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私って多分愛されてる。

それは念願の露天風呂から上がった瞬間だった。
突然、足の指が大きく腫れた。
それはもう真夏のトマトみたいに、でっぷりと膨れ上がったのである。

なんだこれは。

突然足を見せられて困惑している読者もいると思うが、一番困惑しているのは何を隠そう私なのだ。
私の方が困惑している。
足先に完熟トマトを抱えてしまったからだ。
こうなってしまえばもう普通に歩ける人などいないだろう。
片足を庇うように、カッコンカッコンと駐車場を歩きようやく車に乗り込んだ。
そうして車の中で靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、もう一度足の指を確認する。
そんなわけないと思いつつ、奇跡的に治っていることを祈りながら。
しかしそんな簡単に奇跡は起こらず、やっぱり腫れているのだ。
ジンジンと痺れながら特に中指が腫れている。
なんでだ?と首を傾げる。
思い当たる節は、やはり温泉に入ったことだけだ。
それまではなんともなかったもの。
入る時は普通に入って、出る時に足を引きずっているのだから。
そんな客を見送った温泉施設の方も遺憾だろう。
私とて遺憾の意である。
しかし私には文明の力がある。
常に私のそばにはGoogle先生がいる。
颯爽とスマホを取り出して、
Googleの検索エンジンに「足の指 赤い 痛い」とかけた。

Google先生「しもやけですね。」

なんだ、しもやけかあ。
しもやけなら大した事ないわ。
良かったわ病院にいかなくて。
大騒ぎして病院に行って、「これは霜焼けですね。」なんて半笑いで言われなくて良かった。
良かった良かった。

そう思いながらスマホを閉じて、温泉施設から出たのだが
ここで話が終わらなかった。
うちの主人だ。
帰宅早々、変な歩き方をする私をみて
「どうしたのその歩き方?」と問う。
私はしもやけだと思い込んでいるので、まるで面白いものでも見せるように
「あ、そうそう。見てこれ。笑」
と靴下を脱いで患部を見せた。
その瞬間に「え?!なにこれ?!?!なんでこんなに腫れてるの?!病院は?!」
と騒ぐ主人。
その驚き方に、私も驚いて
「えっ、でもこれGoogle先生がしもやけだって言ってたよ。」と返すと
「別の病気だったらどうするの!」と怒られてしまった。
確かに、本当のところはどうなのかわからない。
しもやけだと思い込んでいたが、言われてみればどこの誰が温泉施設でしもやけになるというのだろうか。
ハッとさせられ、言葉を失う私。
しかも私には、過去に同じ過ちがある。
ただの便秘だと言っていたら、腹膜炎の一歩手前だった過去である。
全身麻酔の上に予定時間を大きく超えた手術までした私の意見は旦那の耳には入らないのだ。
あの時と同じようにヘラヘラしていたから
尚のこと旦那の怒りを買ってしまったようだった。

「もういい、病院に行きたくないだけでしょ!」
と、主人が勝手に病院へ電話をかけて
私のトマトみたいに腫れ上がった足の事を一生懸命説明し始めている。
しかもどうやら診察時間が終了したことを通告されているようだ。
それは自分のせいなのに、黙ってそれを見ていた私がますます怒られる羽目になった。
「なんで今日病院に行かなかったの!」と私に怒りをぶつけてくる主人。

「分かったよ、明日行くから。」
「絶対だよ、絶対明日病院に行ってよね!」

そう念を押した後も、主人がスマホで可能性のある病気を調べながらブツブツと今日病院に行かなかった私の文句を言っている。

リュウマチの症状が最も近い!と怒りつつ、改善の方法として
「よく笑って、美味しいものを食べて、よく眠らないといけない!」と例を取り上げ、
普段からゲラゲラ笑い、美味しいものが大好きで、のび太のように一瞬で眠る私が当てはまらないと気づくなり
「このサイトはあてにならない!」と除外したりしている。

やかましい事限りないが、本当に愛しき人である。
私はどこかでくすぐったいような感覚を覚えながらも、病院に行く事を約束してその日は就寝した。

次の朝。
近くの病院で予約をとり、症状を説明する。
電話口で「とにかく患部を見せてください。」と返されて、しぶしぶ病院へ行く私。
とにかく点滴や注射が苦手なのだ。
しもやけだと思っていたのに、血管が詰まっていて痺れていたなんてことになったら血管の詰まりを取り除く手術までしなければならない。
そんな事になったら、今まで楽しく暮らしていた日常が一変する事になる。

嫌だなあ、見られたくないなあ、と思いながら診察時間を待った。
頭の中ではもうすでに酸素マスクをかけた私がいるのである。
あーあ、つまらない人生になっちゃうなあと落胆していたら名前を呼ばれて診察室へ。

そこで待っていた先生に、「足が腫れてるんだってね。見せて。」
と言われ、祈る気持ちで靴下を脱いだ。

「うーん。」と唸りながら爪先を見つめていた先生は、しばらくして頭を上げた。
これから彼が下す診断が私の人生を別つのだ、と固唾を飲む私。
そんな緊張する私に向かって、先生は半笑いでこう言ったのだ。

「これは、しもやけです。」

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