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Re:アクタージュを読ませたい

 出すあてのない手紙が溜まっていた。

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 ちゃんと記録しないと記憶はすぐに薄れていく。
 だから記録しておいた。1年前のアクタージュの感想。

 アクタージュを読ませたい

 私はとびっきり素敵な作品に触れると何かを創りたくなる。小説を読んで小説を書きたくなったり、イラストを見てイラストを書きたくなったり。私はそれをお話回路が動くと言ったりしていた。

 以前、RT直後のツイートを表示するやつで「アクタージュ思い出した」というコメントをもらった。確か「夢見りあむ お気持ち表明採点botが楽しい」という記事のツイートに対してだったと思う。
 アクタージュは3話までしか読んでいなかったので「アクタージュってそんな話だっけかな」と思い、6巻まで読んでみた。

 すごい。これは役者の話で、演技の話で、表現と、感情と、才能と努力と嫉妬と羨望と人間の話だった。役者にあまり興味を持てなかったために拾えていなかった情報が流れ込んでくる。表現の話をこれほどエンターテイメントとしておもしろく描いてくれたことが嬉しい。



 最後に、こうした楽しいコンテンツが消化を上回る速度で供給され続ける現状に感謝したい。多分私はこれからも飢餓に喘ぐことはないだろう。夢見りあむお気持ち表明リョコウバトは絶滅したかもしれないが、牛や豚を食べればいいので。

 書きかけだった。でもこのときの感情は鮮明に思い出せる。銀河鉄道の夜編のクライマックスの盛り上がりに興奮していた。劇中劇が抽象化した作品の縮図になっているというのは王道だが、演劇の話でここまできれいに必然性を持ってまとめあげるの何?すごくない?全員が全員かっこいいんだけど。というか宇佐崎しろ先生の作画が初期とは比べ物にならないほどよくなってて演技という漫画で表現するのが非常に難しい領域を絵でストーリーに説得力を持たせてきている。もともと表情の書き方が上手な人だったけど作中のすごい演技がパッと絵だけ見てもわかる。漫画だと芸術の巧拙を表現するとき周囲のリアクションで示すことが多いわけだけど画力が上がりすぎてもう絵だけでわかる。強い。素晴らしい作品に触れると自分も何か創作したくなるな。何を創ろうかな。――といったことを考えていた。

 なんて幸せそうなアクタージュの感想だろう。まるでアクタージュが永遠に続いて、舞台になって、アニメ化されて、映画になって、そんな未来を疑いもしないような、アクタージュの力を信じ切った者の感想だ。そうだろう。わかる。今でも思っている。不祥事さえなければ舞台は成功し、アニメ化の発表があり、ジャンプでも盤石の地位を得て、そのまま素晴らしい結末まで走りきってくれたはずだ。
 だから「なんて馬鹿なことをしたんだ」「アクタージュにどれだけ多くの人が関わっていると思っているんだ。周りの迷惑を考えろ」「作品を殺した」「許さない」等、次々と嫌な言葉が浮かんだ。理のないことはわかっていた。
 「なんて馬鹿なことをしたんだ」これは別にいい。
 「周りの迷惑を考えろ」ただの部外者がなにを言っているんだ。
 「作品を殺した」作品をどうするかの権利は著作権者にある。お前に口出しする権利はない。
 「許さない」お前に免罪の資格はない。
 自分で吐いた言葉を自分で否定していた。自分には何の権利もない。でも悲しかった。怒りに任せて原作者を攻撃したかった。何を書いてもひどいことしか言えなそうでTwitterでは黙っていた。黙る他なかった。

2週間経って作画の宇佐崎しろ先生がコメントしていた。

 多分世界で一番アクタージュのことを愛してる人が終了を受け入れると言っていた。私よりアクタージュが好きな人がこう言うならもう何も言えない。心が落ち着いた。

 やっと自分の中でアクタージュが終わった気がした。

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 ありがとうアクタージュ。
 漫画は必ず終わる。理想の終わり方を迎える漫画のほうが少ない。それでも123話連載してくれてありがとう。大好きな漫画だから何度でも読むよ。何度でも読んで血肉にして、大切に覚えておくよ。
 連載、本当にお疲れ様でした。生まれてきてくれてありがとう。

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