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信仰を忘れた街。

大好きだった故郷には、寿命がきてしまった。
いつまでも、いつまでもそこにあると思っていた故郷には。
かけがえのない故郷には、ある日突然、もう二度と帰れなくなってしまった。
重量オーバーのトラックに揺られながら、肩を寄せ合い、声を掛け合い。
なんとか互いの気力を維持させながら、次の街へ。そのまた次の街へと移っていく。
暖かい場所がいい。
日の当たる場所。柔らかな風が吹いて、湖面が凪いでいるような。
故郷とよく似た、太陽と月のある場所で。

妥協のない住まい探しは、いく日にも及んでいった。
そしてついに辿り着いた街は。
彼らの描いていた理想と同じ、あの故郷に同じ、太陽と月に恩恵を受ける街だった。

たった一つ、故郷と全く違うのは。
こんなにも天に愛されている街であるのに、人々は皆信仰を忘れ、自尊心を忘れて、そこに至るまでの深い悲しみすら忘れて、街を嫌う者たちで溢れていたことだった。

ある者は、この街を「支配的だ。」と罵った。
“討伐”と掲げた旗を揺らし、「我々は独裁的な権力には屈しない。」と意気込んだ。
徒党を組み、毎日のように声を上げていた。

ある者は、この街を「遅れている。」と嘲笑った。
どこどこの、そこそこの街ではこうだった、ああだった、と吹聴して、話の終わりには必ずこの街は発展途上だと締め括った。

ある者は、この街を「儲からない。」と嘆いていた。この街の通貨と金の価値を毎日照らし合わせて、減った、今日も減った。価値がなくなった。とため息をついた。

ひとり、ひとりとこの街を出ていく。
住民が減り、税収が上がり、声高になっていく反発の声。ため息の数。
そしてまたひとり、ふたり。
住民がこの街を去っていく。

引っ越してきたばかりのニニには。
故郷を無くしたニニには、この街がどれほど素晴らしいか分かっていた。

稲穂を黄金に染めながら沈んでいく太陽は、どんな人も、どんなものも、ニニも、照らしながら沈んでいく。
ああ、お天道様が沈む。とニニは思った。

怒る住民の声が背後から聞こえる。
嘲笑う住民の声が背後から聞こえる。
紙幣を擦る音が背後から聞こえる。

ニニは雑踏の中で太陽に手を合わせた。
人々の代わりに祈りを捧げた。
大地に、月に、そして太陽に。
祈りを込めて手を合わせた。

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