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空爆の記憶に会いに行く③

サライェヴォ中心街である。想像以上にモダンだ。道も広い。ところどころに高いビルやショッピングセンターがあって便利な町である。
しかしそこは、いわゆる”スナイパー通り”だ。銃痕の残る建物が印象的だった。まじまじと見ると銃痕とは呆気ないもので、ともするとちょっとした壁の傷ぐらいにしか見えない。
歴史という名の「国家の文脈」を知っているというだけで、建物にある穴の意味は途端に変わってくる。悲しい歴史が一発一発の弾痕には込められている。

サライェヴォはまっすぐ歩いていくと、次第にイスラームっぽい町並みになる。急に建物の高さがグッと低くなり、素朴ながら人が多く行き交い、活気に満ちた町並みだった。

雑多

モスクがあったが、なんとなく入ってはいけないような気がして、私は入れなかった。

時間も遅かったので腹ごしらえをすることにした。せっかくだから、と思ってそのイスラーム人街でケバブとキャベツを食らった。
量は容赦なかったが久々のあたたかな食事はうまい。
奥の方にあるパンというのは口内の水分をグッと持っていくなかなか罪深いパンだ。ピタパンというらしいが、このようなパンはクロアチアのザグレブでもお目にかかった。小学校の給食の時に出る食パンといい勝負である。

欧米で食う肉はだいたいうまい

まあケバブは外れないウマさである。大概欧州の人間なんて肉と芋くらいしか食ってないので味が目新しいわけでもないのだが、日本ではあまり体験できない味わいはなかなか貴重だ。ケバブの左側にあるのはコメである。ケバブライス的な感じだったが、ライスはどうしてもパラパラのタイ米系になってしまい、うるち米だったらどのくらい美味かったのだろうと思わず想像してしまう。

近くの宿に向かう。支払いはキャッシュのみらしい。ATMで金を下ろすことにした。withdrawalを押し、しばらく待つ。
画面に映る”transaction error”。おや、と思いながらもう一度押すと、画面に映るのは、やはり”transaction error”だった。

焦る。スキミングでもされて上限に至ったか―と考えて、カードがついに逝ったかと思ったので、とりあえず銀行のヘルプデスクに電話した。
久々の日本語。あらましを伝えると「こちらでは特に問題はない。出金した形跡も見つからない」という。考えられる原因は、おそらく通信環境の悪さではないか、という。

なるほど、とひどく納得した。こうなったらトライしまくるしか方法はない。とりあえず高橋名人よろしくwithdrawalを連打した。

すると四度目の正直(結構早い)、ついに現金が出てきた。
日本でATMから金が出ないなんてことはまずあり得ない。でも、考えてみればATMから金が出るのだって当たり前ではないのだなあと痛感した一日であった。

宿の部屋は私のところだけ尋常ではない鍵の固さで開け閉めに難儀した。あとただただトイレが臭い。多分使ったあとの紙を蓋のないゴミ箱に捨てていたせいだ。東欧ではたまに水流が弱すぎてこういうトイレがあるのだが、ふたがなければ臭いのは当たり前である。
部屋の毛布がごわごわしていたのが少し気になったが、気づいたらサライェヴォの夜のなかに私は夢を見ていた。


翌朝早朝。今度はクロアチアに向かう日だ。昨日到着したところとは別の、中心街の方にあるサライェヴォのバス停留所に向かった。若干便意が差し迫っていたこともありバス停留所にあるトイレに小走りで入ると、私は便器を見てやや驚愕した。
ミニ和式便所みたいな形なのだが、足の置き場が死ぬほど小さくて心もとないのである。日本の和式とは座り方が逆で、壁の方に肛門を向けるような感じだ。穴がちょこっと開いているだけで、試しに水を流してみるとほぼ便器を洗浄しない。これは穴にちゃんと命中させないと便器を汚してしまう。おなかを壊していたら命中率が格段に下がるのでこの便器では無理だろうと思ったほどだ。中東欧に行ってこういうトイレに遭遇した時は気を付けられたい。

結局排便は大成功し、時間ぎりぎりでバスに乗り込んだ。クロアチアに向かうバスは快適だった。徐々にバスのクオリティが上がる喜びこそ、東欧を発展途上国から順に旅行する良さのひとつである。

クロアチアのザグレブは西欧並みに発展していて、かつ美しい。
空気も綺麗だ。駅前の大きな広場。近くにある植物園…。郊外には高いマンションが建っていて、おまけに飯もうまい。私は夕飯に「ザグレブ風カツレツ(Zagrebački odrezak)」を食らったが、端的に言うと分厚いチーズ入りカツレツである。

欧米で食う肉はだいたいうまい(2回目)

しかし美味い。大学の学食で揚げ物を食べていたときなんか食べるたびに腹を壊してしまうほどひどい代物だったのに、クロアチアのそれは実にちょうど良いジューシーさだった。
あと久々に飲んだシュウェップスも揚げ物と相性が抜群だった。味のついた飲み物もたまには良いものである。(つづく)

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