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『解放セヨ』 路上野菜解放戦線からの声明文(1)

福岡から沖縄に寝床を移してもうすぐ100日になる。
那覇から車で1時間ほど、沖縄のなかほどにある1LDKの㍇を借りた。

いろんな国で手に入れた家具とガラクタと本に囲まれて、小さなベッドでひとり眠る。
毎日正午に目が覚めて、歯を磨いたら歩いてNEO POGOTOWNというスペースに行く。
俺は眠りと読書と散歩する以外、ほとんどすべての活動をここで行う。

普段は文章を書いたり作品をつくったり、楽器弾いたり料理したりしていて、誰か来たらお喋りしてボードゲームして、夜中になったら㍇に帰って本読んで眠る。
たまに店番したりイベントやったり、ZINEやTシャツをつくったり発送したりして、あっという間に100日が経とうとしている。

俺たちが拠点とするNEO POGOTOWNは、沖縄市のパークアベニューという商店街にある。
パークアベニューは昔とんでもなく栄えていたらしいけど、いまとなっては地方でよく見るさびれた通りのひとつである。

でも最近、かっこいいお店やギャラリーもポコポコできてきている。これらのお店については追々紹介していこうと思っている。

ほかは地元民向けの飲食店やタトゥーショップが何軒かあるくらいで、それ以外はほとんどシャッターの閉ざされた、静かな街となっている。
このまま静かに終わっていくのか、うまく新陳代謝して新しい何かを生み出す場所になるのか、その分岐点がいまかもしれない。

春になってからは休業中の店が多くて、通りを歩くひとの数もいよいよ少ない。
誰もいなくて当たり前の夜が続いている。

この街で起きた事件といえば1年前に近所のラーメン屋が爆発したくらいで、ほかに大きな事件は聞いたことがない。
かといって治安もそんなに良くはない。
この暗闇に乗じて野菜を植える、 #路上野菜解放戦線 というイリーガルなゲリラ組織の勢いも増してきている。

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彼らは自治体が配置した鉢植えを無断で耕し、様々な野菜を植えていった。
法律を無視したやり方で公共物を私有化しているように見える彼らだが、「路上野菜解放戦線」とマーキングされた鉢植えに実った野菜は文字通り広く解放されており、誰が食べても良いらしい。
ある意味では、公共物以上の公共性を持っているように思える。

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#路上野菜解放戦線 は俺が引っ越してきてから数週間後、引っ越し作業が落ち着いた矢先に現れた謎の組織で、まだ明らかになっていないことも多い。

そんな #路上野菜解放戦線 を追う中で、名前も顔もわからないひとりの構成員から声明文が送られてきた。

その人物から伝えられた「公表すべし」という言葉に従い、以下に声明文を掲載する。

『解放セヨ』 #路上野菜解放戦線 の声明文

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#路上野菜解放戦線 は野菜を育み、路上に解放することを目的として活動するゲリラ組織である。

我々が路上で生育した野菜およびハーブの可食部は、地域の住民や通行人に限らず、観光者、警察官、政治家も含んだあらゆるすべての人間が自由に食べて良いこととする。当然、我々も食べるものである。

青果の受け取りに際しては許可も申請も必要なく、報告の義務もない。

我々は人種、国籍、年齢、セクシュアリティ、思想、信条、信教、友人、他人など、人間に関するあらゆるカテゴライズを放棄する。
また、我々は大自然のルールにのみ従い、どの国の法律にも縛られることがない。

この声明文は我々の生まれた背景と最終目標を明確にし、潜在的な同志に呼びかけることを目的として記していく。

#路上野菜解放戦線 誕生の背景

原初のピテクスの誕生からおよそ400万年がたち、ヒトは自らを指してホモ・サピエンス、つまり知恵の人と呼称するようになった。

世界中の原始宗教から鑑みるに、 狩猟採集生活を送っていたころの我々は大自然から無尽蔵に渡される贈り物を適度に受け取り、植物や動物に畏敬の念を持って共生してきたものと想像する。

およそ1万年ほど前から徐々に農業中心の生活へと移行し、やがて余った麦を分配すべく経済中心の生活を送るようになったのは、人類の歴史から見ればごく最近のことである。

我々は「働かざるもの食うべからず」というあたらしい原則の元で生活をはじめた。

これ以降の世界では、飯を食うにも、家に住むにも金がいる。
住民税がかかる場合、息をするにも金がかかる。

「贈り物」を除けば、物や権利が移動する際には必ず金銭または物品あるいはサービスの交換が行われる。山の木や川の水、日の光から土地の権利まで、あまねく全てに値段が付けられ、何を得るにも等価交換が前提となる。

この条件下では、相応な対価さえ支払えば取引相手に感謝を述べる必要もない。
取引がフェアに行われたとき、我々は何の感情も必要としないし、今後の関係には何ひとつ影響がない。

一方で、山や海がまだ誰の物でもなかったころ、世界は贈り物に満ちていたと想像する。

春に緑豊かな山に登って山菜とりをした経験のある者や、秋に大潮の海辺にすわって釣りをした経験のある者なら、たやすく想像できるはずだ。

自然は、食べきれないほどの贈り物を差し出し続ける。
これは人間や動物に対するご褒美でもなければ、努力に対する報酬でもない。

自然はその場で対価を求めることは一切ないし、ほとんどの場合受け付けてくれることすらない。また、我々がいくら努力したところで贈り物をもらうに値する存在になれるわけでもない。
ただ無償で惜しみなく差し出されるそれは、等価交換などしようがない。

我々は贈り物を大切に使うことやまわすこと、あるいは感謝の念を抱くくらいしかできることがない。

また、贈り物を受け取るときは過剰に搾取してこの関係を終わらせてしまわないように、自分に必要なものを必要な分だけ受け取って家に帰る。

人間と自然を区別して、「ヒトは地球に害なす存在だ」といった考え方を持つ人も多いが、我々は丁寧に付き合っていくことで自然を守る存在にもなれるはずだ。農業中心の生活を始めるまでは、何万年もそうしてやってきた生き物だとすら考えている。

山で山菜をとった帰り道、目の前で山火事が起きそうになっていたら、ほとんどのひとはその火を消すだろう。気持ちに余裕のあるときは、海辺のゴミを拾う日もある。
滅びゆくカンガルーを保護することもできるし、増えすぎたシカは猟師に頼んで贈り物に変えることもできる。

こうして、自然との相互扶助関係は成立する。

贈り物は等価交換による消費ではなく、今後の関係を築くいしずえとなるものである。

金銭取引が「過去の清算」だとすれば、
贈与関係は「未来の創出」であると言っても良い。

「関係」は交換と違い、「お返し」で精算できるものではない。
どれだけ一方的に受け取ろうと、何度山火事から救おうと、どちらかが滅ぶまで関係が解消されることはない。

交換と関係、ふたつのシステムを優劣や正邪で比べることはない。
何かを選べること、それ自体が自由である。我々は偉大さや正しさを求めない。自由のみを要求する。

#路上野菜解放戦線 は、この「関係」というものを街にも引っ張り出して、ひとつの自由を解放する者である。

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#路上野菜解放戦線 の目的

我々は、私有物や公共物という垣根を超えた、食べられる「解放物」を街中に配置し、誰もが自由に扱うことができる状態の普及を目的とする。

野菜たちは、その街を気に入ってくれたらいつまでも居てくれるだろうし、気候や風土が合わなかったり、住民との相性が悪ければいなくなってしまうだろう。

自然環境の中では当たり前に存在するこのような状況を再現し、人と街とのあいだに等価交換で終わらせない関係を築くことを目的とする。

相性が合致したとき、街は我々が食べていけるほどの贈り物を差し出すだろうし、人は街を大切にして暮らすだろう。
我々は、街が自立して贈り物を差し出せるようになるまで継続的なサポートを行うことに決めた。

そのために標榜する名前として、#路上野菜解放戦線 を掲げることとする。

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また、経済中心の生活様式の普及によって失われた当たり前の「生」も副産物として取り戻すことができると考えている。
国籍を捨て地球に住民票を移した我々には「金がないと生きれない」という常識は存在しない。

いつか莫大な量の贈り物が街にあふれたとき、どれだけ腐敗した政治の元、どのような経済危機が訪れようと、補償も給付も求めなくても良い生活に一歩近付くことができる。
我々は食べていくために金銭の授受を必要としない生活を、いつでも選ぶことができるようになる。

これは大きな副産物だ。

我々は資本主義による自由を否定しないが、我々の生命は経済危機などで吹き飛んで良いものではない。
いまの生活が壊れたときのバックアップは、貯金や保険以外の方法でも取れたほうが良い。

野菜が街に解放されることで、我々は飢餓の不安から解放される。
このとても心強い大自然のシステムを街にも存在させることで、我々の生活はまた一歩自由に近付く。

解放セヨ。
#路上野菜解放戦線

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#路上野菜解放戦線 からの注意勧告

路上野菜解放戦線を始めるにあたって初めに必要となるのは、野菜の種や苗のみである。
それからスコップとジョウロ、あるいはその代用品や、野菜用の土、追肥可能な肥料、あとは植物全体に対するある程度の理解があると収穫率がはね上がる。

誰でも簡単に始めることができる。
ただし、注意したいことがある。

野菜の種苗はホームセンターや100円ショップなどで買うことができるが、そのほとんどが外来種である。
本来、外来種を野外に広げる行為そのものが好ましいとは言いがたい。
屋外で育てる以上、生態系を破壊するリスクは確実に存在する。

#路上野菜解放戦線 の活動範囲は自然公園や植生保護地域の周辺を避けた市街地のプランターに限定しているが、賛同者などが屋上やベランダで生育する場合、種子が飛散する可能性が高い植物は選ばないことを強くおすすめする。

また、以下の植物は場所に関わらず使用を控えることにしている。

ずば抜けて繁殖力の強い植物
[例] ミント、ドクダミ、藤、菊、ウォーターレタス、シソなど
毒虫や害虫を呼び寄せるおそれのある植物
[例] クチナシ、カモミール、柿
トゲや毒のある部位を持った植物
[例] モロヘイヤ(種が猛毒)、ラズベリー(トゲ)
においの強い植物
[例] セージ、栗、ジャスミン、菜の花
生命力が強すぎて建築物を破壊するおそれのある植物
[例] ハト麦、キウイ

これらをふまえた上で、同志たちがどのように判断して行動するかはすべて自由である。

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ヤマコンからの追記

以上が今回 #路上野菜解放戦線 から送られてきた声明文のすべてである。
すべてであるけど、続きも書くかな?って思ったので(1)って勝手につけた。

これまでその全容を明かすことなく無言を守り続けてきた#路上野菜解放戦線 が、初めてその重い口を開いた。

初めてといえば、我々NEO POGOTOWNのメンバーであるユウくんがつい先日、#路上野菜解放戦線 の姿を偶然カメラで捉えた。

その動画の一部が、#WiSH というドキュメンタリー映像に挿入されている。

全54分の映像で、中盤からヤマちゃんユウちゃんも出演してます。
これからの時代の生き方を考える上でヒントになる物が散りばめられたドキュメンタリーだと思うので、お時間のあるときに是非。


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