洗練

　小学生の頃は親が買ってきた服をそのまま着ていたのだけど、中学に入ったくらいから自分で選ぶようになった。サイズ感や配色のバランスなんかの基本を何も分かっていなかったので色々と過ちを犯した。ある時、お金がなかった僕は持っていたユニクロのジーンズの膝をカッターで切り刻み、ダメージ加工をセルフで施した。自分では中々気に入ったので友達と遊ぶ時に履いていって自慢して回った。そのちょっと後になってから、僕は普通に服屋でダメージジーンズを買った。そして、それを履いている時に「それも自分でやったの？」と複数の友達に訊ねられた。僕はそれ以来ダメージジーンズを履いていない。

　大学以降は有名どころのセレクトショップなんかで服を買うようになった。それでも基本的にはセール品だけを狙い、あまりお金を掛けないようにしていた。洋服を選ぶのは人並みに好きだったのだけど、頭のどこかであくまでも消耗品だという意識が強くあった。それから社会人になって以降のどこかの時点で、僕は服装やファッション全般について一考した。そろそろ洗練された大人になって然るべきだと思ったのだ。「お洒落とはなんぞや」と僕は考え、服装の前に体型が重要だという結論に至った。そしてせっせと自宅で筋トレに励んだ。ある程度自分で実感できるくらいの体型の変化があり、僕はそれまで手を出したことのなかったデザイナーズブランド、俗にドメブラと呼ばれる服を買ってみることにした。ネットで下調べしてから店舗に足を運び、なるべく長く使えるシンプルな物が欲しかったので、白いシャツと黒いパーカーを選んだ。二点で三万七千円だった。僕は以前より頻繁に洗濯をするようになり、アイロンとアイロン台を買った。とある冬の終わり頃、セールで七万円くらいしたコートを買って以降、僕は少しずつ何かを悟り始めた。「もう大体分かった」という感じだった。専門的にファッションのことを学んだり業界で働いた訳ではなかったが、自分はそこまでする情熱のない一般人の範疇にいるだけだと気付いたのである。僕は気に入っている物だけを残して服を古着屋に売り払い、アマゾンで無地のベーシックな服を購入するようになった。

　洗練された大人になるのは並大抵のことではない。無頓着でも過剰でもない上に、且つ綿密な計算が鼻に付かないという奇跡的な状態なのだから。最初の時点には意図的な行動の継続が不可欠だが、その意図を習慣化によって半ば消失させる必要がある。それには膨大な時間が掛かる。気に入っていたはずの自作のダメージジーンズを、外部要因であっさりと履かなくなってしまうような人間には荷が重い。