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日本人はバカじゃない(Chapter2-Section6)

 ミッシェルは、釣り糸をボストンバックの持ち手にくくりつけながら「2人1組で販売する。5チーム編成する。既にナイジェリア人がメンバーの一人で、タイから友人も手伝いにくる」と話を続けた。
 
 適当な長さを測りピエロの裏側につけると、釣り糸を自分の指に巻きつけ「一人がサクラの役目でジョニーの操作も行う。もう一人は呼び込み役だ。例えばこうだ」と、ピエロを地面スレスレ足がつく格好にした。ゆらゆら揺れるジョニー。
 「ジョニー、ジャンプ!」の掛け声でピョンっと飛び上がった。次に「ジョニー、シットダウン!」の掛け声にしゃがみ込む。
 「どうだ、凄いだろう!」と意気揚々に、それを2回ほど実演した。

 糸の張力が原理だ。緩んだ糸を思い切り引っ張れば力が加えられ、厚紙のピエロは張力で飛び跳ねる。手品の一種なのだろう。釣り糸で透明だから、何もない所にゆらゆら動くピエロが立って見えるのだ。
 ミッシェル曰く、日本語じゃないと呼び込みができないから日本人の売り手が必要だと説明された。

 「ミッシェル、悪いんだけどさ。そこまで日本人はバカじゃないよ。こんな風に立ってること自体が現実的にあり得ないもの」と促すと、彼は「売れる!」と断言した。
 
 このジャンピング・ジョニーで、一発逆転を狙っているのは想像に難くない。でなければ、2万個も用意してこない。これが500円で完売できたら1000万の売上になる。仕入値が10円なら費用は20万。980万の利益になる。仮に1000個の在庫が残ったとしても、はした金だ。
 
 仕入値や仕入先は企業秘密だろうから尋ねなかったが、計算が正しければ、彼の言う通り天才的な着想の商材なのだろう。しかも、完売できれば2人で500万。私の取り分は250万。気前のいい男なのか、はたまた空想を好むドンキホーテなのか。「売れたら、何万個と仕入れられる」と胸を張った。

 日本で売れる確信を持って来日してきたのだ。初老でそのリスクを抱える行動力には感服するが、そんな非現実的な物を買う日本人がいるとは思えない。絶対に売れないと思った。日本人はバカじゃない。
 
 結論を先に言う。飛ぶように売れた。
 私は脱落してすぐ抜けたが、他のチームは一瞬で数万円を作り、日に数十万稼いだ。
 例えばこんな具合だ。新宿駅の構内からアルタに抜ける通路があった。ほどよい暗さで釣り糸も見えない。人通りも多い。これが売れた環境要因だろう。
 呼び込み役から一定の距離をおいた仲間が、腰に手をあてながらサクラを演じる。腰においた手の指には、釣り糸が巻きつけてあって引っ張ったり緩めたりする。誰も仲間だとは思わない。ゆらゆら揺れて立つジョニーの横に売り手が立っているだけで、サクラも自分たちと同じ通行人だと錯覚する。
 
 数人の関心を集められたら後は楽勝。「ジョニー、ジャンプ!」の掛け声で飛び跳ねると、サクラが大げさに「なんで、なんで?」と声をあげる。それが周囲の注意を引き、通行人が立ち止まり人の壁ができて一群となる。その後、なんだなんだと野次馬が集まるのだ。
 サクラ役が「1つ頂戴」と500円を払えば、われもわれもと「ジョニー」を買い求め、それが連鎖反応を起こして群衆心理になった。ほんの数分の実演で、ジョニーは大勢の人の手に渡った。
 
 「電池が内蔵されているんだ!」と知った顔して声に出す人が、驚くほど多かった。バカじゃないかと苦笑した。
 「最新のテクノロジーが屈指されているんだ!」と口にする人もいた。
 知ったかぶりの発言が思わぬ相乗効果となり「私たちは今、とんでもないものを見せられているのではないか?」といった妄想を生んだ。
 
 500円という値段設定も良い。封をあけると粗末な釣り糸と説明書が入っている。それを読んで張力だと分かって苦笑する人や落胆する人もいたはずだ。どう見たって厚紙なのだ。夢を見せてもらったと思えば、500円の出費はさほど腹も立たない。

 私は詐欺っぽい先入観が邪魔をして呼び込みさえ出来なかったが、味をしめた彼らは仲間を増やし東北や関西方面に足を伸ばした。
 後日、問題となって「買わないように」と注意勧告の報道が流れたと記憶している。それが下火となってジョニーは姿を消した。

 Youtubeの動画を見つけたので、リンクを貼っておく。
 動画にある売り手は親切な方のようで、種があると事前に明かしてから販売していました。
 
 このジャンピング・ジョニーの仕掛け人は、イタリア人のミッシェルという男。すぐ交流を断ったので幾ら稼いだかは知らないが、彼の思惑通り一発逆転したはずだ。

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