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必然的に偶然出会った人

なんなんだ、このおじさんは・・
正直なところ、それがSさんの第一印象だった。

僕らは旅の途中、とある県のとある公園で、偶然ばったりとSさんに出会ってしまった。ドライブの途中、トイレに行きたくなって、たまたま近くにあったその公園に立ち寄ったら、たまたま砂像の前で集合写真を撮っていたSさんのグループに目をつけられて、声を掛けられてしまったのだ。

「君たちも植樹しに来たの?」
「え、植樹?何のことですか?」
Sさんの顔つきがニヤっとした気がした。
「そうか、だったら一緒に植えていこうか」

ここから、巧みな話術で誘導されて、あれよあれよという間に植樹祭にエントリー。気付いたら500人規模のボランティアたちと一緒に、半日がかりで10000本ものクロマツの苗木を植え終わっていた。
実は、Sさんというのは緑のボランティアの一員で、その日はたまたま大規模な植樹祭イベントの日だったのだ。

トイレに来ただけなはずなのに、見ず知らずの方々と一緒に半日を過ごし、作業終了後の昼食まで一緒に食べてしまった。旅の途中、こんなところで、僕らは一体なにをやっているんだろう・・・
そんなことが一瞬脳裏をよぎったが、隙を見ておいとましようと企んでいた僕らに構うことなく、Sさんは続けざまに凄まじいリーダーシップを発揮し始めた。

昼食を食べ終わると、続けてお土産の買い物先を案内し、なんと宿泊先のキャンプ場も手配し、食材まで準備してくれて調理までやってくれた。翌日になると朝方から自宅まで招いて、朝食をごちそうしてくれた。

なんだか色々やってくれてありがたいけれども、今日は先に進まなくちゃ。そう思ってSさんに切り出すと、じゃあ一緒に登山に行くか!という流れに。一緒に、登山・・・だと?

一緒に向かった先は、地域で有名な霊山だった。若い頃、何度も登ったことのある山だというので、同行し、ガイドもしてくれた。しかも下山後に、露天風呂の眺めが良いと評判の、麓の温泉にも連れて行ってくれた。

そうして、またその日も丸1日、Sさんと過ごしたのだった。流石に2日間も過ごし、もう満足かと思いきや、まだもう一泊していったら良いのに、と言うので、このままではこの県から脱出できなくなりそうだなと思い、心を決めてSさんには別れを告げた。

別れ際、Sさんはとても寂しそうだった。そして僕らに、こう言った。昔、交通事故で息子を亡くしたのだ、と。

きっとその息子さんと僕らの年齢が近かったのだろう。何かダブるものがあったに違いない。かく言う自分も、Sさんと近い年齢の父親がいたが、若い頃に病気で他界している。惹かれるべくして惹かれあったのかもしれない。

まるで戦場に旅立つ飼い主を見届ける老犬のごとく、Sさんは僕らの姿が見えなくなっても、いつまでも独り、手を振ってくれていた。

これが2021年、一番印象に残った出会い。昨年から、他人との接触や関わりが著しく減少し、新しく他人と関わることに億劫になっていたのだが、そんな僕らに対して何も躊躇することなく、本当に、素直に関わり合いの手を差し伸べて来てくれたSさんには感謝している。
見ず知らずの他人との、本気の関わり合い方を思い出させてくれたSさん。これからも元気でいてほしい。いつかまた訪れに行こう。


#2021年の出会い

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