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先入観

 個人的にシリーズ物の映画が苦手である。『スター・ウォーズ』や『マッド・マックス』は恥ずかしながら見たことがないし、世間で最新作が話題になっても今更後追いしようとは思えない。全作品を通して見なければならないという強迫観念に駆られて気後れしてしまうからである。一つの作品を単体で見ても充分に面白いと諭されても、「どうせ全体で見た方がより面白いんでしょ?」と思ってしまう。そこだけツマミ食いするのは無粋な気がするし、人生の歩みと共にシリーズを見てきた古参のファンに引け目を感じる。それに映画の長寿シリーズの一作目ともなると、単純に映像や音声の技術的なクオリティが気になったりもする。どれほど名作であっても白黒映画を見るハードルが高いのと同じだ。

 大学時代の友人に『ゴッドファーザー』を勧められた時も、僕は少し懐疑的だった。シリーズは全部で三作とはいえ一本辺りはどれも三時間にも及ぶ大作だったし、なんというかビートルズの全てのアルバムをリリース順に聴いていけと言われているような気がした。それが素晴らしいということは想像できたのだけど、ある程度まとまった時間が必要なので中々重い腰が上がらなかった。でも結局は全作品を通して見た上にDVDも揃えた。僕はそれを皮切りに、名前だけは知っていたけど見ていなかった古い名作映画を立て続けにチェックしていった。そして『グッド・フェローズ』『レイジング・ブル』『タクシー・ドライバー』といった作品に出会った。

  ロバート・デ・ニーロほどの俳優になると、彼が出演しているというだけでその作品を見ようと思うことがある。『マイ・インターン』の公開時、僕は映画館まで足を運んだのだけど、デ・ニーロが出ていなければDVDや配信を待っていたという気がするし、そもそも見ようと思わなかったかもしれない。多くの人がスタジオジブリの新作が出れば何はともあれチェックするように、多くの人が彼の最新出演作を何はともあれチェックするのだろう。僕は前述したような数々の代表作をリアルタイムで追ってきた世代ではない。だから僕の中でのデ・ニーロに対するイメージは、上の世代の人間が彼について語る際の扱い方にかなり依存している部分がある。日本の俳優でいうなれば松田優作に近い。アウトローでカリスマ的な「男に好かれる男」といった印象である。各出演作からもそういったイメージは得られるのだけど、世代を超えて語り継がれているという事実が、彼らをより伝説的な存在に昇華している。そういった偏ったイメージは『マイ・インターン』を見た時にも付き纏った。ロマンスグレーのいかにも温厚そうなお爺様といった風貌のデ・ニーロに対し、「これは内に秘める狂気の裏返しに違いない」と僕は疑ったものだ。拳銃を取り出して一悶着起こしてくれるのをどこかで期待していたのである。だが、残念ながらそういう作品ではなかったし、アン・ハサウェイのお色気シーンもなかった。

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