なんでここにいるのか?
もし人生の設定を全て自分でしてここにいるのなら、この人生で凄いことをやった、とかでっかいことを成し遂げたとか今の地球で賞賛されるようなことをしても、外側に戻った時に高次元の自分が人生を振り返るとしたらやりたかったことをやっただけのことだから特に自分がこの世でやったことには意味はないのでしょう。
計画を立てるときは高次の意識だから、計画はその魂に合ったものを綿密に、経験したいことを存分に組み込み、ちょうどいい塩梅の人生を計画するのだろうから。
経験したかったからやっただけ。
いい人生も悪い人生もない。
だから人と比べるということは全くやっても仕方ないこと。
人のゲームを批判するのもナンセンス。
この人に出会った意味、この経験をしている意味、この仕事をしている意味、この人と結婚した意味なんてないということです。
現実に意味付けは不要です。
それも全部設定済みなんだから。
となるとなんでここで生きているのか?
そういうシステムに組み込まれているから?
では地球ゲームの特徴ってなんなのか?
それは「感情」ですね。
人間である以上、感情がつきまといます。
もう大量の感情がぐちゃぐちゃにデータベースに収められているから訳がわからなくなってしまっているのが現状。
先を歩んでいる人の特徴は?
感情が揺れ動かないということ。
だからこそそこに気づいた人は、このままだといかんと思い、感情を浄化?光に返す?マネージする?コントロールする?手放しましょう!と言います。
どの言葉もしっくりこないので、感情と付き合うなら、私がよく「面倒をみる」とここには書いています。
感情をひたすら愛してあげる。
私の経験上、感情を見て、感じて、愛すると、この世を見る視点が少し上がります。それの繰り返し。
ここからは私に勝手な想像になります。
全ての経験とそれに伴う感情、人生を通してどれだけの意識の広がりをみせたかが死んで外側に戻った時にデータとして残る。
私が思うに、一回広がった意識として残ったデータはアップデートしていくだけで、後戻りはしないんじゃないかな?と思うんです。
スマホなんかもアップデートはどんどんできる。もちろんアップデートせずそのまま使うこともできるけど、古いバージョンに戻ることってないじゃないですか。
なんでも気づいてしまったらもう後戻りできないものだ。変な方向に行ってしまうこともありますが、、それも想定内。
次のゲームは何をしようか?と計画を立てる時に、意識が広ければ広いほど次のゲームの選択肢が広がる。
どんどん軽くなり広がりを見せていく。
逆に意識が狭いと選択肢は狭く、同じようなゲームの繰り返しとなる。感情を楽しんでいる人はそれを思い切りやればいい。
でも意識の広がりを経験する設定をゲームに組み込むのも高次元の自分からしたら適当な時がわかっているから、経験を積んでいつかは準備が出来次第誰でも気づくことになる。
だからみんな同じ。
結局この世は、すっごいリアルだから騙されてしまうけど、幻想であり、ゲームマスターのコントロール下にあり、プランは大体決まっている。
その中で自分が仕掛けたアイテムを拾ってどれだけ自分が作った計画の最高のものを掴んでいくかのゲームでしかないのかもしれない。
そう考えると色んなことが納得いく。
出会った人と心を通わせ、愛を交換するときの幸福感もここ三次元地球ならではだと思うし、他人がいるからこそ自分を知ることができる。
しっかり地に足を着けて、この世界を生きて生きて生き抜いてやる。
☀️🌕
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