終わって気づく

私って変わってる。『不思議ちゃん』ってよく言われるし、口の悪い友だちなんかは『変人』って言ってきたりする。だから多分、変わってるんだと思う。
机の上で紙をくるくる丸めながら、そんなこと考える。
春休みの平日、しかも補習の放課後、普段なら私もさっさと帰っているけど、今日はなんとなく帰れずにいた。
教室の後ろの方では女の子が四人が話してて、前の方では男の子三人が小突きあっていた。
「杉本、なにしてんの?」
教室の前の方のグループが、こっちに興味を示していた。
「とうっ」
今しがた出来上がった工作物を話しかけてきた田中に向ける。割り箸に紙を巻き付けただけのそれは、びよっと伸びて田中の肩に当たる。
「痛っ!なにそれおもしれー。いや痛いって」
近寄ってくる田中に、ぼすぼす当てる。
「懐かしくない?ほら、お祭りの時に、こういうくっだらないおもちゃ売ってたでしょ?」
ちょっとヨレた紙を整えながら田中たちに話しかける。
「いや、俺は見たことないけど」
「俺も」
田中と、同じく前の方にいた木下が答える。
「嘘だー。ちかちゃんは?」
四人程度で話してたグループの方を見る。
「はる、また変なの作ってる」
ちかちゃんが笑う。
「てかはる、引っ越し明日じゃなかったっけ?」
急に真面目な顔になったちかちゃん。
「え、杉本の転校って四月だろ?」
「ばーか。普通二週間くらい前に引っ越すだろ?」
「え、はるちゃんもう行っちゃうの?」
「そういえば、私はるちゃんのメアド知らないんだけど」
「私知ってるけど教えようか?」
たった七人でざわつき始める教室。ああ、みんなクラスメイトじゃなくなるんだなぁ、なんて冷静に考える。
一年生の頃は、まともに話すクラスメイトなんて数人しかいなかった。二年生に上がり、メンバーが一新して、はじめて男の子と普通に話すようになったし、男女交えて話す事が日常になった。あの頃からしたら考えられないことだ。
「杉本、明日って本当?」
いつの間にか手にしていた、私の工作物をぶんぶん振りながら田中が聞いてきた。
「うん。今日徹夜で荷造り」
勉強道具だけはまだこっちに置いていたから、それを詰めなきゃならない。
「はる、それやばいって」
ちかちゃんが詰め寄ってくる。
「うん。やばいね」
真顔で返すと、ちかちゃんは困ったような顔をして口を尖らせる。
「やばいね、じゃないよ。私らだったらまた明日見送りに行くから、早く帰って荷造りしなよ。それ、本当やばいから」
ちかちゃんは、いつも私の心配をしてくれる。クラスの女の子みんなから好かれているのに、私にも話しかけてくれた優しい友だち。私は気づかないふりをしていたけれど、引っ越しが決まってからは、私と下校時間を合わせてくれている。
「明日来てくれるんなら帰ろっかな」
笑いながら教科書をカバンに放り込む。
「あ、俺行けねーわ」
そう言った田中は、まだ紙きれで遊んでいた。
「てか、田中は明日試合じゃね?」
「そーそー」
「今日の部活は?前日に練習サボったら相当怒られるんじゃないの?」
「さすがにサボったらコーチに泣かされる」
「田中バカだね」
田中は能天気なのか何なのか分からないけど、色んな人に声をかけるしかけられる、そんな奴だ。まあ、顔が中の上で、明るい人間だったらそこそこ教室でも上手くやれるんだろう。その上、陸上で県大会優勝とかするもんだから、色んな人に話しかけられる。
そんな田中が私にも話しかけてくれた四月。最初はからかわれていると思ったけれど、そんなことをする人じゃないとすぐに分かった。今じゃ、ちかちゃんと同じくらい大切な友だち。
「別に見送りなんていいよー」
私はまた、ゆっくり教科書を詰める。どうせ明後日からはクラスメイトじゃなくなるんだから、名残惜しくなるようなことをしないで欲しかった。
「でも、ね」
「見送りくらいしたいよ」
ちかちゃんの隣にいた、咲子ちゃんが泣き始める。
「私、もっとはるちゃんと喋りたかった」
「一番寂しいのははるちゃんなんだから、咲子は泣かないの」
「だって」
徐々に変な空気が漂い始める教室。そんな中、田中だけが感傷に浸る様子もなく、ひたすら紙きれで遊んでいた。
私はもう、詰める教科書がなくなっていた。
「ほら、はるちゃんが帰れないでしょ」
ちかちゃんが、困った顔で咲子ちゃんの頭を撫でた。
「はるちゃん、咲子は私が慰めておくから、帰って大丈夫だよ」
私は笑ってカバンを手に取る。正直、この空気の中どう過ごせばいいか分からなくなっていた。
「明日、絶対見送り行くからね!」
教室から出る直前、ちかちゃんが駆け寄って耳打ちしてきた。こういう所が大好きだ。
玄関まで着くと、立っていられなくなってうずくまる。涙が溢れてきた。東京なんて行ったら、もう滅多に会えなくなる。
三年から編入なんて、絶対に上手くいきっこない。だって、私がこの一年上手くやれたのだって、奇跡みたいなものなんだもの。
ここから、離れたくない。
「杉本、まだいたんだ」
唐突に田中の声が降ってきた。
「なんで田中がいるの」
タオルに顔を埋めたまま、もごもごと話す。
「あ、いや、遅れてでも部活行ったほうがいいって、みんな言うからさ」
私から少し離れた位置に、おずおずと田中が座ったのが分かった。靴ひもを結んでいるんだろう。
「あと、何だっけこれ、びよんびよんするヤツ返そうと思って」
「あげる」
ぐちゃぐちゃな顔を上げたくなくて、そのまま話す。
「えっと、杉本、その、具合悪いなら保健の先生呼ぼっか?」
ちょっとズレてるけれど、これが田中の優しさなんだから仕方ない。
「明日引っ越しだから寂しいんです」
ぶっきらぼうに返すと、田中が明らかに困っているのが分かった。
「それより田中、早く部活行ったほうがいいと思うけど」
「あ、ああ。そうだよな」
隣で立ち上がる気配がした。行っちゃうんだ。自分で言ったくせして、田中が去ることが悲しい。
「えっと、杉本なら向こうでも上手くやれるから」
頭に乗る大きな手のひら、その体温と、田中の声に、胸がおかしな鼓動を上げた。
一生懸命顔を拭いて見上げると、グラウンドへ走っていく田中の後ろ姿が見えた。急に色んな感情がせり上がってくる。ずっと考えてたたくさんのことを聞きたくなる。
明らかに根暗だった私に、なんで話しかけてくれたの?なんでいつも元気でいられるの?なんでそんなにキラキラした顔で笑うの?なんで走ることにそんなに一生懸命になれるの?
私の引っ越しが決まってから、部活に遅刻するようになったのはなぜ?
溢れて声にならないたくさんのことが、私の胸を締め付ける。

そっか、私、田中の事が好きだったんだ。多分、初めて話しかけてくれたあの日から。