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2020年音楽の旅~『HYPE』から『STRAY SHEEP』 米津玄師~未完のツアーとコロナ禍で生まれた宝石達

2021年が開けた。昨年は、今までにない混乱を極め、負の記憶ばかりが残った年だった。コロナが深刻化する前、昨年の冬は何をしていたかといえば、米津玄師のライブのチケ取りに、ひどく手こずっていた事が思い出される。先行も一般も全落ちで、最後の望みは地獄のような忍耐力が試されるトレードのみだった。血の滲むような思いで手に入れた、さいたまスーパーアリーナのチケットもコロナの感染拡大の為払い戻しになった。そして夏に発売された米津さんの通算5枚目のアルバム。ツアー『HYPE』と先日売上ダブルミリオンを記録したアルバム『STRAYSHEEP』、2020年を清算して2021年を進む為には、やはり、この2つについて記して置かなければと思った。今更感は承知で、最後までお読み頂ければ幸いだ。

2020年2月某日、信じられない事が起きる。CD先行、オフィシャル先行、一般発売、全落ちだった米津玄師ライブツアー『HYPE』のチケットが奇跡的にトレードで取れたのだった。普段テンションの低い人間が、自分も家族もドン引きする位、騒いだ瞬間だった。埼玉スーパーアリーナ二日目。行こうと思っていた横浜公演が取れずに終わり諦めかけていた矢先の事だった。
しかし、その一週間後には、日本中にコロナが蔓延し始めイベントというイベントが中止もしくは延期を余儀なくされた。『HYPE』も、もちろん、その対象で、私が唯一、行けるチャンスを与えられた埼玉公演に至っては、振替公演すら用意されなかった。
2020年月を経る事にモチベーションとなる物が1つ、また1つ消えていった。色んな音楽の聞き方があると思う。BGMとして流れていればいい人、CD等の音源だけ聞いてライブは行かない人。自分のようにライブにも行きたい人。事に私は日頃ライブで出掛ける口実を作っていた人間だった。それで己をようやく保ってきたのに、この先どうやって生きていけば良いのか。出掛けられるのは仕事と日常の買い物と病院のみ。コロナ禍が長引けば長引くほど、諦め的な毎日に引きずられ始めた。音楽も聞いていたが、前ほどではなかった。その内、私は音楽なしでも生きていけるんじゃないか、そこまで思い始めた。コロナ前の行きたい時行きたい場所に比較的行けていた自由な生活が、恵まれて特別だったのだと思い始めた。
状況が好転しないまま、世界は夏を迎えた。『HYPE』中止及び延期が発表されてから約3か月後、大きなニュースが舞い込んだ。米津玄師ニューアルバム『STRAY SHEEP』発売決定。
米津さんがずっと曲を作っていたのは知っていた。でも、どうしてかアルバムだとは考えていなかった。『STRAY SHEEP』というタイトルまで聞いても、なぜか本当の様に思えなかった。実際、制作が難しく、アルバム発売を来年に延期したアーティストもいた。今年は色々な情報に振り回されて感覚が麻痺してしまっていた。
週ごとの情報解禁を経て、8月、私の元にも、その迷える羊の内の1頭が届いた。美しいパッケージを愛でた後に聞いたそのアルバムの中身は想像を遥かに超えるものだった。
そこにあったのは、今の米津玄師を詰め込めるだけ詰め込んだ思考と時間の結晶だった。

1曲目の『カムパネルラ』が聞こえてきた時に、このアルバムは米津さんのただの集大成的アルバムではないのだと感じた。宮沢賢治の銀河鉄道の夜をモチーフにした、現世と黄泉の国が混在しているかのような世界観。『カムパネルラ』は逝ってしまった人を偲びながら、汚れながら、過ちを繰り返しながらも生きていくしかない人間の悲しみに溢れている。哀しげでありながら情熱的な曲調が、体ごと一気にアルバム内へと向かわせる。
次に向かったのは『Flamingo』の妖しく色鮮やかな夜の世界。この曲は『Lemon』の次に出たシングルで随分、雰囲気をがらりと変えて来て驚いた事を覚えている。初めて聞いた米津さんの生歌が『Flamingo』だった自分にとっては、アルバムに収められて当然、感慨深い。みっともなさを独特の美学で音楽に変換させ、1曲目とはまた違う危うい哀しさが漂う。
次は華々しいホーンの音と共に始まる『感電』。MIU404初回放映のエンディングで聞こえてきた時は、刑事物のドラマの主題歌としては少しお洒落過ぎるような気がした。だが歌詞を読んだりドラマを見る回数を重ねて行くと、これ以外ないと思わせる力がある。刹那的な人生のきらめき。その一瞬を得る為に生きていたい。人によって目標は違うけれど、時には退屈からはみ出して、やりたいことをしてみたら?と言われた気分になる。アルバム序盤の重たい空気がこの辺りから変わって、次の軽快な曲へ繫がる。
4曲目、『PLACEBO+野田洋次郎』。恋の始まりの高揚感と不安定さが絶妙。さらりと軽やかな洋次郎さんの声と米津さんの艶のある低音が引き立てあって心地良い。恋(洋次郎さん)に掻き回されてる米津さんを想像してはニヤニヤが止まらなくなる。
『パプリカ』。歌とダンスで元気いっぱいなFoorinバージョンで良く知られているが、セルフカバーはちょっと大人な感じ。民謡調の歌い方とお祭り風の間奏が、蒸し暑い日本の夏を思い出させる。
『馬と鹿』。ドラマ『ノーサイドゲーム』主題歌と既存の曲が続く。主題歌告知なしの放映開始が話題になった。徐々にサビに向けて盛り上がっていく曲調が、仲間との絆を描いた作品をドラマチックに彩っている。
『優しい人』。まず歌詞がつらい。誰かの日記を見てしまったかのような罪悪感と、心地良く語りかけて来る様な歌い方の対比。この中に出てくる、気の毒な子も優しい人も全体の中の少数派。多数派の、でも運が悪ければ気の毒な子になっていたかも知れない子の、黒い想い。目立たないように穏便に生きていくしか、生きる道がない子の独白。この曲を世の中に放っていいものか迷ったと言う、米津さん。カラオケでガンガン歌われるような曲ではないけど、確実に心の隙間に刺さる1曲だと思う。
『Lemon』。インストバージョンを聞く機会が多く、歌詞は知らないのに好きになった。後で米津さんの曲だと知ってダウンロードして、好きだった菅田将暉とコラボしてたなと思い出し、『BOOTLEG』を聞いて、それから漁るように前の音源も聞き始めた。『Lemon』は私も含め、色んな人の米津さんへの入口になった曲だと思う。誰もが知る(あるいは避けて通れない)死と言う重いテーマ。美しく哀しい楽曲と、それを聞いた後に残る少しの希望。愛する人の死をレモンの果実に重ねたこの曲は、今後も普遍的な輝きを放って行くだろう。
『まちがいさがし』。米津玄師が菅田将暉に曲を提供したと聞いて、踊り出したい気分になったのを昨日の事のように思い出す。米津さんと菅田くん、提供するほうもされる方もお互いにプレッシャーはあったと思う。どちらも各々、曲を作って歌ってる人で、ビッグネーム同士、注目度も半端ない。だけどそれでも、米津さんが、この曲を菅田将暉に託した事が、自分の事のように嬉しかった。まちがいの方に生まれた自分が大切な人に出会えた奇跡。米津さんが菅田くんの歌に感じた美しさと、同じかそれ以上を私は、このセルフカバーに感じる。米津さんが歌う事で、この歌は完結したのだ。2人でひとつの歌、呼応する2曲を聞き比べるのも面白い。
『ひまわり』。しっとりとした曲が続いた後に、ライブ映えしそうな曲が出てきた。ここで出てくるのは太陽の光を燦々と浴びて夏を謳歌する花では無く《日陰に咲いたひまわり》。力強く描かれるその姿は米津さんにとって永遠の存在なのだろう。
『迷える羊』。今ではない時空を彷徨っているかのような、不思議な浮遊感。ダークな米津さんを味わえる。アルバムタイトルにもなっている重要な曲であり、カロリーメイトのCM曲。
厭世的な『Décolleté』、十代の焦燥感を疾走感のあるサウンドに乗せた『TEENAGE RIOT』。物語は混迷しながらも、結末へと向かって行く。              アルバムに収められて、さらに壮大な美しさが浮き彫りになった『海の幽霊』。そして、エンディングは、、、。          『カナリヤ』。春風の様に優しく雪解け水のように清らかな曲。全てを包むような歌声が胸を打つ。《いいよ あなたとなら いいよ》という言葉が繰り返されるごとに、胸に幸福感が降り積もり、最後には溢れていた。4年前、《アイムアルーザー なんもないならどうなったっていいだろう 米津玄師 LOSERより》と投げやりな心を唱った彼の姿はここにはなく、他を受容する美しさで満ちている。ここ数年間で培ってきた音楽家としての結晶のような時間が、彼をこのような高みに導いた事を思うと、喜び震えずにはいられない。

決して気軽に聞く事の出来るアルバムではない。ほの暗い水面に揺らいでいるような、不安定さ、それを凌駕する楽曲の熱量が凄まじく、バランスを保っているように感じる。孤の中で豊かな感性の世界の王で居続けるのは並大抵の事ではないと考えていたが、最近巧みなサポート役が現れた。2019年以降、編曲者として米津さんとタッグを組み始めた坂東祐大さん。彼がチームに加わってから、米津さんの表現と可能性がさらに広がりを見せて行った事も、忘れずに記しておきたい。

昨年、2月~4月に予定されていた『米津玄師2020ツアーHYPE』は序盤の公演を除き、全て中止になった。しかし、コロナ禍が彼の孤独と豊かな感性の海を増幅させ、この怪物のようなアルバムを生み出したのだとしたら、私達は不幸の中で、これ以上ないギフトを得られたに違いない。もし、コロナ禍がなく『HYPE』が予定通り行われていたら、このアルバムのタイトルは『STRAY SHEEP』とはならず、普通に彼の集大成的アルバムとして終わっていたのかも知れない。彼の冷えた心の深淵を覗き込む事もなく。それほど、この『STRAY SHEEP』というアルバムは良い意味で彼の本気と情熱が詰まりすぎている。皮肉にも「不要不急」という音楽家にとって残酷な言葉が彼の心に傷をつけ火を起こし、また新たな傑作の宝石を生み出した。

現在も「不要不急」という、その言葉に操られる時もあるが、もう構わないと思っている。ライブは行けなかったが、結果的に何処にも行けない閉塞感を超え、見たこともない場所へ、この『迷える羊』は連れて行ってくれたのだから。老眼に悩ませられながらも投稿にチャレンジするきっかけも彼の曲が作ってくれた。               音楽は「不要不急」どころか、2020年、本当に必要だったし、塞ぎそうな方向に傾く心を何度も掬ってくれた。米津さんを含め、沢山の音楽との出会いに、心からありがとうと言いたい。