋江様!」
宋「別れを告げていたからな」
林「…そうですね」
白「…」
段「なんて美しさだよ…」
郁「この朝日は、死ぬまで忘れないだろうな…」

葉清「鄔梨様の治療を…」
安「すぐに行こう」
林「乗れ、藪医者」
安「…久しぶりだな」
林「飛ばすぞ」
安「ああ、飛ばしてくれ」
林「…」
安「今はお前と、風になりたい」
林「百里!」
百「!」

第二十一話

安道全「鄔梨殿はもう、大丈夫だ」
薛永「さすがだな」
葉清「…私も医術の腕がもっとあれば、誰か一人でも助けられたのでしょうか」
孫二娘「助けてたじゃないか、お前も」
葉「それは?」
孫「射られた女の子を覚えてないのかい?」
葉「…この間のことだったはずなのに」
孫「ずっと昔の事みたいな気分だろう?」
葉「分かりますか?」
孫「そういう気分はね」
薛「どうされました、孫二娘殿?」
孫「この間まとめて死んだ、暴漢共がなにか匂うんだよ」
葉「…それは?」
孫「どいつもこいつも堅気とは思えない輩だったのにさ」
葉「ええ」
孫「借金の記録が何一つ残ってないのさ」
葉「全員ですか?」
孫「全員さ」
薛「一体どういうことでしょう…」
孫「死人に口なしってことよ」

鄔梨「…もう私の商いは全てお前に託したぞ」
瓊英「はい、義父上」
鄔「…喪った友も、また多い」
瓊「…」
張清「いい奴らだったよな」
瓊「卞祥殿のお店のお掃除は欠かしません」
葉「唐斌は何か残してないのですか?」
張「…あいつは剣と酒しか持ってなかった」
鄔「それが唐斌よ」
葉「しかし、なぜあの二人が刺客の集団に襲われたのでしょう…」
瓊「…私が、独りになったからではないのですか?」
鄔「お前は喪家の玉にはなり得たが、喪家にあれほどの刺客を束ねる力はない」
葉「…迷宮入りってことですか?」
鄔「鉄面孔目も頭を悩ませている」

劉唐「公孫勝殿」
公孫勝「…」
劉「俺はしばらく済州にいます」
公「いるな」
劉「でなければ、高廉の軍の出動はあり得ません」
公「行け」

……

?「おや、あれは…」
白光「…」
?「こんな所に、どうして白馬が?」
白「…」
?「なんと美しい…」
白「…」
?「おや?」
晁蓋「」
?「誰かが乗っていたような」
白「…」
?「気のせいか…」
白「!」
?「あっ…行ってしまった」

?「朝から良いものを見たな…」

?「じゃあ今日も出発しよう」

楊令「梁山泊へ」

人物紹介

段景住…走り去る白光の美しさは忘れないだろう。
郁保四…同志の死を温かく包み込んだ。さすがは険道神。
皇甫端…牧場に帰ってきた段景住を見てほっと一息。
柴進…余計な野次馬をしている所を孫二娘にからかわれた。
安道全…羽の綺麗な鳥が懐いてやってくるようになった。
薛永…病大虫も牙を剥くと恐ろしい。
馬雲…(^^)/
宋江…白光もあれほど美しく走るのだな。
盧俊義…鄔梨と組んで最期のひと花を咲かせようとしている。
趙林…盧俊義の舟遊びのパートナー。
裴宣…済州で騒ぎが起こってしまったことを悔やんでいる。
孫二娘…集団死事件が迷宮入りして釈然としない。
呉用…鄔梨の商いに関する見識に感銘を受けた。
張清…瓊英との時間をより大切にするようになった。
龔旺…必殺技の飛槍をお披露目出来て満足。
丁得孫…必殺技の飛叉をお披露目出来て大満足。
林冲…鄔梨の元にいた豪傑に敬意を表した。
公孫勝…劉唐の仕事への向き合い方が心配。
劉唐…済州に潜入して不眠不休の仕事に入った。

鄔梨…盲目の商人。盧俊義との新事業を進めるのが生きがい。
瓊英…張清の夫人。商人としても非常に優秀。礫も使える。
葉清(しょうせい)…瓊英の執事。唐斌の剣を形見に医者になるための旅に出た。
卞祥(べんしょう)…済州人気の食堂店主。大斧の使い手で田虎の元にいた時は恐れられていた。
唐斌(とうひん)…瓊英の従兄弟の風来坊。剣の腕と酒の強さは一流。
耿恭(こうきょう)…期待の若手商人だった。曽家に殺害された。
黄鉞…卞祥の生き様を目に焼き付けた。
山士奇…梁山泊の面々の底力を思い知った。

段亭…またの名を史文恭。蘇定はかつていた夫人の弟、らしい。
蘇定(そてい)…青蓮寺の刺客。美しいものを穢したくなる性癖。
呉秉彝(ごへいい)…禁軍崩れの無頼漢。童貫に放逐された。
周瑾(しゅうきん)…北京軍崩れの無頼漢。梁中書に放逐された。
高廉…思わぬ被害を受けて苦々しいが、段亭には借りがあった。
殷天錫…普通の副官。そろそろ見切られそう。

曽塗(そうと)…喪家の五虎長兄。変装の達人で、どんな顔にも慣れるらしい。自分の顔はとうに忘れた。
曽密(そうみつ)…次兄。間諜としては優秀。卑劣な性癖が命取りに。
曽索(そうさく)…三兄。捜索の名手。言動は幼い所があるが、曽塗も頼りにする仕事ぶり。
曽魁(そうかい)…四女。曽昇と組んで色仕掛けをしていたが、本当は裁縫で生きていきたかった。
曽昇(そうしょう)…末弟。剣術に秀でた刺客だが、まだまだ未熟ものだった。

赤光…晁蓋の愛馬。
白光…宋江の愛馬。

楊令…さあ行こう。梁山泊に。

中学生の頃から大好きだった、北方謙三先生大水滸シリーズのなんでもあり二次創作です!