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家族が苦手な21歳の私へ

私は家族が苦手だ。

嫌いとかじゃなくて、苦手なんだと思う。窮屈になる。家族にすら迷惑をかけたくないと思う。

帰るたびに現金を渡してくれることが有り難くもあり、人から貰ったお金というだけで使いづらくなる。実家から帰る時は何時になろうとも往復1時間半の道を車で送ってくれる。定期的に送ってくれる気遣うラインには思ったように返せなくてもう送ってこないで欲しいとすら思う。

実家と呼んでいる場所は20年間育った場所ではない、祖母の家。正しくは祖父の建てた家だけども、大好きな祖父は他界した。その頃からか我が家のバランスはぐらっとした。

父だった人は周りに話そうと思えないような人だった。いつからかわからないけど、話せなくなり、祖父が他界した頃、泣いて土下座した記憶だけが残る。家を出る時は数十万円を受け取った。私は常に無償の愛ってなんだろう、と考えるようになった。

母はどんな時でも味方でいてくれた。父からも守ってくれたし、会社を辞める時も深くは追求せず止めなかった。家族を大事にしすぎだと思うほど大切にしてくれた。だから父との離婚が決まった時私は嬉しかった。私は家を出ることしか考えていなかったし、妹だって家を出る理由なんていくつでも作れる。だけども母には理由ができないと思っていたから。彼女の人生を生きてほしいと娘ながらに思う。

妹は高校3年生の時不登校になって中退した。きっと私にも原因がある。妹が不登校なんて他人には言えなかったし、妹とのことは避けた。向き合い方がわからなかった。

ゴールデンウィークに帰省した際、妹と祖母の繰り返される会話に嫌気がさし、予定を切り上げて電車で帰ってきてしまった。母の表情は悲しそうだった。

それから実家で飼っている犬があまり永く生きられない事、妹が無事専門学校に通っている事、またゴールデンウィークの事を気にしている事、私の体調を気遣う事、週に1回ほどラインが送られてくる。

それでも私は家族を大切にできない。

犬に一度だけ会いに行った。1時間近くかけて行ったのに息苦しくて10分も居られなかった。ラインは返す言葉がいつも見つからない。20年間住んだ本当の実家をGoogle viewで探したけど田舎すぎて見つからなかった。

一人でなんか生きられないのにずっとひとりな気がするし、ひとりでいいと思ってしまう。犬に会いたい。家族のことはできるだけ大切にしたい。

僕らは大切な人から順番に
傷つけてしまっては
後悔を重ねていく
僕らは信じたい人から順番に
疑ってしまっては
自分を嫌っていく

ほんとにその通りだと思う。

私は大切にしているということを行動で示す事ができない。ひととの距離のはかりかたがわからない。そうやっていろんな人を遠ざけ、傷つけ、疑って最後は自分を嫌いになる。

きっとこのままにしたら後悔すると思う。明日家族が普通に生活してるかなんてわからないし、私だって生きているかわからない。ましてや余命宣告されている犬なんて数時間後かもしれない。

きょうは新しい服を買った。実家の犬に似た白いもさもさの犬がプリントされたTシャツだ。こういう何気ないことが愛なのかもしれない。このTシャツを着て、もう少し優しくなれたら実家に帰ろうと思う。まずはきていたラインにちゃんと返信をしてから。

あなたを照らせるほどの
優しさを探している

大切なものは減っていくという言葉に感化されたことがあった。それでも歳を重ねるということは守りたいものが増えることだと私は思う。21歳の私に守りたいものはあまりない。それくらい何も持っていないのに数えられるほどのものさえ見落とす。きっと優しさが足りないからだと思う。

SHE'Sからの手紙、Letterを聴いて思ったことは今の私のこと、今までの家族のこと、これからのわたしたちのこと、だった。

今も昔も家族が苦手だ。もしかしたらこれからも、かもしれない。

まずは心地良い距離を見つけたい。

そして、いつもありがとう、の一言を。

Letter/SHE'S

サムネの写真は20年間過ごした実家の外側です。花の名前は忘れちゃいました。雪が降ったあとに撮った写真ですごくお気に入り。もう二度とこの場所には行かないだろうし、鍵も持っていないので入れないんだけど、やっぱりどこか気になってしまう。いつか車を買ったら、あの田舎道を走らせたいかもな。

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