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祭典の日

 11時頃、そろそろ出かけることにしてブーツを履いた。ブーツは先年柏さんから譲り受けたもので、先が随分尖っている。これを脱ぐ時にはもうライブハウスデビューを果たした後なのだと思ったら、不思議な心持ちがした。

 電車に乗って、まずは辻の家へ行った。辻はメンバーではないが、ライブで使う大きなアンプを彼に借りる約束だったのである。
 じきに他のメンバーも辻の家に集まった。そうしてナベの車に機材を積んだら、随分窮屈になった。メンバーだけでなく辻も乗っていくことになっていたが、全員乗るのはどうも難しいようだ。
「どうも窮屈だね」
「それなら、俺は電車で行くよ」
「いいのかい?」
「構わんよ。ただ、ギターを積んでってくれ」

 車を見送り、駅で切符を買おうとしたら、財布がないことに気が付いた。この日に限って財布をギターケースのポケットに入れていたのである。まだ携帯電話などない時代だから、こうなるともう連絡の取りようがない。
 たまたまその日は学校でサークルの会合があった。自分は誰かに電車代を借りるつもりで、辻の家から学校までの一駅を走った。ブーツなので甚だ走りにくい。何度か足首がグネッとなった。

 会合場所へ行くと福島が声をかけて来た。
「おい、君は今日、『バハマ』デビューの日じゃなかったのか?」
「そうだよ、それで辻のところでアンプを借りて車に積んだのさ」
「で、ここで何をしているんだ?」
「ギターも一緒に積んで先へ行かせたら、財布をギターケースに入れていたのだよ。おかげで電車賃もないのさ。全体、参ったよ」
「君は、バカだな」
「君は今日バハマへ観に来るのだろう? とりあえず千円貸してくれたまえ。いいだろう? 来てくれたらすぐに返すのだからね」
「嫌だ」
「貸してくれたまえ」
「嫌だ」
「貸せ」
 すると中山さんが千円札を差し出した。
「可哀想だから貸してあげる」
「どうもありがとう」

 自分はその千円で、電車に乗って心斎橋へ向かった。バハマへはちょうどいい時間に着いた。

エンディングテーマ
Led Zeppelin “Celebration Day”

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。