ぬぎっぱなしの色。8

その日の夜は二人でマックに行った。新橋に賃貸を借りている俺らはよく二人でマックに行って本を読み漁る時間を作っている。お互いほとんど何も話さないで2時間ぐらい。この時間がなんとも言えない幸せで、信二と心が通っている感じがして好きなのだ。

笑顔の数だけ成長できるのだとしたら、俺は信二とずっと一緒にいたい。信二がいなくなるなら俺もいなくなるし、俺がいなくなるなら信二も連れていく。頭ではわかっていても、心が追いつかない時も体が追いつかない時もある。性欲がないと言えば嘘になるが、そう言う感情は不思議とわかない。ただひたすらに一緒にいることが全ての根源で、何でもかんでも一緒にいればいいと言うわけでもなくて、タバコの火をつける時がなんだかちょっぴ血恥ずかしいのと同じで、なんだか翌朝の布団が暖かいなぐらいで満たされる世界なのだ。

あなたがいなくなっても平気そうですと言うラブソングをよく聞くが、なんだかそれは心を任せていない証拠なんじゃないかとも思う。自分の心を任せていたら相手がいなくなったりしたら正気ではいられないし、あなたの瞳を独占できないのであれば生きている意味はない。死んでいるのと同じだと思う。だから、平気なんかじゃ全然ない。気づかないしているふりなら、さっさとやめたほうがいい。

「なあ、これなんて読むん。」

「ああ、これは従初(じゅはつ)だな。珍しいな信二が読めない漢字なんて。」

「うん、なんかこれだけは読めなかった。初めて従うこと、か。水たまりに突っ込んでもなお大きな欠伸をする、空を吹き飛ばすほど天真爛漫な人間は、人に従うこととは無縁なんだろうな。」

「うん、だろうな。誰も何も言えぬほど飲み込める力があるのであれば、な。」

「誰かのことを納得させる必要って、あると思うか?何か隠したいことがあった時に、それを隠し通すことの是非。」

「うーん、別に自分の心に留めておく分にはいいと思うけどな。吹けば青嵐、吹かなければ凪ってな。」

「だよなあ。自分でもなんだかわからなくなってきちゃってさ。何もかも捨てたくなった時って、行けば長い道なんじゃないかって不安になって、誰も何も言えぬほどになっちゃうんじゃないかって。」

「確かにそれはあるかもな。」

もし何も忘れらんない世界で、出会ってしまったら、憎み合うことをやめるのだろうか。自分が何者かわかりきっている世界では、争い事は起こらないのだろうか。どこにも見えない中で生きている僕たちに道標があるのであれば、恐れずに前を進むことができるのだろうか。

そもそも進むことを正としているこの世界に疑問を持っている俺たちだから、そこには無意味の極みがあるのだろう。なんてことを思いながら足並みを揃えて始めた疑いは罵倒に変わるのだろうか。薄れていく心は徐々に蝕まれていき、いつの間にか誰かを傷つけるまでに退化してしまう。

この世界では退化が基本的で進化はない。

「振り向いた先に、俺がいたらどう思う。」

「それは、運命だなって思う。」

「俺のことを知らない時、だったら。」

「運命だとは思わないで、通り過ぎるだろうな。」

「じゃあ、俺たちは出会った意味があったな。」

目がついていると言うことは見るべきものがあると言うこと、耳がついていると言うことは聞くべきことがあると言うこと、口がついていると言うことは言うべきことがあると言うこと。人生とは、世界とは単純明快であるにもかかわらず、混沌を極めているのは物質的な塩分のせいだろう。

囁き合う俺たちに、世界が気づいているとは到底思えないが、心の中には宇宙があって、憂に酔いしれている自分がいることを、今日も誇りに思っている。嘘でも信じられるこの心に、今日も冷めないでいたい。

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