ヒーローと砂糖と

コウは俺のヒーローだった。
一年中ショートヘアで、常にたっぷり陽に当たってるから冬が来てもずっと肌が黒かった。
身長がクラスで2番目にでかかったし、そのせいか男子に負けないくらい喧嘩が強かった。
男女とか呼ばれてたけどそういうのは全然平気で、むしろ自分のこと以外の瞬発力がすごい。俺が悪口言われてたり物とか取られたのを知るとすぐ殴りに行く。
それと真逆に俺は夏でも病気みたいに生っ白いし、ご飯よりお菓子が好きで年中グミとかアイスばっか食べてたせいか肋が浮き出るくらいガリガリだった。北海道から引っ越してきたばかりだということもあって人見知り全開だったし、暗くて猫背で目を見て喋らない俺は誰が見てもいじめられっ子って感じで当たり前だけど友達はいなかった。
コウが仲間に入れてくれるから友達なんかいらないと思って調子に乗って鬼ごっことかでもミソとかハンデを貰っていたら段々コウの友達が減っていった。
コウは気にすんなって言ってたけど、俺はそれじゃダメだと思った。俺がハブられるのはいいけど、コウが俺のせいでハブられるのは絶対に嫌だった。
小学三年生にしては随分と遅咲きだけど俺はその当時放送されてた戦隊モノのレッドに憧れてたのもあって、単純だけどコウを守れるくらい強いヒーローになろうと決めた。

ヒーローが普段何をしてるか知らないけれど、ヒーローがしてたら恥ずかしいことをしないようにしようと俺は決めた。
それにはまず過去の精算が必要だった。
いつもコウと登校していたけど、その日はコウが10分アニメを見てる隙に一人で登校した。
通学路を歩いているとぺしゃんこの黒いランドセルを背負った坊主頭のでかい少年の後姿が見えた。隣にはカープの赤い野球帽を被った小柄な少年もいる。
彼らは俺の筆箱を隠したり、体操服を踏んだり、給食のデザートを奪ったりしてくる。
特別恨みはないけれど、筆箱がないのは不便だし、体操服だって踏まれるより綺麗な状態の方がいいに決まってる。
何よりヒーローはこんなことをされて黙っていないはずなんだ。俺はヒーローになるためにこの情けない過去を清算しないといけなかった。
まず坊主頭の方を背後から思い切り蹴り飛ばす。不意打ちの攻撃に彼は無様に転んだ。
コンクリートの上にランドセルに入っていた計算ドリル、ジャポニカ学習帳、輪ゴムで束ねられたバトルエンピツなどがぶちまけられた。
「ルカ!お前イッチーに何してんだよ!」
野球帽の少年が肩を思い切り突き飛ばしてきた。ひょろひょろだった俺はそれだけで尻餅をついてしまう。
「雑魚のくせに喧嘩売りやがって」
「イッチー!今だ!殴れ!」
野球帽に背中を捉えられ、ガタイのでかい坊主頭が腹に何度も蹴りを入れてくる。しかも踵から。その度に「げぇ」とか「ぐぇ」とかカエルみたいな声が漏れ出た。
遠くで「大人呼べ!」とかいう声が聞こえるけど、生憎この時間は大人があんまり歩いてない。しかもタイミング悪く女子や低学年の子たちしか周りにいなかった。しかも俺を殴ってるのは小学三年生といえども五年生くらい身体がでかく、誰にも止められそうにない。
(コウには見られたくない)
そう願いながら痛みに耐えた。攻撃の衝撃に耐えかねてしっかりと両腕を抑えていた野球帽が俺の体を解放した。とっさに腹を守るように蹲ると坊主頭は思い切り手を振りかぶってパーで俺の背中を叩いた。ドッ!という鈍い音が響き、喉がヒュッとなって一瞬息ができなくなる。
その後も何度もパーで叩かれその度に息ができなくなった。何故グーじゃなくてパーなのかと思ったけどとにかくパーだとすごく痛いのだ。喧嘩慣れしてる奴はどうしたら一番痛いのか知っている。
いつもと違って勝手に涙がドバドバ出てくる。
「お前ら何やってんだ!」
たまたま通りかかった通勤中のサラリーマンが俺から坊主頭を剥がしてくれた。
「こいつが先に突き飛ばしてきたんだ!」
「だとしてもやりすぎだ!」
大丈夫か?と知らない人が俺を抱き起こしてくれた。ハンカチで擦りむいたとこを拭かれ、服に付いた土を払ってくれるのを、自分のことじゃないような感覚で眺めていると頭上から聞き覚えのある声が聞こえた。
「バカルカ」
見上げると、雲ひとつない青空を背にコウが立っていた。



私の弟はすごくバカだ。
中三の冬休み、帰宅すると奴は金髪になってた。
「自分でやったの?」
「めっちゃ頭痒くなって死ぬかと思った」
話を聞きながら服を脱ぐ。今日はクラスの仲が良い男女でカラオケに行ってきた。カラオケは換気ができてないからいつ行っても服がタバコ臭くなる。ジーンズも部屋で寛ぐには生地が硬いから早く部屋着に着替えたい。
「絶対いろんなとこに被害出たっしょ」
「シャツ草間彌生みたいになっちゃった、みて」
ソファに寝転がる私の頭に、歪な水玉模様の施された赤いシャツが降ってきた。
バカじゃんと笑いながらTシャツでルカを殴る。
部屋着は二階だから取りに行くのが面倒くさい、とりあえず下着のままソファに寝転がった。
祭日セールのときにユニクロで買ったブラと、GUでまとめ買いしたキャミソール。色気はないけれどまるで着けてないみたいに気楽で、男のために下着を選ぶという概念も予定もない私にはこれで充分だ。
「ミスドあるよ」
「やりー!」
「チョコのポンデは私のだから食うなよ」
「りょ」
カーペットの上でミスドの袋を漁りはじめる。発掘したフレンチクルーラーを座ったまま食べ始めたルカの頭が丁度私の足元だったから、キラキラの金髪をなんとなく足で撫でた。
足で髪を混ぜるように撫でると長い髪はバラバラと顔にかかるが、そんなこと気にもせずルカはドーナツを食べ続けた。
砂糖の塊がポロポロ落ちて服やカーペットを汚す。床に落ちた砂糖も摘んで食べている。なんなら髪も一緒に食っている。
ルカのシャツが食べかすでいっぱいになった。頭を撫でていた足を胸元に移動して食べかすを指で摘もうと試してみたけど結構難しい。
「ねぇ、なんか気持ちいい」
「バカじゃないの」
言いつつ私は指で乳首を探して弄る。探さなくても知ってるけど。
親指と人差し指でぎゅっと摘む。しかしルカは何食わぬ顔で今度はエンゼルクリームを食べ始めた。
「気持ちいいんじゃなかったのかよ」
なんか気に入らなかったので足を顎あたりまで持っていくと、ドーナツみたいにがぶりと齧られた。
「いてっ!」
思わずルカの顎を蹴り飛ばす。食べかけのドーナツが砂糖とクリームを巻き散らしながら飛んで行った。
「あー!ひどいな〜」
「ルカがバカなことするから」
そんなことをしているとガチャリと玄関の扉が開く音がした。買い物に行っていた母さんが帰ってきたのだ。
「やだぁ!何これ〜」
砂糖とドーナツが散らばる地面を見て母さんが絶叫した。赤ちゃんじゃないんだからもうっ!と二人なかよく殴られた。
私はなんにもしてないのに。
飛んでったドーナツの欠けらを拾うとルカがアホヅラで口を開けていた。雑に突っ込む。クリームと一緒に指も食われた。

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