#適当SF/あいにはあいのあいがある02

アンドロイドの彼氏は、『ユウ』と名乗った。オーちゃんが決めたのだとすぐにわかったのは、私の好きな俳優の名前とほとんど一緒だったから。名前を知った途端、容姿もどことなくその俳優に似ているような気がしてきた。彼もまつ毛が長くて、ふさふさで、三白眼気味で、手足がスラリと長い。これはもしかしたらもしかするのでは、と思い後でオーちゃんに確認したところ、『誰それ?』と一言。オーちゃん的には、推しのグループの中で1番人気の子の顔を再構築したのだという。検索してみると、確かに雰囲気は好きな俳優ともユウとも似ていた。人間の顔の識別能力とは、なんと曖昧で適当な。ちなみになぜ最推しで作らなかったのかと聞けば、『不敬』とだけ返ってきた。お互いに高身長好きは一致していた。
ともかく、彼はユウだった。

「アイちゃん、おれの名前を呼んでみて」

抱きしめられたあとすぐ、お願いされたのがそれだった。大きな瞳にじっと見つめられると、例の俳優が目の前にいるようで、とても呼び捨てなどできず、

「ユウ……くん」

初めて彼氏ができた少女のようなか弱い声、しかも『くん』付けで呼んでしまった。彼はうまく聞き取れなかったのか耳を寄せてきて、

「もう一度、聞かせて?」
「ユウくん!」

甘酸っぱい雰囲気に耐えられず、今度は大きな声で明瞭に呼んだ。なんだこの少女漫画タイムは。悪くない。
と、頬を緩めかけたのも束の間。

「もう一度、今度はできるだけ低い声で呼んで」

その後何度か声音を変えて名前を呼ばされ、電話越しなど様々な形で試されることになった。もちろんときめきは失せ、業務的な運びになったのは言うまでもない。どうやら声紋のようなものを記録しているらしい。
ようやく満足したのか、彼は微笑んだ。

「うん。これでアイちゃんの声、間違えないよ」

からの、

「じゃあ次は、目を見つめてくれる? 30秒くらい。その後はパスコードを登録するから」

もちろんやらなければいけないことなのは理解できるが、なんだかスマホの初期設定をしている気分だ。一方的な感じがしてちょっと辛い。聞かれたいことはもっと他にたくさんあって、例えば『なんて呼ばれたい?』とか、『どういう彼氏がいい?』とか、一応考えておいたプロフィール設定が、彼にインプットされることはなかった。
やはりアンドロイドらしく、言動に情緒というか、人間らしさがない。こういう部分を、私とのコミュニケーションで学習していくのだろうか。オーちゃんは確か、アンドロイドをできるだけ人間に近づける研究をしていると言っていた。私はちょっと早まってしまったのかもしれない。自分のこともままならないのに、アンドロイドのお世話をすることになるなんて。SF小説とかを読んでいると、アンドロイドに常識的な振る舞いを苦労して教える主人公が描写されていたりする。もし彼の目の前でうっかり『死にたい』とでも呟けば、私、殺されてしまうのではないだろうか。結構な口癖なので心配だ。

けれどそれが杞憂っぽいことは、すぐにわかった。
事務的ないくつかのやりとりの後、彼はちょっと目をつむって、瞼の裏で何かを走らせた。そして何かを完了させたのかスッキリと立ち上がり、部屋の中を見渡した。

「ねえ、部屋の中見ていい?」
「見ていいっていうか、今見てるのが全部だけど……」

6畳プラスキッチンが私の部屋の全てで、彼はその中心に立っている。悲しいかな、28歳になってもまだ子供部屋と同じサイズ感で生活をしているのだ。ちなみにオーちゃんは稼ぎがいいので、マンションの15階くらい、2LDKくらいの間取りに住んでいる。一度も招かれたことはない。
へぇ、と言いながら彼はスキャンするようにうろうろと部屋中を見て歩き、キッチンも覗いてからまた私の目の前へ戻ってきた。床に転がるさまざまなものを慎重に避けたり、冷蔵庫の中にキチンと食材があることに言及したところを見るに、ちょっとした常識は備えられているらしい。

「いい部屋じゃん。なんていうか、アイちゃんの好きなものでいっぱいなんだなーって思ったら、かわいい」
「かわいい!?」
「はは、なんでそんなに驚くの」

ナチュラルに口説かれれば驚きもする。登録のくだりがあったせいで、イケメンが家にいるなくらいの気持ちでぼんやり眺めていたが、そういえば彼は私の恋人なんだった。というよりも、恋人の設定をされている。そして彼のほうも先ほど、私を正式に恋人と認定したはず。ということは、私を甘やす準備を彼はすっかり整えたのだ。
これからこの彼に、四六時中甘い言葉を囁かれ続けるのかと思うと、ちょっと胃もたれがしそうだ。その辺の調節など、説明書に書いてあっただろうか。いっそ本人に聞いてみたほうが早いかもしれない。

「あのさユウくん。恋人って何か知ってる?」
「知ってるよ。なんで?」
「ちょっと説明してみて」

きっと、グーグルで調べたような、単語の意味が返ってくると思っていた。けれど彼はちょっと動きを停止させたあと、

「おれにとってはアイちゃん、アイちゃんにとってはおれのこと」

ユーモアのある答えだった。もしかしたら想定された質問に対する規定の答えだったのかもしれないけれど、そうだとしても、確かに膨大なコミュニケーションの蓄積で、彼はとても人間に近くなるのだろう。俄然、興味が湧いてきた。
私とのコミュニケーションで、彼は人間になってくれて、本当の彼氏になるのかもしれない。スマホの人工知能に暇さえあれば話しかけて振られまくっていた身からすると、これだけレスポンスがあるのはかなり嬉しいし、喋りも円滑だし、恋人型アンドロイド、話し相手としては申し分ない。
ただ、恋に落ちるべき彼氏としては、まだなんとも言えないが。だってただ事務的に甘い言葉を囁かれるだけだったら、虚しくなるいっぽう。その作業感をどうなくすか、そこが今後の課題だろうか。そう謎の立場から客観的な分析をする自分に満足していると、彼はいつのまにか、部屋の中で唯一といってもいい腰かけるところ、つまりベッドに座っていた。ロボットといえば重たいイメージがあるが、彼は成人男性と同じくらいらしい。そしてミシミシ悲鳴を上げるスプリングの音が聞こえないところから判断すると、体重移動もバッチリなようだ。
彼は片手で素材を確かめるようにベッドを撫でつつ、

「それでさアイちゃん。この部屋、いい部屋なんだけどさ、ソファーないじゃん。おれ、ベッドで一緒に寝ていいの?」
「え、寝るの!?」
「そりゃ寝るよ。別に立って起きててもいいけど、夜中怖いよ多分」

充電的な意味だろうか。確かにオフされているときの彼は無機物感が強いので、立たれていたら怖いかもしれない。

「なら、床でいいんじゃないかな」
「アイちゃんて、恋人を転がすタイプ?」

おやおや。ユーモアだけじゃなく、一丁前な口も利く。けれどさすがに一緒のベッドは、と思ったが、ふとアンドロイド相手に何をためらっているんだと思い直した。デカい抱き枕と思えばいいだけのことだろう。ただ、それにしても……。

「シングルベッドだからなぁ」

彼と並ぶには狭すぎる。このベッドに男の人と並んで寝たことはないが、女の子同士でもけっこう狭かったからどちらかが半分浮くしかない。このベッドに男の人と並んで寝たことはないが。
それを告げると、彼はシンプルな提案をしてきた。

「じゃあ試しにさ、一緒に寝てみる?」

初めて言葉を交わしてから、まだ1時間も経っていない。どうやら人生で最短のベッドインとなりそうだ。

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