〈桜〉海音

どうしてこうなった。
あいつの運転する車に追いつけずに、呆然と見送る。
連絡してくれと教えられた電話番号は使われていないものだった。
「なんでだ」
ぐちゃぐちゃの胸のうちから出てきた声は思ったより静かなものだった。
もう会えない。二度と。
これは裏切りだ。

思い出される今日の思い出。
そう、全部今日のことだ。午前二時に桜の樹の下で出会ってから朝七時の現在まで。
それまでに俺たちは共に飯を食い俺の家で眠り、海へ行き公園に行きまた会おうと約束した。
約束をしたのに。
全部反故にされた。

あいつ、死ぬのだろうか。
出会って最初に見た、儚げな横顔が思い出される。散って消えそうな、桜みたいな雰囲気を背負っていた。
どうにか枯れないようにと必死で世話を焼いて、しまいには楽しそうにするあいつのやることに夢中になっていた。
楽しそうだった。
俺は未練を与えられただろうか。

何の感情も浮かばない顔で「ただ海を見たい」と言ったあいつに、死にたくないと思わせられるだけのことを、俺はできただろうか。
ついさっき、別れる時に言った言葉を思い出す。
小説を書こう。楽しみにすると言った言葉を信じよう。
再会を願っていることが伝わるように。


Twitterからの転載。

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