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夜明け/夕暮れ

冬。夜明けでも、月がくっきりとしている季節。ホテルの窓から見える西の月は、濃紺の空に白く浮かんでいる。朝の気配はあるが、まだ空の色は、夜の名残をとどめている。

俺は髪を手で梳きながら、ベッドに座る。疲れすぎると、空っぽになるものだ。心も体も。何も俺を捉えることはできない。

俺は、成功したミュージシャンだ。大きな箱をいっぱいにし、たくさんの目と歓声を独り占めし、音で人を虜にしてきた。それが、目的であったはずなのに。

今は、全ての熱を失ってしまっている。今、動いているのは惰性の動きだ。もちろん、オーディエンスを熱狂させることはできる。それだけのスキルは、身につけているから。それができるからこそ、プロでいられるのだ。金をもらっているのだから、自分の感情とは関係なく、あるレベルまでは、常に見せることはできる。

けれど、自分が一番わかっていることだ。この自動操縦状態では、一定レベル以上はいけない。そして、これを続けていれば、手垢のついた自分のコピーの増殖しかできなくなってしまうだろう。そんな無様な姿、自分自身が一番見たくない。もっともっと若かった頃、まっすぐにギターを奏でてた頃、忌み嫌っていた人間ではないのか。

疲れ果てていた。自分がどこにいるかわからないぐらい、移動して、演奏する日々。違う場所にいるのに、同じようなホテルで目を覚ます。豪華なスイートだとしても、変わりばえはしない。

目を向けるだけで、女がばたばた落ちていく。最初は、それを楽しんでいたのだが。爛熟した快楽は、俺には元々合わなかったようだ。だんだん、それ自体に倦み、飽きてしまった。

俺は窓に近づく。俺が眠る時間だ。人にとっての一日の始まりが、俺にとっては一日の終わりだ。この逆転の生活をどれくらい続けてきたのだろう。

カーテンを閉める瞬間、ある女性の顔が思い浮かんだ。彼女は、早起きだった。俺が眠る頃に目覚めるのだろう。永遠に交わらない二人だ。

俺は、ため息をつきながら、ベッドに転がった。

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